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二章 前線基地にて

幕間 白銀妃の目的

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 リースペトラとカルミアの決闘後、リースペトラたちと酒の席を共にしたレクトシルヴァの面々は、パーティハウスに戻ってきていた。

 場所は冒険者ギルドから歩いて数分ぐらいのところ。二階からはギルドが見えるほど近い。

 また、一棟で多くの冒険者を相手にする宿屋顔負けの広さを誇っていて、メンバーの四人だけで住むには贅沢だと言えよう。

 だがその規模がS級パーティーであるレクトシルヴァを証明していると捉えることも出来る。

 前線基地を拠点とする冒険者にとってレクトシルヴァのパーティハウスはある種憧れの存在でもあるのだ。

「シルヴィア様、また明日――」

「あぁ。しっかりと休息を取れ、カルミア」
 パーティハウスの二階、シルヴィアは寝間着姿のカルミアに言葉を返すと、目の前の扉を開けて中に入った。

 シルヴィアはすぐに扉を施錠すると、腰に佩いていた剣を抜いて壁に立てかける。続けて窓を開け、酔いを醒ますように夜風を受けた。

 前線基地は夜中暗闇を照らすランプが灯っており、常に明るい。パーティーハウスの二階からは数多くのランプが見え、幻想的な景色を作り出している。

 シルヴィアはこの光景を眺めるのが好きだ。ぼぅっと時が流れるのを感じつつ、身体と精神の疲れを抜いていくのが日課。

 しかし、今日に限ってはそうもいかない。シルヴィアは夜景を見つめているも、頭の中を支配しているのはリースペトラの存在だった。

「リースペトラ……」
 シルヴィアはその名をこぼすと、窓辺から離れる。向かったのはベッドの横、そこにある戸棚を弄った。

 目的のモノはすぐに見つかったようだ。シルヴィアは一冊の本を取り出すと、ベッドに腰かける。

 美姫のような顔立ち、輝くストレートのブロンドヘアには到底似つかわしくない、傷んだ本。特に日焼けが目立っており、本来は深紅だったと思われるカバーはくすんでしまっていた。

 そして表紙に走る掠れた題名。

 『大陸国家の勃興と魔女の隆盛』

 著、ウィンヴァーグ王国リーンコード伯爵家。

 シルヴィアはその傷んだ本を慎重な手つきで開くと、何かを探すようにページをめくる。

 すぐにシルヴィアの手は止まった。そのページをしばらく見つめ、再び先を追うようにめくっていく。

 開かれた窓から酔っ払いの声が遠く聞こえる中、部屋ではシルヴィアがページをめくる音だけが小さく響く。

 およそ三時間ほど、そのくらいしてシルヴィアは本から顔を上げた。既に酔っ払いの声は消え、夜のとばりに前線基地は満ちている。

 (歴史の観測者たるリーンコード家が編纂する歴史書の中で、これほど魔女について詳しく書かれた物はない……)

 シルヴィアはページを前に戻し、初期も初期である3ページ目に到達するとその手を止めた。

「"恒久"の魔女リースペトラ――」

 ウィンヴァーグ王国の前身となった、大陸国家ヴァーダヴァーグ。現在は多くの国がしのぎを削り合っているこの大陸を唯一、統一していたことのある国家。

 リーンコード家はヴァ―ダヴァーグ、そしてウィンヴァーグと変遷してきた歴史の中で、連綿と血を繋いできた名門貴族である。

 つまり、有史以来のすべてを見てきた一族と言っても過言ではない。

 その一族が編纂した歴史書の中、大陸国家勃興の時期に、"恒久"の魔女リースペトラの

「まさか、本当に"恒久"の魔女が……」
 シルヴィアは震える手を御しながらリースペトラの名を追い、再び歴史書を読み進めていく。

 しかし、その手は一時間もしないうちに止まってしまった。

 シルヴィアは一周目で既に分かっているのだ。ここから先はリースペトラの名は

 リースペトラの名は大陸歴300年ごろから記載が急激に減り始め、大陸歴400年ごろを境にして姿を消した。

 その原因はリーンコード家を以てしても解明することができていない。

 表舞台からの不自然な消滅。この歴史書の大きなの一つ、失われた100年間だ。

「……ふははっ」
 シルヴィアが笑った。

 感情の発露が乏しく、キリッとした表情を崩さない騎士の女がはっきりと口角を上げて笑った。その笑顔は長い時を共にしたレクトシルヴァの面々の前でも見せたことがないもの。

 シルヴィアは思わず自身の口元を手で隠す。しかし、爛々と見開かれた目は雄弁に興奮を語り、歴史書を射抜いていた。

「私は運が良い。サーペンユランを追うつもりが"恒久"までも付いてきた。――ふ、ふくっ、ふはは!」

 ウィンヴァーグ王国リーンコード伯爵家長女、シルヴィア・リーンコードは湧き上がる好奇心を自覚して身体を震わせ、そして笑った。
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