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二章 前線基地にて
理想家
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「我は昔……そう、昔だ。昔から我は理想家だった」
ケラスの呟きに答えるようなタイミングでリースペトラが口を開く。
しかし、ケラスの言葉はリースペトラに届いてはいない。それが小さい声だったことに加え、悪路を進む二人が立てる物音によって阻害されていたはず。
ケラスはドキッとするもそう冷静に判断し、リースペトラの横顔を窺った。
そこで見たのは、何か決意が込められたようなリースペトラの蒼い右目。ケラスは不思議とその瞳に吸い寄せられた。
「あれをしたい、これが欲しい、あれになりたい、そんなことばかり考えていた子供だった。そして初めて魔法というものに魅せられた時、我は魔女に至ろうと決意したのだ。我はできる、絶対に魔女になる、と」
ケラスはリースペトラの語る口調に懐かしさを噛み締める雰囲気を感じ取った。蒼い瞳が見つめる先に何を思い返しているのか、考えてしまう。
「そんな日々だ、とても楽しかった。だが、壁にぶち当たることもある。無限にも思えた自身の伸びしろに翳りが見え、驕りとも言える全能感を失った時、我は何を思ったと思う?」
「……辛い、とかか?」
この場でリースペトラの肩を掴み、引き留めてもよかったはずだ。しかし、ケラスはリースペトラと共に走りながら問いに言葉を返した。
ケラスの言葉にリースペトラはかぶりを振る。
「もどかしい、だ。努力が実らず、先が見えない。自分の思うようにならなくてイライラした。今の我は己の理想すら叶えることができない未熟者だと気づき、名ばかりの理想家だと気づかされた」
「……」
そこでケラスは見た。過去を思い返し両手を握りしめるリースペトラの口元が何故か笑っているのを。
「そこから我はさらに魔力の研究に没頭して――長い年月をかけ魔女に至った。理想を追う為の力を得た。我は真の理想家になったんだ。驕り、でっ……も何でもない、純然たる事実としてな!」
リースペトラは興奮するようにまくしたて、強まる語気に置いていかれるように言葉を詰まらせる。
しかし、リースペトラは無理矢理に言葉を紡ぎ続けた。
「我は人が好きだ。言葉を交わし、泣き、笑い、たまには喧嘩をし、仲直りに酒を酌み交わす。それが楽しくて仕方がない。何ならはたからそれを見ているだけで楽しくなってしまう」
リースペトラは前髪で隠れた左目を押さえると、残る右目で圧倒されているケラスを見た。
「魔女に至ってからは特にそう思うようになった。爆発するようにそんな思いが膨れ上がった。人の時間は有限で、短く、儚いからな」
リースペトラは握りしめていた右手を開き、空に触れるかのように前へと伸ばす。そこに大量の魔力が集まっていくのをケラスは感じ取った。
「だから、助ける。己の手が届く範囲は絶対に取りこぼさない。我にはこの思いを叶える力がある」
リースペトラの決意とも思える言葉。
それと同時、初めてリースペトラと遭遇した時やカルミアとの決闘で魔法を放った時、それらがフラッシュバックするような濃密で重い圧がケラスにのしかかる。
「……お主のような中途半端な強者は合理主義だ」
身体にのしかかる様な圧を身に受けながら走るケラスにリースペトラの言葉が投げかけられる。
どういう意味だ、と辛い状況にも関わらず不服の意を込めた目を向けるケラス。それに気が付いたリースペトラは微笑を見せた。
「なに、責めているわけではない。身を守るためにはそれが正解だ。だが――」
リースペトラはそこで一度言葉を区切ると、隣を走るケラスの背をバシッと叩く。
「我が隣にいるんだ、お主の分も取りこぼしはしない」
「……」
リースペトラはニカッと自信の込められた笑みを黙ったままのケラスに浴びせかけ、それから前を向いた。
そこでケラスは再び強い意志を湛えたリースペトラの横顔を見る。
まっすぐ、純粋で、吸い込まれるように深く蒼い、そして魅入られる瞳だった。
「森を拓くぞ! 神の庭手!」
リースペトラが魔法名の宣誓と同時に両手を左右に開く。するとどうだ、ケラスの視界が大きく拓かれたではないか。
急に差し込んだ光に思わずケラスは目を細める。
しかし、実力者であるケラスは視界を奪う光の危険性、そこからの復帰法を心得ていた。すぐに体勢を立て直し背中から大剣を引き抜いて構える。
そこでケラスの視界に飛び込んできたものは――
「……!?」
地面は木の根が表出し、石が散乱、何よりぬかるみだってあった。
それに高身長のケラスにとっては幹とも思えるほど太い枝木が視界の高さにあるような場所。加えて頭を垂れる葉が前を遮り光を通さず、バチバチと顔を叩いてくる。
そのような道と言える道もない悪路が今、森の中にポツンと佇む広場となっていた。広さはカルミアと決闘をした場所よりもはるかに大きく、踏みしめた感触は硬い。
これを荒れた森の中に作り出すのにどれほどの労力を要するのか。ケラスは目の前の光景に思わずかすれた笑い声を漏らした。
大地をいじくる魔法などという並外れて突出した超魔法。そんなものなどケラスは見たことがない。
無論、ケラスの実力があれば剣一つで崖を切ることもできるだろう。カルミアの炎魔法であっても同じことができるはずだ。
しかし、それは攻撃の持つ破壊性が副次的に備えた効果に過ぎない。リースペトラの魔法は根本的に違うのだとケラスは直感で理解した。
そして、その直感は間違っていない。
リースペトラが行使した神の庭手は土地に干渉する大魔術。
凄まじい斬撃によって結果的に断面がキレイになった、というような事態では収まらない。土地の在るべき姿そのものを直でいじくってしまう魔法、ある種の事実改変である。
ケラスは今、魔女が行使できる魔法の中でも上澄みのモノを間近で目にしていた。
「――お主! おい、ケラス!」
「……あ、あぁ。すまない」
ケラスの耳に自身の名を呼ぶ声が聞こえてくる。ハッとしたケラスは歯切れ悪くその声に応えた。
そんな様子のケラスにリースペトラは鋭い目つきを返し、前方に指をさす。
「いたぞ! お主はこのまま接近、我は詠唱!」
リースペトラが示す先、そこには大型の鳥系魔物が数匹と、そいつらに囲まれて膝をついた少女がいた。
ケラスの呟きに答えるようなタイミングでリースペトラが口を開く。
しかし、ケラスの言葉はリースペトラに届いてはいない。それが小さい声だったことに加え、悪路を進む二人が立てる物音によって阻害されていたはず。
ケラスはドキッとするもそう冷静に判断し、リースペトラの横顔を窺った。
そこで見たのは、何か決意が込められたようなリースペトラの蒼い右目。ケラスは不思議とその瞳に吸い寄せられた。
「あれをしたい、これが欲しい、あれになりたい、そんなことばかり考えていた子供だった。そして初めて魔法というものに魅せられた時、我は魔女に至ろうと決意したのだ。我はできる、絶対に魔女になる、と」
ケラスはリースペトラの語る口調に懐かしさを噛み締める雰囲気を感じ取った。蒼い瞳が見つめる先に何を思い返しているのか、考えてしまう。
「そんな日々だ、とても楽しかった。だが、壁にぶち当たることもある。無限にも思えた自身の伸びしろに翳りが見え、驕りとも言える全能感を失った時、我は何を思ったと思う?」
「……辛い、とかか?」
この場でリースペトラの肩を掴み、引き留めてもよかったはずだ。しかし、ケラスはリースペトラと共に走りながら問いに言葉を返した。
ケラスの言葉にリースペトラはかぶりを振る。
「もどかしい、だ。努力が実らず、先が見えない。自分の思うようにならなくてイライラした。今の我は己の理想すら叶えることができない未熟者だと気づき、名ばかりの理想家だと気づかされた」
「……」
そこでケラスは見た。過去を思い返し両手を握りしめるリースペトラの口元が何故か笑っているのを。
「そこから我はさらに魔力の研究に没頭して――長い年月をかけ魔女に至った。理想を追う為の力を得た。我は真の理想家になったんだ。驕り、でっ……も何でもない、純然たる事実としてな!」
リースペトラは興奮するようにまくしたて、強まる語気に置いていかれるように言葉を詰まらせる。
しかし、リースペトラは無理矢理に言葉を紡ぎ続けた。
「我は人が好きだ。言葉を交わし、泣き、笑い、たまには喧嘩をし、仲直りに酒を酌み交わす。それが楽しくて仕方がない。何ならはたからそれを見ているだけで楽しくなってしまう」
リースペトラは前髪で隠れた左目を押さえると、残る右目で圧倒されているケラスを見た。
「魔女に至ってからは特にそう思うようになった。爆発するようにそんな思いが膨れ上がった。人の時間は有限で、短く、儚いからな」
リースペトラは握りしめていた右手を開き、空に触れるかのように前へと伸ばす。そこに大量の魔力が集まっていくのをケラスは感じ取った。
「だから、助ける。己の手が届く範囲は絶対に取りこぼさない。我にはこの思いを叶える力がある」
リースペトラの決意とも思える言葉。
それと同時、初めてリースペトラと遭遇した時やカルミアとの決闘で魔法を放った時、それらがフラッシュバックするような濃密で重い圧がケラスにのしかかる。
「……お主のような中途半端な強者は合理主義だ」
身体にのしかかる様な圧を身に受けながら走るケラスにリースペトラの言葉が投げかけられる。
どういう意味だ、と辛い状況にも関わらず不服の意を込めた目を向けるケラス。それに気が付いたリースペトラは微笑を見せた。
「なに、責めているわけではない。身を守るためにはそれが正解だ。だが――」
リースペトラはそこで一度言葉を区切ると、隣を走るケラスの背をバシッと叩く。
「我が隣にいるんだ、お主の分も取りこぼしはしない」
「……」
リースペトラはニカッと自信の込められた笑みを黙ったままのケラスに浴びせかけ、それから前を向いた。
そこでケラスは再び強い意志を湛えたリースペトラの横顔を見る。
まっすぐ、純粋で、吸い込まれるように深く蒼い、そして魅入られる瞳だった。
「森を拓くぞ! 神の庭手!」
リースペトラが魔法名の宣誓と同時に両手を左右に開く。するとどうだ、ケラスの視界が大きく拓かれたではないか。
急に差し込んだ光に思わずケラスは目を細める。
しかし、実力者であるケラスは視界を奪う光の危険性、そこからの復帰法を心得ていた。すぐに体勢を立て直し背中から大剣を引き抜いて構える。
そこでケラスの視界に飛び込んできたものは――
「……!?」
地面は木の根が表出し、石が散乱、何よりぬかるみだってあった。
それに高身長のケラスにとっては幹とも思えるほど太い枝木が視界の高さにあるような場所。加えて頭を垂れる葉が前を遮り光を通さず、バチバチと顔を叩いてくる。
そのような道と言える道もない悪路が今、森の中にポツンと佇む広場となっていた。広さはカルミアと決闘をした場所よりもはるかに大きく、踏みしめた感触は硬い。
これを荒れた森の中に作り出すのにどれほどの労力を要するのか。ケラスは目の前の光景に思わずかすれた笑い声を漏らした。
大地をいじくる魔法などという並外れて突出した超魔法。そんなものなどケラスは見たことがない。
無論、ケラスの実力があれば剣一つで崖を切ることもできるだろう。カルミアの炎魔法であっても同じことができるはずだ。
しかし、それは攻撃の持つ破壊性が副次的に備えた効果に過ぎない。リースペトラの魔法は根本的に違うのだとケラスは直感で理解した。
そして、その直感は間違っていない。
リースペトラが行使した神の庭手は土地に干渉する大魔術。
凄まじい斬撃によって結果的に断面がキレイになった、というような事態では収まらない。土地の在るべき姿そのものを直でいじくってしまう魔法、ある種の事実改変である。
ケラスは今、魔女が行使できる魔法の中でも上澄みのモノを間近で目にしていた。
「――お主! おい、ケラス!」
「……あ、あぁ。すまない」
ケラスの耳に自身の名を呼ぶ声が聞こえてくる。ハッとしたケラスは歯切れ悪くその声に応えた。
そんな様子のケラスにリースペトラは鋭い目つきを返し、前方に指をさす。
「いたぞ! お主はこのまま接近、我は詠唱!」
リースペトラが示す先、そこには大型の鳥系魔物が数匹と、そいつらに囲まれて膝をついた少女がいた。
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