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九話

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「魔本の修復?」



「そうだよ! 魔本師は魔本を売るだけが仕事じゃないの」

 む、心の声が口を突いて出てしまっていたようだ。サリー殿の血走った――いや、きらきらと輝く鶯色の目が私をとらえる。その視線は刺すようで、私を見ているようで、見ていない。



 よほど魔本の虜になっているのだろう。



「魔本の修復っていうのはね、装飾と呪文にわけ――」



「サリー殿、説明は後にしてはどうか。依頼人もいるのでな」

 サリー殿がこの目をしたときは話が長くなる。この店で居候になってからはや三日、痛いほど身に染みた。



 居候初日、ちょっとした雑談のつもりで話を振っただけだったのに、気づいたら真上にあった太陽が沈んでしまったのだ。



 もちろん話が頭に入ってくることはなく、右から左ですでに覚えていない。態度にも出ていただろうが、サリー殿は語り終えて満足げに汗をぬぐっていた。



「それもそうだね」

 「失礼しました、それで――」と、サリー殿は依頼人に向き直る。



 仕事の話はまったく分からない。私にとっては難しい専門用語ばっかりのように思えるのだ。しかし、依頼人はサリー殿の問いかけに対してすらすらと答えていく。



 私はモノを知らない。私には騎士としての技術しかない。物心ついたころにはすでに剣を握っていたのだ。一日中剣を振るい、師匠に扱かれる日常。フォーディン家の騎士としてエルドナー子爵を守る為に努力し、邁進してきた。



 騎士の命は剣。騎士にあるのは剣のみ。魔本などには頼るな。己の剣を磨きぬいて主を守ること、それがフォーディン家の使命。そう小さいころから教わってきた。



 正直に言って魔本への印象はないに等しい。エルドナー子爵のもとでは魔本を見ることはほとんどなかった。師匠の教えも相まってという状況。



 魔本がこの国の主要産業というのも、知識としては知っていたが実感など無かった。



 サリー殿の魔本への愛情はすさまじい。サリー殿が群を抜いてそうなのだと最初は思っていた。しかし、この店を一歩出るだけでも、見渡す限り魔本屋が軒を連ねている。



 王都の東部と西部が魔本街なのだと、サリー殿は教えてくれた。



 この国では魔本が重視されているということを、今になってはっきりと認識したのだ。



 フォーディン家、エルドナー子爵家ではそのようには感じられなかった。



 むしろ、魔本を嫌っていたような……。



「……レンさん、エレンさん!」



「っ、サリー殿、いかがした?」

 目の前にサリー殿が迫っていた。見上げるようにしてこちらを覗いている。



「お使いを頼みたいんだ。この素材を買ってきてほしいの」

 サリー殿が一枚のメモを渡してきた。



 いつのまにか、依頼人は帰ってしまったようだった。
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