3 / 24
魔力を視る
しおりを挟む
「なら、やって見せてくれ?」
リースペトラは自身に向けられた切っ先をまっすぐに見据え、間隙の層を再展開。リースペトラとミレディが魔法障壁に包まれ、フリージアを迎え撃つべく立つ。
対してフリージアは追加で詠唱。腕に這っていた氷がさらに展開し、右手のみならず刀身を包み込んだ。
リースペトラはその現象を前に警戒を強め、間隙の層に供給する魔力を少しばかり増やす。
両者の準備が整った。お互いにそのことを認識した二人の間で、空気が少しづつピリついていく。ミレディもリースペトラの背からそのことを明確に感じ取っていた。
しばしの静寂。
そして、破壊音。
「ッ!?」
突如、間隙の層にこぶし大の穴が開いた。そこにフリージアの正確無比な追撃が迫る。
しかし、リースペトラも負けてはいない。初撃に素早く反応し、正確なコントロールで穴に空穿の礫を通せば、フリージアの剣を弾く。
さらに追撃で礫を放つが、フリージアは素晴らしい速度でそれを回避。礫は森の中に消えていった。
「これは驚いた」
リースペトラはローブの裾で汗を拭うと、素直に驚嘆の意を示す。
「属性剣の疑似再現か? それを以て我の間隙の層をただの物質《氷》にして見せたと」
「だから、何? バレたって私の優位は変わらない――」
依然としてフリージアは姿を現さず、間隙の層への攻撃をやめることは無い。
剣の雨がリースペトラたちに降り注ぎ、けたたましい衝突音が鼓膜を穿つ。
「それは油断じゃないか? 騎士としては失格だろう」
リースペトラはいつもと変わらない調子で言うと、ゆっくり目を閉じた。
戦闘のさなかで目を閉じる行為。それは五感の一つを捨てるという愚かな選択。フリージアはリースペトラの行動に素早く気づくと同時に、その意味を探るべく頭を動かす。
「属性剣とは、剣そのものに魔力的な属性が付与されたモノのこと。魔法が乗っかった太刀筋の攻撃力はすさまじく、そこには戦闘の多様性を大きく広げる可能性がある」
リースペトラの突拍子もない説明にフリージアは疑問を覚えた。
しかし、自身を守る魔法障壁が展開するたびに壊されているという状況で、平然とそんなことを口走るリースペトラに違和感を与えられる。
普通であれば死を前におかしくなったのだと判断していたところだ。しかし、騎士として多くの経験を積んできたが故の勘がその判断を許さない。
そこでふと、フリージアはリースペトラが苦しそうに顔を歪ませてふらつく姿を捉えた。
「――おしゃべりはおしまい」
その隙を見逃すほどフリージアは弱くはない。リースペトラを守る魔法障壁を突き破るべく、究極の速度を以て接近し、剣を振り上げる。
「甘い」
しかし、その一太刀は魔法障壁に届かなかった。
フリージアの顔面を射抜くように正確なラインで礫が飛来したのである。フリージアはそれを回避せざるを得ず、攻撃を中断した。
そしてリースペトラから距離を取り、魔法障壁を中心として旋回するように高速移動しながら様子を窺う。
「そこにいたな?」
確信めいた口調で笑うリースペトラは、先ほどまでフリージアがいた場所を正確に指さしていた。
「……っ」
フリージアはその笑みを前に思わず全身が粟だった。
時間切れ、そんな言葉がフリージアの頭をよぎる。もしかすると私は重大な失敗を犯したのではと思わずにはいられなかった。
そんなフリージアを前に、リースペトラは右手首で頭の側面をポンポンと叩きながら口を開く。
「属性剣は身体強化とはまた別の、騎士が魔法を扱う手段であり、その攻撃に数多の多様性を生み出す要素だ。それはお主の疑似再現でも同じだろう」
リースペトラの「な?」という問いかけにフリージアの背筋が凍る。その声はまるで隣で囁かれたかのようであり、フリージアは自身がまるで蜘蛛の巣にかかった羽虫のようだと錯覚した。
「前述のとおり属性剣を扱うメリットは大きい。だが、明確な弱点も存在する」
リースペトラは「お主は分かっているだろうがな」と前置きすると、さらに続ける。
「持ち主の魔力の消費が激しい、という点だ。お主は高速移動するのに身体強化魔法を使っているからな、尚更だろう」
「――だから、何?」
フリージアは平静を装ってそう返すが、一つずつ自身の皮を剥がされていく感覚に恐怖を覚え始めていた。
ジリ貧でしかないはずのリースペトラを前に、優位を保っているはずの自分。そうであるはずなのに、状況はそう言っているはずなのに、拭いきれない不安感はフリージアを蝕んでいく。
騎士としての勘がけたたましく警告を発し、異常を訴えてくる。そして万全とは到底言えないほど体の動きがガクつきだすのを自覚するのと同時、手先に冷たさを感じ取った。
「――忘れていたことを忘れていたんだ。戦いのことも、自身のことも」
「……?」
リースペトラの言葉の真意を探るべく、フリージアの脳が反射的に思考を巡らせる。しかし、それを読んだかのようにリースペトラは右手をあげてそれを制した。
「久々に濃密な魔力に当てられたからかもしれない。頭痛も久しい感覚だ――おっと、話を戻そうか」
リースペトラは自身の頭を労わる様子を見せながら、高速移動を続けるフリージアに意識を向ける。そして右手に魔力を集中させていった。
「属性剣も、疑似再現も、我には垂れ流している魔力が視えている」
瞳を閉じ、心眼で魔力を覗く。
魔力との触れ合い。それだけでは足らず、深く、濃厚に交わり、己が魔力と融合を果たした魔法使い。それが魔女。"恒久"を賜りし魔女、リースペトラ。
彼女にとって魔力を視ることは呼吸と同じくらい身体に沁みついた行動だ。それは全てを支える根幹であり、いついかなる時も立ち返るべき基本。
それは戦闘においても同じこと。
姿が、殺気が、見えなくとも問題はない。リースペトラにはフリージアの魔力が走らせる軌跡が視えている。
自身を囲むように走るそのラインはフリージアの旋回に伴って幾重にも重なって視えている。しかし、リースペトラにとってその判別は児戯に等しかった。
――正確には、再び児戯になったというべきか。
フリージアの操作から離れた魔力はゆっくりと空気に溶けて霧散していく。そこに視えるのは明確な揺らぎ。
フリージアが走らせる細く流麗な魔力のラインは、フリージアの手から離れれば離れるほど揺らぎによって太く、境界が無くなっていく。
"恒久"の魔女リースペトラ。彼女は紛れもなく魔女であった。
その差異を見逃すはずがない。
「――ッ!」
このままでは、死ぬ。そう確信したフリージアは剣を握りしめて地を蹴った。向かうはリースペトラの前。一撃で障壁ごと首を斬る為に。
しかし、その姿を魔力を通して視ているリースペトラは笑う。
「灰塵の積層」
すべてを灰塵に帰す原始的力の本流が今、たった一人の騎士に向かって炸裂した。
リースペトラは自身に向けられた切っ先をまっすぐに見据え、間隙の層を再展開。リースペトラとミレディが魔法障壁に包まれ、フリージアを迎え撃つべく立つ。
対してフリージアは追加で詠唱。腕に這っていた氷がさらに展開し、右手のみならず刀身を包み込んだ。
リースペトラはその現象を前に警戒を強め、間隙の層に供給する魔力を少しばかり増やす。
両者の準備が整った。お互いにそのことを認識した二人の間で、空気が少しづつピリついていく。ミレディもリースペトラの背からそのことを明確に感じ取っていた。
しばしの静寂。
そして、破壊音。
「ッ!?」
突如、間隙の層にこぶし大の穴が開いた。そこにフリージアの正確無比な追撃が迫る。
しかし、リースペトラも負けてはいない。初撃に素早く反応し、正確なコントロールで穴に空穿の礫を通せば、フリージアの剣を弾く。
さらに追撃で礫を放つが、フリージアは素晴らしい速度でそれを回避。礫は森の中に消えていった。
「これは驚いた」
リースペトラはローブの裾で汗を拭うと、素直に驚嘆の意を示す。
「属性剣の疑似再現か? それを以て我の間隙の層をただの物質《氷》にして見せたと」
「だから、何? バレたって私の優位は変わらない――」
依然としてフリージアは姿を現さず、間隙の層への攻撃をやめることは無い。
剣の雨がリースペトラたちに降り注ぎ、けたたましい衝突音が鼓膜を穿つ。
「それは油断じゃないか? 騎士としては失格だろう」
リースペトラはいつもと変わらない調子で言うと、ゆっくり目を閉じた。
戦闘のさなかで目を閉じる行為。それは五感の一つを捨てるという愚かな選択。フリージアはリースペトラの行動に素早く気づくと同時に、その意味を探るべく頭を動かす。
「属性剣とは、剣そのものに魔力的な属性が付与されたモノのこと。魔法が乗っかった太刀筋の攻撃力はすさまじく、そこには戦闘の多様性を大きく広げる可能性がある」
リースペトラの突拍子もない説明にフリージアは疑問を覚えた。
しかし、自身を守る魔法障壁が展開するたびに壊されているという状況で、平然とそんなことを口走るリースペトラに違和感を与えられる。
普通であれば死を前におかしくなったのだと判断していたところだ。しかし、騎士として多くの経験を積んできたが故の勘がその判断を許さない。
そこでふと、フリージアはリースペトラが苦しそうに顔を歪ませてふらつく姿を捉えた。
「――おしゃべりはおしまい」
その隙を見逃すほどフリージアは弱くはない。リースペトラを守る魔法障壁を突き破るべく、究極の速度を以て接近し、剣を振り上げる。
「甘い」
しかし、その一太刀は魔法障壁に届かなかった。
フリージアの顔面を射抜くように正確なラインで礫が飛来したのである。フリージアはそれを回避せざるを得ず、攻撃を中断した。
そしてリースペトラから距離を取り、魔法障壁を中心として旋回するように高速移動しながら様子を窺う。
「そこにいたな?」
確信めいた口調で笑うリースペトラは、先ほどまでフリージアがいた場所を正確に指さしていた。
「……っ」
フリージアはその笑みを前に思わず全身が粟だった。
時間切れ、そんな言葉がフリージアの頭をよぎる。もしかすると私は重大な失敗を犯したのではと思わずにはいられなかった。
そんなフリージアを前に、リースペトラは右手首で頭の側面をポンポンと叩きながら口を開く。
「属性剣は身体強化とはまた別の、騎士が魔法を扱う手段であり、その攻撃に数多の多様性を生み出す要素だ。それはお主の疑似再現でも同じだろう」
リースペトラの「な?」という問いかけにフリージアの背筋が凍る。その声はまるで隣で囁かれたかのようであり、フリージアは自身がまるで蜘蛛の巣にかかった羽虫のようだと錯覚した。
「前述のとおり属性剣を扱うメリットは大きい。だが、明確な弱点も存在する」
リースペトラは「お主は分かっているだろうがな」と前置きすると、さらに続ける。
「持ち主の魔力の消費が激しい、という点だ。お主は高速移動するのに身体強化魔法を使っているからな、尚更だろう」
「――だから、何?」
フリージアは平静を装ってそう返すが、一つずつ自身の皮を剥がされていく感覚に恐怖を覚え始めていた。
ジリ貧でしかないはずのリースペトラを前に、優位を保っているはずの自分。そうであるはずなのに、状況はそう言っているはずなのに、拭いきれない不安感はフリージアを蝕んでいく。
騎士としての勘がけたたましく警告を発し、異常を訴えてくる。そして万全とは到底言えないほど体の動きがガクつきだすのを自覚するのと同時、手先に冷たさを感じ取った。
「――忘れていたことを忘れていたんだ。戦いのことも、自身のことも」
「……?」
リースペトラの言葉の真意を探るべく、フリージアの脳が反射的に思考を巡らせる。しかし、それを読んだかのようにリースペトラは右手をあげてそれを制した。
「久々に濃密な魔力に当てられたからかもしれない。頭痛も久しい感覚だ――おっと、話を戻そうか」
リースペトラは自身の頭を労わる様子を見せながら、高速移動を続けるフリージアに意識を向ける。そして右手に魔力を集中させていった。
「属性剣も、疑似再現も、我には垂れ流している魔力が視えている」
瞳を閉じ、心眼で魔力を覗く。
魔力との触れ合い。それだけでは足らず、深く、濃厚に交わり、己が魔力と融合を果たした魔法使い。それが魔女。"恒久"を賜りし魔女、リースペトラ。
彼女にとって魔力を視ることは呼吸と同じくらい身体に沁みついた行動だ。それは全てを支える根幹であり、いついかなる時も立ち返るべき基本。
それは戦闘においても同じこと。
姿が、殺気が、見えなくとも問題はない。リースペトラにはフリージアの魔力が走らせる軌跡が視えている。
自身を囲むように走るそのラインはフリージアの旋回に伴って幾重にも重なって視えている。しかし、リースペトラにとってその判別は児戯に等しかった。
――正確には、再び児戯になったというべきか。
フリージアの操作から離れた魔力はゆっくりと空気に溶けて霧散していく。そこに視えるのは明確な揺らぎ。
フリージアが走らせる細く流麗な魔力のラインは、フリージアの手から離れれば離れるほど揺らぎによって太く、境界が無くなっていく。
"恒久"の魔女リースペトラ。彼女は紛れもなく魔女であった。
その差異を見逃すはずがない。
「――ッ!」
このままでは、死ぬ。そう確信したフリージアは剣を握りしめて地を蹴った。向かうはリースペトラの前。一撃で障壁ごと首を斬る為に。
しかし、その姿を魔力を通して視ているリースペトラは笑う。
「灰塵の積層」
すべてを灰塵に帰す原始的力の本流が今、たった一人の騎士に向かって炸裂した。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
追放された偽物聖女は、辺境の村でひっそり暮らしている
黎
ファンタジー
辺境の村で人々のために薬を作って暮らすリサは“聖女”と呼ばれている。その噂を聞きつけた騎士団の数人が現れ、あらゆる疾病を治療する万能の力を持つ聖女を連れて行くべく強引な手段に出ようとする中、騎士団長が割って入る──どうせ聖女のようだと称えられているに過ぎないと。ぶっきらぼうながらも親切な騎士団長に惹かれていくリサは、しかし実は数年前に“偽物聖女”と帝都を追われたクラリッサであった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
当然だったのかもしれない~問わず語り~
章槻雅希
ファンタジー
学院でダニエーレ第一王子は平民の下働きの少女アンジェリカと運命の出会いをし、恋に落ちた。真実の愛を主張し、二人は結ばれた。そして、数年後、二人は毒をあおり心中した。
そんな二人を見てきた第二王子妃ベアトリーチェの回想録というか、問わず語り。ほぼ地の文で細かなエピソード描写などはなし。ベアトリーチェはあくまで語り部で、かといってアンジェリカやダニエーレが主人公というほど描写されてるわけでもないので、群像劇?
『小説家になろう』(以下、敬称略)・『アルファポリス』・『Pixiv』・自サイトに重複投稿。
愚者による愚行と愚策の結果……《完結》
アーエル
ファンタジー
その愚者は無知だった。
それが転落の始まり……ではなかった。
本当の愚者は誰だったのか。
誰を相手にしていたのか。
後悔は……してもし足りない。
全13話
☆他社でも公開します
悪役令嬢は大好きな絵を描いていたら大変な事になった件について!
naturalsoft
ファンタジー
『※タイトル変更するかも知れません』
シオン・バーニングハート公爵令嬢は、婚約破棄され辺境へと追放される。
そして失意の中、悲壮感漂う雰囲気で馬車で向かって─
「うふふ、計画通りですわ♪」
いなかった。
これは悪役令嬢として目覚めた転生少女が無駄に能天気で、好きな絵を描いていたら周囲がとんでもない事になっていったファンタジー(コメディ)小説である!
最初は幼少期から始まります。婚約破棄は後からの話になります。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
だいたい全部、聖女のせい。
荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」
異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。
いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。
すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。
これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
神になった私は愛され過ぎる〜神チートは自重が出来ない〜
ree
ファンタジー
古代宗教、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、仏教…人々の信仰により生まれる神々達に見守られる世界《地球》。そんな《地球》で信仰心を欠片も持っていなかなった主人公ー桜田凛。
沢山の深い傷を負い、表情と感情が乏しくならながらも懸命に生きていたが、ある日体調を壊し呆気なく亡くなってしまった。そんな彼女に神は新たな生を与え、異世界《エルムダルム》に転生した。
異世界《エルムダルム》は地球と違い、神の存在が当たり前の世界だった。一抹の不安を抱えながらもリーンとして生きていく中でその世界の個性豊かな人々との出会いや大きな事件を解決していく中で失いかけていた心を取り戻していくまでのお話。
新たな人生は、人生ではなく神生!?
チートな能力で愛が満ち溢れた生活!
新たな神生は素敵な物語の始まり。
小説家になろう。にも掲載しております。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
魅了アイテムを使ったヒロインの末路
クラッベ
恋愛
乙女ゲームの世界に主人公として転生したのはいいものの、何故か問題を起こさない悪役令嬢にヤキモキする日々を送っているヒロイン。
何をやっても振り向いてくれない攻略対象達に、ついにヒロインは課金アイテムである「魅惑のコロン」に手を出して…
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる