君を殺せば、世界はきっと優しくなるから

鷹尾だらり

文字の大きさ
上 下
8 / 119
善人なんていやしない

しおりを挟む
 *

 昼休みの中庭は、濡れた苔の香りに満ちていた。中央に佇むコナラの木が、雨に叩かれて歌っている。
 僕は食堂横の自販機でイチゴオレを買って、屋根付きの休憩スペースに座っていた。そこは小さな舞台のようになっていて、合唱コンクールの前には、いつもどこかのクラスが練習で使っていた。
 職員室前の自習スペースには何人かの生徒が座っていて、教育熱心な教師がそれに付き添っていた。

「アンタが夜霧晴冴やぎりせいご?」

 叩きつけるような声と数人分の足音が、僕の前で立ち止まる。
 僕は顔を上げなかった。反応してやる義理がない。

「耳ないの? 呼んでんだけど」

 高圧的な声が降って来る。
 いくつもの息づかい。わずかに上げた視線に、緑色のスリッパが五足うつる。一年生だ。

「礼儀がなってないね一年生。敬語も遣えないバカが、まともに相手してもらえると思った?」

 吐き捨てながら顔を上げる。囲まれていた。一年生の女子が五人。逃げ道を塞ぐようにして僕を見下ろしている。

「あっゴメンなさぁい! ウチら今年入ってきたばっかで忙しくてぇ、陰キャとかマジ覚える余裕なかったんですよぉ~」

 胸焼けするような甘ったるい声が耳を障る。聞くだけ無駄だったから、イチゴオレに口をつけた。その手を緑色のスリッパが蹴り上げる。

「いや聞けよ」

 先頭に立って僕を見下ろす女の声が、風の音のように低く落ちる。
 ピンクの紙パックは生け垣の向こうに落ちて、淀んだ水音を立てた。

「百二十円がドブに消える音か。風流でいいね」

 ふざけるようにへらりと笑う。それが癪に触ったのか、先頭に立つ女子が眉間に皺を寄せた。

「浅海麻季って知ってんだろ」
「アンタが殺した奴だよ」
「私らのオトモダチだったんだよね~」

 取り巻きが口々に捲し立てる。僕はそれを、予鈴を待つ片手間にでも聞いてやろうかと考えていた。浅海麻季は、先週僕が殺した恋人の名前だったのだ。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

熱い風の果てへ

朝陽ゆりね
ライト文芸
沙良は母が遺した絵を求めてエジプトにやってきた。 カルナック神殿で一服中に池に落ちてしまう。 必死で泳いで這い上がるが、なんだか周囲の様子がおかしい。 そこで出会った青年は自らの名をラムセスと名乗る。 まさか―― そのまさかは的中する。 ここは第18王朝末期の古代エジプトだった。 ※本作はすでに販売終了した作品を改稿したものです。

どうしてこの街を出ていかない?

島内 航
ミステリー
まだ終戦の痕跡が残る田舎町で、若き女性教師を襲った悲惨な事件。 その半世紀後、お盆の里帰りで戻ってきた主人公は過去の因縁と果たせなかった想いの中で揺れ動く。一枚の絵が繋ぐふたつの時代の謎とは。漫画作品として以前に投稿した拙作「寝過ごしたせいで、いつまでも卒業した実感が湧かない」(11ページ)はこの物語の派生作品です。お目汚しとは存じますが、こちらのほうもご覧いただけると幸いです。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ベルのビビ

映画泥棒
ライト文芸
ベルを鳴らせば、それを聞いた人間は、鳴らした人間の命令に絶対服従しなければならない。ただその瞬間から鳴らした人間は誰であろうと最初に自分に命令されたことには絶対服従をしなければならない。 自らビビと名乗る魔法のベルをアンティークショップで手に入れた主人公篠崎逢音(しのざきあいね)が、ビビを使い繰り広げる愉快で危険な毎日。 やがて、逢音の前に同じような魔力のアンティークを持った人間が現れ….

マキノのカフェ開業奮闘記 ~Café Le Repos~

Repos
ライト文芸
カフェ開業を夢見たマキノが、田舎の古民家を改装して開業する物語。 おいしいご飯がたくさん出てきます。 いろんな人に出会って、気づきがあったり、迷ったり、泣いたり。 助けられたり、恋をしたり。 愛とやさしさののあふれるお話です。 なろうにも投降中

処理中です...