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二章 前線基地にて

出会い①

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「ふぅ――」
 ケラスは短く息を吐き、大剣に付着した魔物の血を払ってから背負った。その一連の動作からは疲れなどが一切見えず、目の前の魔物が邪魔だったから倒した、と語っているようだ。

 膝をつき命の瀬戸際にあった少女とは持つ視点が強者として異なっており、彼もまた前線基地において上澄みにあることを示している。

「いい剣筋だったな、まさに一刀両断じゃないか。我いらなかったぞ」
 そして、そんなケラスに近寄るリースペトラ。彼女には今回出番がなかったようだ。既に手先に集中させていた魔力を霧散させ、詠唱を破棄している。

「……俺にとっては皮肉にしか思えんが」
 リースペトラの言葉にケラスが小さく唸る。ケラスが今思い浮かべているのはリースペトラと初めて遭遇した時のこと。

 しかし、リースペトラに皮肉を言うつもりは一切なく、ケラスの言葉に右手を振って否定の意を示した。

「くどいぞ、賞賛は素直に受け取っておけ。そっちの方が可愛らしい」
 リースペトラはからかうように"可愛い"とケラスを形容する。しかし、ケラスは納得がいかないのか目線に不満を隠さない。

 ケラスは中々に負けず嫌いな性格であった。

「う、ぁ……」
 そんな二人の会話に割り込む声が一つ。明らかに弱っており、か細いうめき声。

「おっと、目が覚めたか」
 リースペトラはその声にいち早く反応すると、膝をついたままの少女を支えるように肩を貸した。

「私は、いったい……」
 少女は状況がつかめていないのか意識のまだはっきりしていない様子でリースペトラを見る。ケラスは少女の対応をリースペトラに任せ、少女を観察すべく意識を向けた。

 非常に小柄で、細い腕。それに若い。およそ危険地帯のこの森で生き残れるとは思えない身体つき。そもそも、なぜここまで来れているのかが疑問であるくらいだ。

 誰かに連れだって来たのか、それとも攫われたりしたのか、様々な可能性を探るケラスの考えを知ってか知らでか、リースペトラは温和な笑みを浮かべて少女を立ち上がらせる。

「危ないところだったな。我らがいるから、安心しろ」
 しれっとケラスを一緒にしたリースペトラ。その言葉にケラスは一度口を開きかけるも、黙ったままだ。

「……まだ、私は生きているのですね」
 だんだんと意識がはっきりしてきたのか、少女は弱弱しい足元ながらリースペトラの肩から離れて立ち上がった。

「助けていただきありがとうございます。仲間たちと共に前線基地を目指していたのですが、魔物の襲撃ではぐれてしまって――」
 少女は歳にそぐわない丁寧な言葉づかいで感謝を述べると、二人に向かって頭を下げた。綺麗に手入れされた編み込みの銀髪と、鈴の形をしたイヤリングが揺れる。

 その姿には疲弊が見て取れるも気品さがあり、非常に威圧感のあるケラスを前にしても動じずの所作であった。ただの町娘が直前まで命の危機にあったにもかかわらずできる行動ではない。

 それに、大きな違和感が一つ。白を基調とする仕立ての良い服はボロボロだったが、そこから覗く四肢には傷がついていなかった。

 ケラスはその所作や違和感から少女がただの一般人ではないとあたりをつける。そして自身の面倒事、という確信に答え合わせをしてしまったケラスは内心でため息をついた。

「そうか……」
 リースペトラは少女に気遣わし気な視線を向ける。その視線に気が付いた少女がすぐに口を開いた。

「大丈夫です! 彼らは私よりも強いですから、絶対に生き延びているはずです。絶対……」
 少女は力強く言う。しかし、そうは言うも不安はあるようで、胸の前で右手をぎゅっと握りしめた。

 さらに、大きくクリッとしたした瞳に不安の気持ちが湛えられ、見た目相応の少女らしいあどけなさが垣間見える。

「お主は仲間を信頼しているのだな――さて!」
 リースペトラは少女の背に優しく触れ、安心させるように言う。続けて鼓舞するように背中をバシッと叩いた。

「あぅ!?」
 急な行動に少女、さらにケラスが驚いて目を剥いた。しかし、二人の反応に反してリースペトラは快活に笑ってみせる。

「だったら早く会いに行かないとならんな。我らがお主の仲間の元に連れていってやる」

「え……そ、そんな! 命を助けてもらったばかりか、そんなことっ」
 リースペトラが胸を張って宣言すると、少女は慌てながらかぶりを振った。しかし、リースペトラは右手を使って少女を制す。

「だったらこのまま見捨てて行けと? お主、我らがいないとまたすぐに死にかけるぞ。というか死ぬな。間違いなく」
 リースペトラの断言に少女が言葉を詰まらせる。そして救いを求めるようにケラスを見た。

 ケラスは少女から目を逸らすも、その先にいたリースペトラと目が合い、諦めるように頷く。

「ですが、それではあなた方が――」

「……ここらなら最寄りの町よりも前線基地の方が近い。それに戦力も十分で安全だ。仲間たちも助けを求めて前線基地を目指しているかもしれない」

 ケラスの言葉にリースペトラが頷く。

「前線基地までは我らも帰り道だ。一人くらい増えても何も問題はないぞ!」
 リースペトラは少女と同じくらいの細腕でサムズアップをして見せた。

 少女は二人の言葉に対して逡巡を見せる。その姿にリースペトラは「何をそんなに遠慮する必要がある?」とは思いつつ、口には出さない。

 ……リースペトラには、正確にはケラスもそうであるが、強者、そして前線基地を拠点とする冒険者たちは世間とのズレが多くある。

 前線基地を拠点としながら活動できている生きながらえているで、大陸の中では上澄みであるという事実。

 戦闘が本分ではないジェスだってS級の魔物から逃げ切るだけの実力がある。

 リースペトラが難なく下したカルミアでも小国であればトップの魔法使いになれる。

 レクトシルヴァの面々が揃えば国家間の戦争において戦略級の意味を持つはずだ。

 それほどの存在が集中しているのが大陸未踏破域の危険地帯。S級の魔物が蔓延る伏魔殿なのである。

 外からやってきた少女にとって、もちろん直前で魔物に殺されかけたからというのもあるが、リースペトラの申し出は自身の危険を、そして命を顧みない勇気ある行動と見えているのだ。

「なんだ? 我らの実力を怪しんでいるのか?」
 沈黙してうつむいた少女をたきつけるようにリースペトラが言う。しかし、両手を握りしめた少女はすぐには言葉を返さない。

 ケラスの時にはうまくいくのにな、とリースペトラは当てが外れて首をかしげる。すると、そのタイミングで少女が顔を上げて二人を見た。

 その瞳に決意を込め、先ほど会ったばかりの、見ず知らずの自分に命をかけて手を差し伸べてくれた二人を見つめる。

「聖ラグレスライ教、聖女見習いミレディ・ハティ。この御恩、一生忘れません」
 ミレディは祈りを捧げるように両手を胸の前で組むと、気品ある所作で頭を下げた。
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