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二章 前線基地にて

ケラスのお得意様

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 カルミアとの決闘の翌日、ケラスとリースペトラの二人は再びギルドにやってきていた。

 前日の決闘で注目を集めたリースペトラはギルドに足を踏み入れるなり多くの冒険者に声をかけられており、それが満更でもないのか頬をニマニマとさせている。

 そしてそれを人だかりの外から見つつ、ため息をつくケラス。

 ケラスの顔には呆れの感情が隠されもせず乗っかっていて、いつも以上に険しい空気を周りにまき散らしていた。

 この場にケラスの普段を知らない者がいれば、滅茶苦茶に怒っている奴がいると思って足早に逃げてしまうだろう。

 しかし、ここはS級の魔物が跋扈する森の前線に位置するギルド。ここにいる冒険者たちは皆が実力者であり、稀有な存在だ。

 そんな存在が大陸にわんさかいるはずもなく、人の流入は少ない。前線基地のメンバーはほとんどが顔見知りと言ってもいいだろう。

 ――それでも、流石に剣呑なケラスを避けるように人だかりが形成されているのだが。

「ケラスさ~ん、いつも以上に表情筋が死んでいますよ?」
 ケラスがまき散らす空気を破壊するような明るい声色の言葉が投げかけられる。ケラスは黙ったままその声がした方を向いた。

「……ジェスか。お前も相変わらずうるさい顔だぞ」

「ひっどいですねぇ。うるさい、ではなく人当りが良いと言ってください。短所は長所、言い換えが大事です!」
 ケラスの厳しい言葉も平然と受け流したジェスは、ケラスに一枚の紙を差し出した。

「これは?」
 ケラスは紙を受け取りつつ、問う。

「いつも通り、仕事の依頼です。今日もまた目ぼしいモノが無くて、私を待っていたのでしょう?」
 ジェスは両手で自身を抱きながら身をくねらせる。「あぁ、求められているっ」という言葉にケラスはイラつきと既視感を覚えた。

 魔物が絡んでいなければ理知的な奴なんだがな、とはケラスは思わずにはいられない。

 しかし、ジェスはケラスにとって実入りの良い依頼を出してくれるお得意様だ。魔物の研究家であるためか、商人よりもマニアックな魔物や部位を求めてくるので、その分報酬が高いのである。

 多額の金が必要なケラスにとって、ジェスの存在は非常にありがたい。なので不満とイラつきは心の奥にしまい込みつつ、口を開く。

「……分かった。早速行ってくる」
 ケラスは依頼書を懐にしまうと、立ち上がって机に立てかけていた大剣を背負った。

「おぉっ、お主は見る目があるな。どれ、少しだけ我の魔法を――」

 ケラスは人ごみをかき分けて中心まで到達すると、調子に乗って喋っているリースペトラのフードを引っ張った。

「ぐぎゃっ――ケラスっ、お主一体何を……」

「仕事だ、行くぞ」
 ケラスは苦しそうに顔をゆがめて呻くリースペトラを気にかけることなく、体格にモノを言わせて連行する。

「お願いしま~す」
 そんな二人にジェスは大きく手を振りながら、間延びする声を投げかけたのだった。





「ハァッ!」
 裂帛の気合いが周囲に立ち込める魔力と魔物の気配を切り払うように響く。

 それから一拍遅れてズシンという重い音、さらに衝撃をリースペトラは身に受けた。

「いや……すごいな、ケラスよ」
 リースペトラは感心したという風に拍手をすると、裂帛の気合いの発生源であるケラスに声をかける。

 しかし、ケラスはリースペトラの賞賛の言葉に対して鼻を鳴らした。

「一方的に俺を伸した奴に言われてもな」
 
「いやいや、本当にそう思っているぞ。剣でこ奴の硬い毛皮を切り裂くのは難しいだろう」
 リースペトラはケラスの足元に転がっているオムワァグリズリーの頭を眺めながら言い、「だから拗ねるな」と続けた。

「……誰が拗ねてるって?」
 しかし、ケラスはリースペトラの賞賛を素直に受け取ることはできないらしい。大剣を右手一本で背負うと、興味深そうにオムワァグリズリーの頭を持ち上げているリースペトラに半眼を向ける。

 リースペトラはケラスの視線に目ざとく気が付いたのか、頭を抱えたまま顔を上げた。

「お主に決まっている。なんせ今は我と二人きり、だしなぁ」
 リースペトラは怪しい笑みを浮かべてケラスを見ると、わざとらしくローブの裾を引っ張る。するとケラスの目に小さな鎖骨が飛び込んできた。

 少なからず驚いてしまったケラスは無表情を装いつつ、自然な動作で視線を逸らす。しかし、リースペトラはケラスの動揺をはっきりと察知しているようで、さらに笑みを深めた。

「――ともかく、褒めているのだから素直になっておけばいいだろう」
 仏頂面を固めてしまったケラスにリースペトラはため息をつきながら言うと、続けて抱えたオムワァグリズリーの頭をケラスに差し出した。

「これも買い取りというのに回すのか?」
 
 リースペトラの言葉にケラスが首を振る。

「今回はジェスの依頼に集中したい。死体は鉱物の部分だけをはぎ取っていく」
 ケラスは差し出された頭を受け取ると、「ここだ」と言って場所を示した。

「おぉ! 見た目以上に硬いぞ」

「あまりベタベタ触るな。買取の際に値が落ちるだろ」
 リースペトラが不躾にツンツンと硬くなった毛皮を突くつつく。それを見たケラスは頭をリースペトラから遠ざけるように持ち上げた。

 身長差のある二人だとたったそれだけでリースペトラは頭に手が届かなくなってしまう。

 目の前からオモチャを取り上げられた子供のように頬を膨らませたリースペトラがケラスを睨むが、視線を向けられた本人はどこ吹く風だ。

 しかし、短い交流の中でリースペトラのしつこさを重々認識したケラスは続けて口を開く。

「オムワァグリズリーは極度の雑食性でな、肉から魚、キノコ、果てには木やカビをも食料とする。だが、一番好むのは鉱物系だ」
 
「ほぅ……」
 ケラスがリースペトラの背後に倒れているオムワァグリズリーの身体をチラリと見ると、リースペトラの興味が簡単にそちらに向く。

「そしてなぜか、オムワァグリズリーの急所部分――胸や首、関節などに食べたはずの鉱物が混じった毛皮が生える。つまりこいつらは鉱物で武装する魔物なわけだ」

「我それ知らない。面白いな……どういう原理だ?」
 リースペトラはケラスの説明でオムワァグリズリーの生態に興味が湧いたようだ。爛々と輝かせた目に探求心を乗せ、言葉尻を弾ませる。

 ケラスはその姿に狂った時のジェスの影を見た。しかし、依頼の遂行という目標に一貫しているケラスはリースペトラの言葉に待ったをかける。

「時間がない。鉱物の毛皮を剥いだらすぐに移動する」

「えぇ……」
 リースペトラは心底ショックであるという風にか弱い声を出して項垂れる。だがケラスはなびかない。

 不満アピールを続けるリースペトラを無視して懐から小さなナイフを取り出すと、オムワァグリズリーの身体に刃を入れた。

 素早い手つきで解体を進めるケラス。ナイフ裁きには慣れと経験の積み重ねが滲み出ており、リースペトラは素人目ながら舌を巻いた。

 しかし、感心だけでは終わらないのがリースペトラだ。ケラスが手を止めた隙をついて口を挟む。

「原理解明のため、我にちょっと時間を……」

「ダメだ」

「少しだけ」

「ダメだと言っている」

「……ちっ」
 リースペトラはケラスに隠さず舌打ちを見せつける。さらに、湧き上がる探求心が抑えられないのか両手をワキワキとさせた。

 ギルドの存在を知らなかったりと非常識さが目立つリースペトラだが、並み以上に知らないことに対する興味関心が強い。

 行動を共にするケラスに負担がかかることは明白だ。そしてケラス本人もそれを理解しており、今後のストレスを想像しあらためて項垂れる心の中で

「ケラスよ――」

「リース」
 ケラスは粘り強いリースペトラの言葉を遮って主導権を維持。

 そしてケラスはなぜか黙って口元に手を当てているリースペトラと目を合わせた。見開かれた蒼い瞳がケラスを射抜く。

「オムワァグリズリーにはとても珍しい特殊個体がいるぞ。そいつは鉱物の中でも宝石を好み、日の元で綺麗に輝く毛皮を持つ」

「ほぅ?」
 不満げだったリースペトラの瞳に光が宿った。その姿を見たケラスは今後のリースペトラの扱い方に見通しを立てつつ、しかしそれを隠してしゃべり続ける。

「ルビーであればくれない、ラピスラズリなら青く、それはもう惚れ惚れする輝きだそうだ。だが、ダイアモンドを好む個体なら――」

「なら?」
 ケラスににじり寄るリースペトラ。ケラスは鼻息が当たるくらいまで接近してきたリースペトラの肩を掴み、引き離す。

「透明でガラス細工のような毛皮を持つ、と言われている。今日の探索でもし、そいつを見つけることができれば、時間をくれてやる」

 ケラスの言葉にリースペトラは目を見開き、喜びの感情をあらわにする。

 その感情を抑えられないような、小動物らしき動きのリースペトラからぱっと目をそらしつつ、ケラスはボソッと付け加えた。

「特殊個体のオムワァグリズリーは結構な金になる。が、相当稀少だ。お目にかかれることは無い」

 リースペトラが期待に胸を膨らませる中、ケラスは「これでしばらくは大人しいだろ」とほくそ笑んだ。
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