恒久のリースペトラ~魔女は隻腕の剣士と出会う~

奈倉 蔡

文字の大きさ
上 下
2 / 24

フリージアの魔法

しおりを挟む
「フリージア、やめて! この方たちは敵ではないの!」
 ミレディが再び声を上げる。しかし、その声は戦闘の雑音で簡単に溶けていき、フリージアの剣戟を緩めるには及ばない。

 リースペトラはミレディの声から悲痛さを感じ取り、思わずその震えた手を握った。小さく、冷たい手だ。それが震えているとあればリースペトラの心情にも堪えるものがある。

「リースペトラ……」

「心配するな。お主の為にも我は負けない。それに負けるつもりもない」
 リースペトラが言えば、ミレディはリースペトラの手をぎゅっと握り返す。

「ダメ」
 突如、雨のように降り注いでいたフリージアの剣戟が止まり、冷たい声がリースペトラの鼓膜を揺らす。

 リースペトラが声のした方を見れば、そこにフリージアが立っていた。

 止まらない高速移動から繰り出される剣戟はフリージアにも負荷を与えていたようだ。静止したフリージアが持つ水色の髪は乱れ、ほつれており、息遣いには多少の荒さが見て取れた。

 リースペトラはその姿に先ほどまでの連撃が無限に行えるわけではないと判断するとともに、次の手を打たれる前に仕留めたいと考える。

 その為には先手必勝。自らが戦いのペースを握る必要があるだろう。

 しかし、己を射抜くその立ち姿からは油断が見えず、今魔法を放っても致命傷は与えられないと冷静に結論付けた。

「そんなこと、許せない。絶対にダメ」
 そんなリースペトラにフリージアの声が降りかかる。

「フリージア、もうやめて! いつもは私のお願い聞いてくれるじゃない!」
 立ち止まったフリージアにミレディが叫ぶ。するとフリージアはまっすぐミレディも見るも、少ししてゆっくり首を振った。

 その反応にミレディは「嘘……」と衝撃を隠せない。

 リースペトラはそんなミレディを気遣わし気に見たのち、フリージアに向きなおる。

「随分と怖い目つきじゃないか。我、その視線で射殺されそうなのだが」
 リースペトラが冗談めかして言うと、フリージアが鼻で笑う。しかし、表情は動かず、冷たく深い瞳がリースペトラを離さない。

「そこにいるのは私。あなたじゃない――」

「意味が分から――な!?」
 突如、リースペトラの目の前に亀裂が走った。遅れてパリンッと子気味良い音を捉える。

 今日一の一撃だった。フリージアが立っていたはずの場所は既に空、間隙の層ガレイヴァンの損壊度が一撃で半分を超える。

 このまま追撃されれば己の身は無様に弱点を晒すだろう。それを瞬時に理解したリースペトラは同時に一つの確定事項を得た。

空穿の礫ピアグラヴァ!」
 魔法名の宣言と共に大量の魔力を込めた礫が二つ出現。リースペトラが右手を前に突き出せば、礫が魔法障壁のひび割れをこじ開け、高速で射出された。

 同時に間隙の層ガレイヴァンが全壊、破裂音にも似た崩壊音が辺りに響き渡る。

「くっ……」
 リースペトラの目の前で苦し気なうめき声が聞こえ、数舜ののちに10mほど離れた位置にフリージアの姿が現れた。

 それを確認してリースペトラが笑う。

「すこーし焦ったか? ふふ、左手が痛かろう」
 リースペトラの言葉にフリージアが小さく舌打ちする。

 リースペトラはあの時、フリージアの追撃がどこに来るのか予想済みであった。

 大きくひび割れた魔法障壁。しかし、あっという間に修復されてしまう。そんな魔法を前にして、フリージアが半壊状態をみすみす逃すはずはない。

 つまり、姿が見えないフリージアのいる場所が大きく見積もって目の前の90度、少なくとも180度に絞ることができたのだ。

 二つの礫が作り出す射線はフリージアがいるであろう場所を埋めることができる。フリージアはその攻撃を無視することができないと踏んだ。

 その結果が、視線の先で左腕を庇っているフリージアである。

「――こんなもの、別に問題じゃない」
 
「そうは言うが、左手を庇っているのを見てしまえば、な?」
 リースペトラの煽りとも取れる言葉にフリージアが眉をピクリとさせる。相も変わらず不気味なほどに眼力があるが、礫が少なくないダメージを与えているのは明白だった。

 追撃せず姿を現したため、もしかしたら折れているのかもしれない。

「問題じゃない」
 念押しするようにフリージアが言うと、剣を地面に突き刺した。そしてさらに口を開く。

氷の手グラスグレイス
 
 無詠唱魔法。リースペトラがそれに気が付くと同時、庇っていた左腕の二の腕部分にゆっくりと氷が這っていく。

「……もはや魔法使いだな」
 思わず賞賛の言葉を口にするリースペトラ。それもそのはず、フリージアはあっという間に礫をくらって傷ついた左腕を氷で補強して見せたのだ。

 それは紛れもなく身体強化の魔法とは異なる、攻撃に用いられる魔法。フリージアは身体強化魔法を駆使する騎士ではなく、両刀の魔法剣士だったのだ。

 それは簡単に実現できる戦闘スタイルではなく、リースペトラはすぐにフリージアの才能と努力を理解する。

 そして思わずといった風に笑みを浮かべた。

「これでまだ戦える」
 フリージアはリースペトラの言葉には答えず、まっすぐに切っ先をリースペトラへと向けた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

ひっそり静かに生きていきたい 神様に同情されて異世界へ。頼みの綱はアイテムボックス

於田縫紀
ファンタジー
 雨宿りで立ち寄った神社の神様に境遇を同情され、私は異世界へと転移。  場所は山の中で周囲に村等の気配はない。あるのは木と草と崖、土と空気だけ。でもこれでいい。私は他人が怖いから。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

愛のゆくえ【完結】

春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした ですが、告白した私にあなたは言いました 「妹にしか思えない」 私は幼馴染みと婚約しました それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか? ☆12時30分より1時間更新 (6月1日0時30分 完結) こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね? ……違う? とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。 他社でも公開

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜

二階堂吉乃
ファンタジー
 瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。  白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。  後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。  人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話7話。

処理中です...