上 下
5 / 24

ミレディの背中

しおりを挟む
「認めません!」
 突如、耳をつんざくような叫び声が辺りに響いた。

 ミレディとリースペトラのやり取りに水を差された形であり、二人は声のした方に振りかえる。

「私は断じて認めませんッ!」
 声の主はマクスウェルであった。レクトシルヴァのアンシュラントに押さえられてはいるが、大きく見開いた瞳でリースペトラを睨み、射抜いている。

 その瞳に込められているモノは一体何なのか、リースペトラにはぱっと見では測りかねると思わせる勢いがあった。

「認めない、とは?」
 口を開こうとしたリースペトラを制し、ミレディを庇うように前へ出たシルヴィアが問う。するとギョロっとした瞳がシルヴィアを射抜いた。

「この女はミレディ様をさらった誘拐犯です。それだけに飽き足らず洗脳までも……。万死に値する行為でしょう!?」
 マクスウェルは唾を飛ばしながらそう強く主張する。それは断固たる意志に裏付けされた物なのであろう。

 しかし、リースペトラはその姿から少々の妄信さを感じ取った。何か、周りの者たちには未共有のがあるかのような口ぶりなのだ。

「マクスウェル副隊長、あなたは少し頭を冷やした方が良い。先ほどの戦闘でまだ興奮しているようだ」
 シルヴィアは短く息を吐くと、窘《たし》めるような口調で言う。

 しかし、その言葉はマクスウェルを逆撫でさせたのみだった。より深く眼光を尖らせてシルヴィアを見る。

「――いくら白銀挑望景《レクトシルヴァ》の白銀妃と言えど、その言葉は聞き捨てなりませんね。教会騎士を愚弄しているのですか?」
 
「そんなつもりはない。ただ、客観的な証拠を出しもしないで行える所業ではないなと思っただけだ」
 マクスウェルの言葉に対し詰まることなく返答するシルヴィア。そこには確固たる意志があり、それはそのまま場の空気を握る要因になっていた。

 しかし、マクスウェルも伊達に教会騎士としての地位を確立してきたわけではない。ここで黙るのは失策だと心得ており、口を閉じるのはやめないようだ。

 未だ失わない鋭い眼光を以てシルヴィアとリースペトラを見つめる。

「証拠ならありますとも。私とフリージアがこの目で確認しているのです。この女がミレディ様をたぶらかしている姿を!」
 マクスウェルはビシッとリースペトラに向かって指をさし、「フリージア、あなたも証言しなさい!」と続ける。

 水を向けられたフリージアは無表情のままマクスウェルを一瞥。次にリースペトラを見てから数舜だけ沈黙し、ゆっくりと首を振った。

「――私はこの魔法使いに負けた。敗者は黙ってそれを受け入れるのみ」

「ッ……相変わらずお堅い思考ですね、フリージア!」
 マクスウェルがイラつきを隠せず吐き捨てると、フリージアは見て分かるほどに眉を顰めた。

「第一、私はミレディ様のお付き。ミレディ様と合流できた今、副隊長であるあなたの命令に従う必要はない……」
 フリージアは顰めた眉を元に戻すと、よく見る無表情でミレディを射抜く。

「何ですって……」

 急に梯子を外された形になったマクスウェル。期待していた援護が来ず、任せていた勢いも伸びが弱い。

「それで、証拠とは?」
 フリージアとマクスウェルの交わらない視線に割り込んだシルヴィアがさらに追撃する。

「まさか、自身の証言がそのまま証拠になるとでも? ――私は冒険者パーティ、レクトシルヴァのリーダーだ。教会の権勢なぞ気にはしないし、忖度もしない。それだけでは動くつもりはないぞ」

 強く言い切ったシルヴィア。そこには教会に対するぼやかしなど一切なく、公正さだけが見て取れた。

 その姿勢にマクスウェルは押されるも、すぐに声を低くして口を開く。

「……いえ、いくら有名な冒険者パーティと言っても、所詮は冒険者です。私たちは別に今回の支援を切っても――」

 パチンッ

 突如、破裂音が辺りに響き渡った。

 大して大きいとは言えない音。しかし、その音は綺麗に響き渡り周りの人々の鼓膜を揺らして見せた。

「マクスウェル、言葉を慎んでください!」
 ミレディの声。ミレディがマクスウェルを窘める声が続いて皆の鼓膜を揺らした。

 そこでやっと皆はミレディがマクスウェルの頬を叩いたと気が付いたのだ。

「ミレ、ディ……様」
 興奮状態だったマクスウェルもさすがにミレディから頬を叩かれれば多少落ち着くというもの。驚きを充分に表情へ乗せながらミレディを見る。

 反対に、ミレディがマクスウェルへと注ぐ視線には激情が隠せていないようであった。

 凪と荒波、対照的な二人の間に割り込みづらい空気が降りる。

 そしてその場に挟まれたアンシュラントの表情は――何とも微妙である。この場をさっさと去りたいが、拘束を解くのも違う気がするといった具合だ。

 故に生まれた一瞬の間。アンシュラントはもう逃げられない。

「興奮状態で視野狭窄。証拠も出せず人を犯罪者扱いするなど、ありえません。それでも誇りある教会騎士団の一員ですか!」
 瞳に涙を溜めたミレディがマクスウェルを睨めば、リースペトラに向けていた刺々しさが簡単に消え失せる。

 声が震えるほど感情のこもったその言葉は、直接ぶつけられたマクスウェルに限らず、周りの者たちにまで圧をかけた。

 先ほどまでの疲労や年相応の少女らしさが嘘であったと思えるほど、そして聖女見習いという、大陸屈指の宗教組織の次期トップという肩書に相応しい覇気である。

「そ、それは、ミレディ様を思ってのこと――」

「誰かの冤罪の上で成り立つ私など私はいりません!」
 ミレディは弁明するマクスウェルの頬を再び叩いた。

 ミレディより一回りも二回りも上背のあるマクスウェルがその一撃で倒れ込み、ミレディを見上げる姿は情けない。

 およそ大の大人が見せる痴態ではないだろう。

 しかし、ミレディにそれほどの空気が纏っていると考えれば不思議なことではなかった。

 リースペトラは目の前で部下を叱責するミレディの背中が非常に大きく見えたのだ。

「ミレディ様」

「――ごめんなさい。私も少し落ち着いた方がいいですね」
 倒れ込んだマクスウェルに一歩近づいたミレディ。しかし、傍にやってきたフリージアがそんなミレディを止める。

 ミレディは目を閉じて一度深く息を吐くと、リースペトラに向き直った。そして頭を下げる。

「此度は私の仲間がご迷惑をお掛けいたしました。あなた方に剣を向けたこと、あらぬ疑いをかけたこと、到底許せるものではないでしょう。ですが、数々の非礼を謝罪させてください。誠に――」

「いやいや! 我は別に――」

「だったら、一つ頼まれてほしいことがある。聖女見習いとしてな」
 突如、今の今まで影薄く様子を見ているばかりであったケラスが口を挟んだ。

 続くセリフを遮られた形になるリースペトラは不満の視線をありありとケラスに浴びせかける。しかし、ケラスはそれを全て無視してリースペトラの隣に立った。

「もちろんです。聖女見習いとして出来るだけご期待に応えたいと思います」
 即答したミレディにケラスに対する怯えは感じられず、見上げるような体勢でまっすぐケラスを見つめ返した。

 それが一種の誠意だと感じ取ったリースペトラはここで口をつぐむことに決めると、一歩だけケラスの後ろに下がる。

 リースペトラが二人の様子を窺う中、ケラスが口を開く。

「聖女様と会わせてくれ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

婚約者に裏切られた女騎士は皇帝の側妃になれと命じられた

ミカン♬
恋愛
小国クライン国に帝国から<妖精姫>と名高いマリエッタ王女を側妃として差し出すよう命令が来た。 マリエッタ王女の侍女兼護衛のミーティアは嘆く王女の監視を命ぜられるが、ある日王女は失踪してしまった。 義兄と婚約者に裏切られたと知ったミーティアに「マリエッタとして帝国に嫁ぐように」と国王に命じられた。母を人質にされて仕方なく受け入れたミーティアを帝国のベルクール第二皇子が迎えに来た。 二人の出会いが帝国の運命を変えていく。 ふわっとした世界観です。サクッと終わります。他サイトにも投稿。完結後にリカルドとベルクールの閑話を入れました、宜しくお願いします。 2024/01/19 閑話リカルド少し加筆しました。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

気弱令息が婚約破棄されていたから結婚してみた。

古森きり
恋愛
「アンタ情けないのよ!」と、目の前で婚約破棄された令息がべそべそ泣きながら震えていたのが超可愛い!と思った私、フォリシアは小動物みたいな彼に手を差し出す。 男兄弟に囲まれて育ったせいなのか、小さくてか弱い彼を自宅に連れて帰って愛でようかと思ったら――え? あなた公爵様なんですか? カクヨムで読み直しナッシング書き溜め。 アルファポリス、ベリーズカフェ、小説家になろうに掲載しています。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

処理中です...