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優しい世界の作り方

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 氷雨茉宵ひさめまよいを殺すのは、それほど難しいことじゃなかった。
 朝起きて顔を洗い、遊びに連れていって、そしていつの日にか「愛してる」と伝えるだけでいい。
 ただそれだけで、僕は彼女を殺してしまえた。

「ねぇ、晴悟くん」

 ヒグラシの鳴く九月の始めだった。
 焼けた堤防から夏の水平線を見つめる僕の肩に、氷雨がそっと頭を預けてくる。
 くらりと揺れる僕の意識に、柔らかな声が鈴を打つように響く。

「アタシ、幸せでした。晴悟くんを好きになれて」

 その言葉は未来も過去も置き去りにしていて、今この瞬間の感情だけを零した、幸せな溜息のようなものだった。
 僕は彼女の気持ちに、ただ応えるだけでよかった。それだけで僕の役目は終わる。

 その時僕は、氷雨と過ごした三ヶ月を思い出していた。
 六月に出会って九月の始まりに別れるまでの月日を並べると、どれもこれもが青写真みたく静謐で力強く輝いている。
 ドロップの味がそれぞれ違うように、波打ち際に同じ波痕がないように。それは僕にとってかけがえの無い、けれどどの未来にも繋がらない思い出だった。

 これは長い話になるから、先に結論だけ言っておこうと思う。

 生まれてきた罪なんて、どこにもありはしなかった。氷雨茉宵が、そして僕が。冷たい世界を変えられなかったのと同じように。
 僕らに訪れた結末は、その罰だったのかもしれない。
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