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山奥の家屋
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「さぁ、お入りになって。」
「....。」
そう言ってたどり着いたのは、路地裏から少し抜けた平凡な一軒家だった。
家の扉は閉じられていて、中の様子を見ることはできない。
「さぁ早く、いつ兵隊がやって来るかもわからないから。」
そう言って獣耳の淑女は家を隠すように干された白いシーツを整えて、ミアに家の中へ入るようにと急かす。
もしこの中に兵隊が待っていて、自分が扉を開けたときに発砲してきたら...。
もう死んでもいい、そんなことを思っていたはずなのに、この扉の向こうに自分の死が待っているかもしれないと思えば怖くて怖くて心臓がドクドクとうるさいくらい鳴り響いた。
「さ、さぁ早く。」
ドアノブに伸ばす手が、指先がひどく震える。冷や汗が、止まらない。
「ごめんなさいね、もう開けちゃうわね。」
「ひっ」
おばあさんがもう待てないというように後ろから扉を開けてしまった。
ぎゅっ、
ミアは堪らず目を閉じる。
「....。」
しかし、予想していた銃声の音は、身体に鈍い痛みは、感じなかった。
ミアは恐る恐る、硬く閉じていた目を少しずつ開けてみる。
「あぁ....。良かった、見つけられたんだね。」
おばあさんの声と雰囲気の似た優しい声が聞こえてきて、奥から車いすに座った紳士が現れる。
「安心なさって。彼は私の夫のアーサーよ。私と同じ、人間を傷つけるつもりはないわ。」
「私はオリビア。オリビア・イーロック。昔は看護婦だったけれど、今は引退して普通のおばあさんね。」
「貴方のお名前はなんていうの?」
「...なんで。」
「え?」
「なんで、助けてくれるの?もしこれがバレたら、あなたたちは...」
この世界で、人間を匿うことは絶対的な禁忌。
もしその罪を犯した者は法に裁かれるよりも先にその場で射殺されてしまう。
ミアもそのことは良く知っていた。育ての母がよく話してくれたから。
「...法が制定されてからもうすぐで100年...。私たちは長年この歪んだ法に疑問を持っていた。私たちだけじゃないわ。昔から、この決まりに反対的な人は何人もいたの。それこそ、人間を匿う獣人もいたわ。でも...彼らはみな、あっという間に騎士団によって殺されてしまったわ。まるで見せしめのように...。」
オリビアはその優しげな目元を苦しげにきゅっと歪ませた。
「それからは彼らに異を唱える者は誰もいなくなった。みんな殺されたくないから。私たち夫婦も同じ...。町中で発見され、殺される人間たちをこれまでたくさん見てきたわ。その度私たちは黙って、見ないふりをしていた。でも...」
そう言うと、オリビアは真っ直ぐミアを見つめた。そのあまりの真摯さにミアは何故だかうろたえる。
「私たちはもう、見ないふりをするのはやめたのよ。」
「え...?」
「自分に嘘を吐くのはやめたの。あんな毎日、死んでるのと一緒だった。だから今日、騎士たちから逃げる貴方を見かけて、助けようって思ったの。...ただの自己満足でごめんなさいね。」
オリビアは優しく、それでいて悲しそうに笑うのだった。
「....。」
そう言ってたどり着いたのは、路地裏から少し抜けた平凡な一軒家だった。
家の扉は閉じられていて、中の様子を見ることはできない。
「さぁ早く、いつ兵隊がやって来るかもわからないから。」
そう言って獣耳の淑女は家を隠すように干された白いシーツを整えて、ミアに家の中へ入るようにと急かす。
もしこの中に兵隊が待っていて、自分が扉を開けたときに発砲してきたら...。
もう死んでもいい、そんなことを思っていたはずなのに、この扉の向こうに自分の死が待っているかもしれないと思えば怖くて怖くて心臓がドクドクとうるさいくらい鳴り響いた。
「さ、さぁ早く。」
ドアノブに伸ばす手が、指先がひどく震える。冷や汗が、止まらない。
「ごめんなさいね、もう開けちゃうわね。」
「ひっ」
おばあさんがもう待てないというように後ろから扉を開けてしまった。
ぎゅっ、
ミアは堪らず目を閉じる。
「....。」
しかし、予想していた銃声の音は、身体に鈍い痛みは、感じなかった。
ミアは恐る恐る、硬く閉じていた目を少しずつ開けてみる。
「あぁ....。良かった、見つけられたんだね。」
おばあさんの声と雰囲気の似た優しい声が聞こえてきて、奥から車いすに座った紳士が現れる。
「安心なさって。彼は私の夫のアーサーよ。私と同じ、人間を傷つけるつもりはないわ。」
「私はオリビア。オリビア・イーロック。昔は看護婦だったけれど、今は引退して普通のおばあさんね。」
「貴方のお名前はなんていうの?」
「...なんで。」
「え?」
「なんで、助けてくれるの?もしこれがバレたら、あなたたちは...」
この世界で、人間を匿うことは絶対的な禁忌。
もしその罪を犯した者は法に裁かれるよりも先にその場で射殺されてしまう。
ミアもそのことは良く知っていた。育ての母がよく話してくれたから。
「...法が制定されてからもうすぐで100年...。私たちは長年この歪んだ法に疑問を持っていた。私たちだけじゃないわ。昔から、この決まりに反対的な人は何人もいたの。それこそ、人間を匿う獣人もいたわ。でも...彼らはみな、あっという間に騎士団によって殺されてしまったわ。まるで見せしめのように...。」
オリビアはその優しげな目元を苦しげにきゅっと歪ませた。
「それからは彼らに異を唱える者は誰もいなくなった。みんな殺されたくないから。私たち夫婦も同じ...。町中で発見され、殺される人間たちをこれまでたくさん見てきたわ。その度私たちは黙って、見ないふりをしていた。でも...」
そう言うと、オリビアは真っ直ぐミアを見つめた。そのあまりの真摯さにミアは何故だかうろたえる。
「私たちはもう、見ないふりをするのはやめたのよ。」
「え...?」
「自分に嘘を吐くのはやめたの。あんな毎日、死んでるのと一緒だった。だから今日、騎士たちから逃げる貴方を見かけて、助けようって思ったの。...ただの自己満足でごめんなさいね。」
オリビアは優しく、それでいて悲しそうに笑うのだった。
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