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トイレの花〇さんに会った話・前編

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俺が赴任している年伝小学校には、トイレの花子さんの噂がある。

夜に旧校舎3階の女子トイレに行き、手前から3番目の個室の扉を3回ノックして、呼びかけると花子さんが出てくるらしい。生徒は勿論、長年この学校で働く先輩教員までもが、本当の話だと言っていた。まぁ、先輩教員に関しては、新人教諭への洗礼的な何かだったのだと思う。いい年した男性教諭がそんな話を信じている筈がない。

「あれはただの噂。そんなことある訳がない」
俺、佐々木英喜がそう言い聞かせたのは、まさにそのトイレの傍に来ていたためだ。
しかも、時間は夜の8時。生徒は勿論、教員も殆ど帰宅しており、新校舎の明かりもほぼついていない。年伝小学校は今も生徒数が多く、旧校舎もしっかりと使っている。そのため、この旧校舎も昼間はとても賑やかだ。ひっきりなしに子どもの声が響き渡り、怖いというイメージはない。しかし、生徒も誰もいないこの時間帯に響き渡るのは、自分の足音のみだ。足音の反響にも、ドキッとする。
そんな静かな旧校舎に来た理由は、この校舎の奥にある理科準備室にスマホを忘れたためだ。なくても困らないといえば困らないが、こういう時に限って大切な連絡が入り、後で怒られることもあるものだ。そう考えると不安になり、全校生徒どころか教員も帰ってしった学校に戻ってきた。ギリギリ残っている先輩教諭がいて、何とか中に入り、無事にスマホを回収した。
確認すると、特に大切な新着情報やメッセージはなく、ホッとすると同時に訪れたのが、激しい尿意だった。そういえば、スマホを忘れたことに気付き、慌ててここまで来た。早めにトイレに行かなければ、そう思って廊下を見渡し、目に入ったのが花子さんがいると言われるトイレだった。

たとえ、誰もいない校舎だとしても、女子トイレに入るような真似はできない。バレてしまうと、折角採用された教員の仕事から離れなければいけない。それどころか、再就職すら難しい状態になってしまうかもしれない。
俺は、早足で花子さんがいると言われるトイレの前を通り過ぎた。その時「…遊んでよ…」そんな声が聞こえた気がして、俺はさらに歩みを速めた。
とりあえず、怪奇現象などはなく、無事に旧校舎1階にある職員用トイレに辿り着いた。あのトイレ以外であれば、怪奇現象が起きることはないだろう。そう思って俺は、中に入り用を足す。
溜まっていたものを放出する感覚、そして無事に用事を片付け、花子さんのトイレからも離れた安心感で体の緊張が緩和していく。これで、後は家に帰るだけだと、手を洗いトイレから出ようとした時に異変を感じた。
「…あれ?開かない」
トイレのドアが開かなくなっていた。個室のドアには鍵があるが、トイレ自体のドアにカギはついていないはずだ。それに、今この校舎には俺しかいない。
「…なんで…?」
想定外の事態に驚きつつも、思い出すのはトイレの花子さんの話。ここは旧校舎。知らない間に俺は、花子さんのいるトイレに迷い込んだのだろうか。
花子さんの結末は、トイレに引き込まれていなくなるとかそういうものだ。もし死ぬとしても、トイレの中とか、そんなのごめんだ。
その時、背後でガタンという音がした。
「…っ!」
誰もいない筈なのに、何がと恐る恐る振り返る。その視線の先に見えたのが、入り口から数えて3つ目の個室ドア。ここは、職員用男子トイレで個室の数は3つしかない。その向こうは掃除用具入れだ。そんな個室のドアが、少し開いていた。
「…か、風か何かで開いたのかもしれない」
奥の窓は閉まっているのを目にしているのに、そんな言い訳をしながら、そのドアに近づく。都市伝説なんか気のせいだと思いつつも、足が震える。ただそこで、気づく。
「そうだ、窓から…。ここは1階だし…」
俺は、個室を通り過ぎ窓に向かう。しかし、窓の鍵はどれだけ力を入れてもビクともせず、開く気配はなかった。
「なんでだよ!」
必死に頑張る俺の背後に、人の気配を感じた。怖くて振り向くことができずにいると、後ろから手が伸びてきて腰のあたりを抱きしめられた。
「つーかまえた」
トイレの花子さんに捕まった!そう思ったが、聞こえた声は可愛い女の子の声ではなく、後ろから伸びた手も、ごつくはないけれどどう見ても男性のものだった。
「…な、なんだお前…」
花子さんじゃないなら、怖くない。そう思って振り返ると、人懐っこい顔の青年が立っていた。20歳前後だろうか、背は俺よりも高いのに、どこかあどけなさも残る。
「おニーさん、遊んでよ」
青年は人懐っこい顔で笑う。さっきまで、花子さんじゃないかとドキドキしていた自分が馬鹿らしくなる程、柔らかい笑顔だ。
「な…、なんだよ。脅かすなよ。俺はてっきり花子さんかと…」
「花子?花子ちゃんなら3年前に隣の県の小学校に引っ越したよ?丁度いい感じのトイレを見つけたって」
「…へ?もう、ここには花子さんはいないの?」
「うん」
と、言いながら頭に疑問符が浮かんだ。花子さんは引っ越した?っていうか、花子さんの事情を知っているこの青年は何者だ?Tシャツとジーンズとラフな服装で、どう見てもこの学校の関係者とも思えない。
「…お前、誰…なんだ?」
「花子ちゃんからは、花雄くんって呼ばれてた。簡単に言えば、花子ちゃんのお友達?」
屈託ない笑顔で話す。でも、花子さんと知り合いってことは、女子トイレに入り浸っていたってことか?
「…女子トイレに出入りする変質者か…」
ぼそっと心の声が漏れる。
「んー。そうじゃなくて、都市伝説仲間的な?夜以外は基本暇だし、よく一緒に遊んでたんだよ」
「お前、人じゃないのか…?」
こんなにはっきり見えて、さっきは体にしっかり振れていて、温度も感触もあったのに。
「人とは違うかもしれないけれど、別に霊体って訳じゃない。ほら」
言いながら、不意打ちにキスをされた。しっかりと感触がある。想像以上に柔らかく暖かいだけでなく、侵入してきた舌の動き、唾液の生々しい感触に体がゾクゾクした。
「…なっ」
「幽霊じゃないからこういうこともできるよ」
俺の目を覗き込みながら、花雄は言った。
「…な、何だよ!同性愛者の痴漢かよ…!」
「痴漢…かもね。佐々木先生に欲情してるし」
言いながら、体に股間を押し付けらえる。衣類越しでも、勃起をしているのが分かる。
「でも、普通の痴漢なら、佐々木先生を閉じ込めたりすることできないでしょ」
頭に過ったのは、開かなくなったドアと窓。これも、目の前の男の仕業だっていうのか?どうやって?それよりも
「なんで、俺の名前…」
「だから、俺は都市伝説みたいなものだって。このまま佐々木先生を一生閉じ込めておくこともできるよ。でも、遊んでくれたらここから出してあげる」
言いながら、やらしい手つきで体をまさぐられる。
「…遊ぶ…って、まさか…」
「佐々木先生は感じているだけでいいですから」
「ま、待て!俺は男とする趣味はない!それに、始めては好きな人と…!」
俺がそういうと、花雄は急に冷静な目になった。
「いいんですか?」
「何が?」
「俺が、ここで何もできないまま明日になったら、この欲望をあなたの大切な生徒や同僚に向けてしまうかもしれないのに…」
「…え」
「俺は、人を捕まえて犯すなんて簡単にできる。この状況を見れば、分かるでしょう?」
言われて、背筋に冷たいものが走った。明日、生徒や同僚がこんな状況に陥ったら俺はどうしたらいいのだろう?助けに行くこともできないし、後悔は一生付きまとうだろう。
「このまましたら…、他の奴には手を出さない…?」
「そんなに固くならないで」
腰を抱き寄せられながら、俺は再び唇を塞がれた。悔しいけれど、気持ちいい。
生徒や同僚のためだから、仕方ないじゃないか、そんな言い訳をしながら、俺は花雄の舌の動きに応える。上手くできているかは分からないけど、気が付けば生徒のことも忘れるくらい、夢中になってむさぼっていた。



つづく。
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