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カデリア王国
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世界は残酷だ。
地上に舞い落ちたすべての命に、その尊さは何一つとして変わりないのに、世界が勝手に優劣をつける。
まだ自我を持たぬ赤ん坊の時から、私の運命はこの世界に定められていたのだ。
▼▼▼
「貴様らは西へ進め!我々は東の家屋を探す!」
「はっ!」
覇気のある男たちの声がずんと重たく響く。
表の道では赤い軍服を身に纏った兵隊たちが怒鳴り声を上げながら町を彷徨いていた。
その様子を暗く狭い路地裏から覗く少女が一人。
背丈は小さく、身体も瘦せ細った黒髪の少女は、震える自分の身体を抱きしめる。
息を殺し、兵隊たちが遠くに走り去っていくのを確認してから、さらに路地裏の奥へ進もうと足を動かした。
少女の名を、ミアという。
このカデリア王国で迫害される唯一の種族、人間である。
この世界には大きく分けて二つの種族がある。一つが人間で、もう一つが獣人である。
カデリア王国とは、この2つの種族が共存する唯一の国だった。
獣人には魚人や鳥人などの種類があり、その数は莫大であるのに対し、人間は全国民のわずか2.5%。
圧倒的に少ない数だったが、遠い昔、人間が迫害対象である以前は、古代から人間が王族として位に就き、この国を支配していた。カデリアでは古代研究が発展しており、人間が全ての種族の先祖とされていたからである。
土地は豊かで、自然の美しい、広大な国だった。国民は活き活きと毎日を過ごし、人々の朗らかな笑顔がカデリアの一番の魅力だった。
彼ら種族の間に身分の違いはあったが、みな平等に、仲良く暮らしていた。
しかしわずか200年前、この国は大きく変わる。
ある人物の反乱を機に。
▼▼▼
某日午後。暖かな春の陽がカデリアを包み込む。王宮内に響く華やかな音楽が外にまで溢れ、家業に励む国民たちの心を楽しげに浮き立たせた。
この日は王女の婚約パーティーが開かれていた。
相手は人間が治める隣国、スタシア国だ。
かの国はカデリア王国と古くからの友好関係にあり、また不可侵条約も結んでいた。
スタシア国にはカデリアの王女と同じくらいの王子がおり、2人が生まれるすぐに婚約が結ばれていた。
宮廷内では美しく盛り付けられた食事や香りの良い花が存分に飾り付けられ、光り輝くシャンデリアの下では人間と獣人の華やかなドレスがキラキラと煌めいていた。
この日はスタシア国からも来訪があったため、人間の数がいつもより多い。
皆が酒や食べ物を楽しみながら談笑したり、音楽に合わせて賑やかに踊ったりしている時だった。
『聞け皆の者』
ふと、凛とした声が王宮内に響く。
皆が声のした方に注目すると、それは古くから王家に使える騎士のものであることが分かった。
華やかな演奏が一瞬しん、と途切れる。
賑わう人々の声もぴたりと止む。
皆の視線を集めながら、彼は王が佇む玉座へと歩み寄った。
『おぉ、クロウよ。一体どうしたのだ。』
『....。』
『クロウ様、そこはいくらなんでも無礼がすぎますぞ。』
召使の声が男を咎めるように声をかける。
しかしその声を制すように、慈悲深い面持ちの王が右手を軽くあげた。それを合図とでもいうように、また緩やかに音楽が流れ始める。
『どうかしたのか、クロウ。もしや王宮内に異変でも?』
声までも温情な王がゆったりとした調子でそう尋ねる。
クロウと呼ばれた男はこの国でただ一人英雄と謳われる騎士であった。争いごとを好まぬ王の意向によって大きな戦争が起こることはなかったが、それでも他国との争いを避けられない時もあった。
そんな時に戦いの救世主となるのはいつもこのクロウだったのだ。
剣術の腕前とその忠誠心、愛国心がたちまち彼を英雄と謳うようになり、世界の統治を剣術の力で、王族の人間たちと共にカデリアの秩序を守っていた。
他の獣人達からはもちろん、王家の人間からも深く信頼されるのも当然のことだった。
そんな彼が、冷徹な目で王を睨む。
『俺は貴方を心から信頼していた。』
そう言って、これまで数々の人々を救い愛された手腕で、誇り高き剣を振り上げた。
瞬間、息を呑む音が微かにした。
国王が何か答えるよりも早く、カデリア王国の英雄クロウは、何の躊躇もなく王の首を斬り落としたのである。
娘の婚約パーティーで。
大衆の目前で。
鮮やかな赤が、クロウの艶のある黒服を染め上げた。
地上に舞い落ちたすべての命に、その尊さは何一つとして変わりないのに、世界が勝手に優劣をつける。
まだ自我を持たぬ赤ん坊の時から、私の運命はこの世界に定められていたのだ。
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「貴様らは西へ進め!我々は東の家屋を探す!」
「はっ!」
覇気のある男たちの声がずんと重たく響く。
表の道では赤い軍服を身に纏った兵隊たちが怒鳴り声を上げながら町を彷徨いていた。
その様子を暗く狭い路地裏から覗く少女が一人。
背丈は小さく、身体も瘦せ細った黒髪の少女は、震える自分の身体を抱きしめる。
息を殺し、兵隊たちが遠くに走り去っていくのを確認してから、さらに路地裏の奥へ進もうと足を動かした。
少女の名を、ミアという。
このカデリア王国で迫害される唯一の種族、人間である。
この世界には大きく分けて二つの種族がある。一つが人間で、もう一つが獣人である。
カデリア王国とは、この2つの種族が共存する唯一の国だった。
獣人には魚人や鳥人などの種類があり、その数は莫大であるのに対し、人間は全国民のわずか2.5%。
圧倒的に少ない数だったが、遠い昔、人間が迫害対象である以前は、古代から人間が王族として位に就き、この国を支配していた。カデリアでは古代研究が発展しており、人間が全ての種族の先祖とされていたからである。
土地は豊かで、自然の美しい、広大な国だった。国民は活き活きと毎日を過ごし、人々の朗らかな笑顔がカデリアの一番の魅力だった。
彼ら種族の間に身分の違いはあったが、みな平等に、仲良く暮らしていた。
しかしわずか200年前、この国は大きく変わる。
ある人物の反乱を機に。
▼▼▼
某日午後。暖かな春の陽がカデリアを包み込む。王宮内に響く華やかな音楽が外にまで溢れ、家業に励む国民たちの心を楽しげに浮き立たせた。
この日は王女の婚約パーティーが開かれていた。
相手は人間が治める隣国、スタシア国だ。
かの国はカデリア王国と古くからの友好関係にあり、また不可侵条約も結んでいた。
スタシア国にはカデリアの王女と同じくらいの王子がおり、2人が生まれるすぐに婚約が結ばれていた。
宮廷内では美しく盛り付けられた食事や香りの良い花が存分に飾り付けられ、光り輝くシャンデリアの下では人間と獣人の華やかなドレスがキラキラと煌めいていた。
この日はスタシア国からも来訪があったため、人間の数がいつもより多い。
皆が酒や食べ物を楽しみながら談笑したり、音楽に合わせて賑やかに踊ったりしている時だった。
『聞け皆の者』
ふと、凛とした声が王宮内に響く。
皆が声のした方に注目すると、それは古くから王家に使える騎士のものであることが分かった。
華やかな演奏が一瞬しん、と途切れる。
賑わう人々の声もぴたりと止む。
皆の視線を集めながら、彼は王が佇む玉座へと歩み寄った。
『おぉ、クロウよ。一体どうしたのだ。』
『....。』
『クロウ様、そこはいくらなんでも無礼がすぎますぞ。』
召使の声が男を咎めるように声をかける。
しかしその声を制すように、慈悲深い面持ちの王が右手を軽くあげた。それを合図とでもいうように、また緩やかに音楽が流れ始める。
『どうかしたのか、クロウ。もしや王宮内に異変でも?』
声までも温情な王がゆったりとした調子でそう尋ねる。
クロウと呼ばれた男はこの国でただ一人英雄と謳われる騎士であった。争いごとを好まぬ王の意向によって大きな戦争が起こることはなかったが、それでも他国との争いを避けられない時もあった。
そんな時に戦いの救世主となるのはいつもこのクロウだったのだ。
剣術の腕前とその忠誠心、愛国心がたちまち彼を英雄と謳うようになり、世界の統治を剣術の力で、王族の人間たちと共にカデリアの秩序を守っていた。
他の獣人達からはもちろん、王家の人間からも深く信頼されるのも当然のことだった。
そんな彼が、冷徹な目で王を睨む。
『俺は貴方を心から信頼していた。』
そう言って、これまで数々の人々を救い愛された手腕で、誇り高き剣を振り上げた。
瞬間、息を呑む音が微かにした。
国王が何か答えるよりも早く、カデリア王国の英雄クロウは、何の躊躇もなく王の首を斬り落としたのである。
娘の婚約パーティーで。
大衆の目前で。
鮮やかな赤が、クロウの艶のある黒服を染め上げた。
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