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二章 前線基地にて

勃発

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 リースペトラは背後でミレディが息を呑むのを感じ取り、自身の小さい体でミレディを隠そうと半歩踏み出す。 そしていつでも魔法を放てるように意識を集中した。

 ミレディも自らすぐにリースペトラの背後に移動すると、リースペトラの背に隠れるように体を丸める。

(……あくまでもミレディの身を守ることが最優先。襲撃者の矢面に立つのはケラスの仕事だな)

 リースペトラの考えと同様、ケラスもそう判断する。既に右手で構えた大剣の切っ先を襲撃者の気配がする方へ向けていた。

 二人に浴びせられる殺気には遠慮が見えず、隠れて襲ってやろうという考えははなから無いように思えるほど。

 リースペトラはこのような魔物ではなく人との戦闘が久しぶりだと思い出し、自身の緊張を張りなおした。

 カルミアとの決闘は正直お遊びの面が強かったし、ケラスに関してはリースペトラが襲った側だ。
 
 久しく浴びていなかった殺気に、リースペトラの感覚は倍々で研ぎ澄まされていったと言えよう。

 ――だから、気づけたのかもしれない。

「上だ!」
 リースペトラの叫び声が森に響く。

「――ッ」
 ケラスはその言葉に瞬時に反応した。お得意のバックステップと同時に大剣を地面から見て半月はんげつの形で振り抜く。

 その直後、ガキンッと金属がぶつかり合う耳障りの鋭い音が響き渡った。

「大丈夫か!?」
 二人の元まで後退したケラスにリースペトラが言う。ケラスは大剣の刃先を確認してから「問題ない」と答えた。

「我、大剣のことは心配してないぞ……」
 リースペトラは呆れた口調でそうこぼすも、前を睨む視線には最大限警戒の念を込めたまま。

「お見事です」
 リースペトラが睨む先、いつの間にか姿を現し、ケラスと向かい合う形で立っている騎士風の男が言う。

「……襲撃者に褒められてもな」
 ケラスは自身への賞賛を受け流しつつ、一太刀を浴びせてきた騎士を観察する。

 身長はケラスと同じくらいだが、線の細い男だ。しかし、先ほどの剣戟には技量とパワーが見て取れ、油断はできない実力を持っていると言えよう。

 そして油断なく構えられた両刃の剣はまっすぐにケラスを標的として定めており、その姿は隙を見せればすぐに致命傷を与えてやると語っているようだった。

 ケラスは向かい合ったこの短い時間で騎士の警戒度を設定すると、いつも以上に気を引き締めた。その度合いは普段S級の魔物を相手する時よりもはるかに高い。

「誉め言葉は素直に受け取っておいた方が良いと思いますよ」
 しかし、襲撃者である騎士はケラスの雰囲気と反し明るい表情で口を開く。落ち着きのある滑らかなバリトンボイスがケラスの鼓膜を震わした。

「……」
 先ほどのリースペトラを想起させる騎士の言葉にケラスの眉がピクリと動く。それは既視感から来るただの条件反射であったのだが、騎士はそうは受け取らなかった。

 ケラスを短気な男だと判断し、さらに挑発するべく言葉を紡ぐ。

「あなたが浴びる賞賛は今ので最後ですから」
 騎士は柔和な笑みを浮かべながら死刑宣告とも取れる言葉を口にした。それに対しケラスは鼻で笑って見せる。

「俺の実力は俺が知っていればそれでいい」
 
「……つまらない男ですね」
 騎士は小さく鼻を鳴らすと、剣を握る手に力を込めた。

 ケラスも同様、大剣を支える右腕にいくつもの筋が浮かび上がる。

 二人の間に静寂が降りた。両者が剣を構え、必殺の一撃を繰り出すべく相手の隙を探り合うが故に生まれた沈黙。

 それは強者がぶつかり合う直前特有の空気。そこら一帯だけまるで重力が増したかのようにも思える。

 リースペトラは二人の様子を察し、ミレディを守るべく間隙の層ガレイヴァンを発動。リースペトラとミレディを囲むように不可視の魔法障壁が出現する。

「待ってください!」
 嵐の前の緊張状態。張り詰めた空気を切り裂くようにミレディの声が響き渡る。さらにミレディはリースペトラの前に出ようとするが、間隙の層ガレイヴァンの範囲外に出ないよう、それはリースペトラが阻止した。

 しかし、ミレディの言葉は二人の打ち合いを少しだけ先延ばしにする力を秘めていた。騎士の方が少しだけ剣気を緩めると、口を開く。

「ミレディ様、今しばらくお待ちください。教会騎士マクスウェル、必ず貴方様を賊からお救い致します」

 自分に酔っているような、芝居がかった口調で言葉を紡ぐマクスウェルに不快感を抱いたリースペトラ。しかし、ここで判明する新たな事実。

 襲撃者はミレディがはぐれた仲間だということ。

 ならばここでことを構える必要はないはずだ。

「マクスウェルとやら、別に我たちは賊ではない。森の中で魔物に襲われていたミレディを助けてな、保護すべく前線基地に向かっていた途中だったんだ」

 リースペトラの言葉にミレディが何度も頷く。

「そうです! 私はお二人に命を救われました。決して敵ではありません」
 ミレディはリースペトラを擁護するように言葉を紡ぐ。ケラスもそれに追随し、剣気を緩めた。

 しかし、

「――やれ」
 マクスウェルがぽつりと言うと同時、リースペトラは間隙の層ガレイヴァンがひび割れた音を聞いた。

「……ッ連炎鎖フェシュヌン!」
 魔法名の発声にとどめた速度重視の無詠唱魔法により、リースペトラとミレディを中心として炎の鎖が放射状に広がる。

 炎は周囲にゴオォッと空気を喰らう音を響かせ、リースペトラたちの周りを熱で歪めて見せた。
 
「何!?」
 思わずと言った風に驚愕の声を発するケラス。

 その隙を逃さなかった者が一人。

「お仲間の心配をしている余裕がありますか?」
 マクスウェルは先ほどまでの緩みを一切感じさせず、殺気を放ちながら剣を振るった。

「お前くらいっ、ならな!」
 ケラスは悪態をつきながらも、素晴らしい反応速度で大剣をマクスウェルの剣筋に差し込む。しかし、ケラスの左半身を狙った嫌らしい一撃に不快感を隠さない。

「なぜですかっ。マクスウェル! !」
 自分の意思を無視して動く戦況に混乱し精一杯声を張り上げたミレディは、マクスウェルは勿論、奇襲を仕掛けた二人目の仲間、フリージアと目を合わせた。

「……なるほどな」
 リースペトラは連炎鎖フェシェヌンで生み出した炎の鎖を維持し、フリージアに向けて鎌首をもたげさせる。

 そして先ほど展開した間隙の層ガレイヴァンに目をやった。

 間隙の層ガレイヴァンの左側、リースペトラに刃が到達していれば丁度首を刎ねていたであろう位置を中心にひび割れが広がっている。

「お主がこれをやったわけだ。正確無比な殺しの剣、まったく恐ろしくて敵わんな」
 ニッと口角を上げて言うリースペトラ。

 しかし、相対するフリージアは感情の揺らぎを見せないまま呟く。

「殺れなかったなら、もう一度――」
 リースペトラの視界からフリージアが掻き消えた。
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