上 下
13 / 24
二章 前線基地にて

決着と契約

しおりを挟む
「う……ぁ、一体、何が……?」
 カルミアは状況がまったくつかめず、混乱の中にいた。分かるのは頭に走る鈍痛と、自身が地面に倒れているということのみ。

 灰塵の積層ジオネアッシュをリースペトラの魔法に先んじて発動せしめ、先手を打ったはず。

 リースペトラに直撃すれば勝ち、直撃しなくとも水の魔法とぶつかることで生まれる水蒸気を隠れ蓑にし、追撃をするつもりだった。

 しかし、その当てが外れたばかりか、なぜ自分が倒れているのかわからない状況。

 カルミアはそんな中でも立ち上がろうと身体に力を入れるも、頭に響く鈍痛が枷となってそれもままならない。

「魔力をよく視ろ、と言ったはずだぞ」
 焦るカルミアの目の前にやってきたリースペトラが言う。しかし、カルミアはそれに言葉を返すことができず痛みに呻いた。

「……これはダメだな。ジェス!」
 カルミアの返答をあきらめたリースペトラは決闘の進行を行っているジェスに声をかける。

「はいは~い、確認しますね!」
 ジェスは駆け足で二人の元にやってくると、カルミアの前に膝をついた。

「魔力の損耗を確認。次は瞳孔……」
 ジェスは手慣れた手つきでカルミアを診ていく。魔物の研究家というのは人間にも詳しいモノなのか、とリースペトラは思った。

 さほど時間はかからずジェスが立ち上がる。

 すると先ほどまでざわざわとしていた観衆が静まり返り、視線がジェスに集中した。

「白銀挑望景《レクトシルヴァ》カルミアの意識喪失を確認。この勝負、魔法使いリースペトラの勝利!」

「すげぇ! 今何が起こった!?」

「レクトシルヴァのカルミアが負けた……?」

 ジェスが声を張り上げて宣言すると、ざわざわとした喧騒が爆発するように膨れ上がった。

 興奮、驚き、興味、種類を選ばず様々な意思を持った視線がリースペトラとカルミアに降り注ぐ。

 その様子に気が付いたリースペトラは手慣れた様子で胸に手を当てると、頭を下げて観衆に応えた。

「カルミア!」

「大丈夫ですか!?」 

 急遽勃発した余興に気分を乗せられた観衆が盛り上がる中、レクトシルヴァの面々が二人の元へ駆け寄ってくる。

 斧使いと弓使いは意識を失ったカルミアの身体を支え、声を投げかけた。

「リースペトラ殿」
 カルミアたちの様子を見ているリースペトラに立ち会い人のシルヴィアが声をかける。

 リースペトラはシルヴィアの声に振り向くと、一言。

「いい勝負だった。其奴《そやつ》にも伝えておいてくれ」

「承知した。――感謝する」
 シルヴィアはそう言って軽く頭を下げると、カルミアの元に向かった。




「我の活躍、見てくれたか?」
 広場の人だかりを背伸びしながらキョロキョロと見回したリースペトラは、目的の人物を見つけると表情を明るくさせて駆け寄る。

 リースペトラの言葉を受けた青年は表情を難しくさせて唸った。

「……あぁ。だが、何が起こったのかは正確には分からん」

 青年の言葉にきょとんとした表情を見せたリースペトラだったが、少し遅れてその意味を理解すると、ニヤァっとした趣味の悪い笑みを浮かべて青年を見た。

 続けて青年の横腹をからかうように肘でつつく。

「ほぅほぅ、お主ほどの実力があっても我の魔法を見切ることができなかったのか?」

 青年は素晴らしい体幹で肘による攻撃をものともしない。しかし、表情には悔しさが若干にじみ出ており、リースペトラに図星をつかれた為かだる絡みを甘んじて受け入れた。

 青年はぶっきらぼうな口調と険しい表情の陰に、向上心と負けず嫌いの性格、さらに少しの誠実さを隠していたのだ。

「お主にだけは種明かしをしてやってもいいぞ? だが、条件がある」
 そんな青年の中身を知ってかしらでか、リースペトラが取引を持ち掛ける。

「……ほんとか?」
 青年は少しの逡巡の末、ニヤリと笑うリースペトラに問うた。その間《ま》にはリースペトラに流れを掴まれることに対する警戒心がとことん込められており、それを察しているリースペトラは余計に笑みを深める。

「本当だ。魔女は契約を大事にするぞ」

 即答したリースペトラをチラリとみる青年。怪しい笑みのまま首を傾けるリースペトラ。二人の視線が交錯し、沈黙が降りてくる。

「条件は?」
 沈黙を破ったのは青年の方。その言葉を待ってましたと言わんばかりにリースペトラが口を開く。

「リース、と呼んでほしい」

「は?」
 リースペトラの言葉に驚く青年。その様子を見たリースペトラはへらぁっと珍しい笑みを浮かべた。

「お主、我のことをおい、とかあんた、としか言わないだろう。いい加減名前で呼んでもらおうかと思ってな。――ケラスよ」
 
 リースペトラは少し間を開けてから青年の名前を口にすると、今度はプンスカと頬を膨らませてケラスに迫る。

「第一、我はお主の名前を教えてもらってなかったんだからな! 我も聞くのを忘れていたが……それはどうでもいい!」
 ぐいっと顔を近づけてケラスに言い募るリースペトラ。二人の額がくっついてしまいそうになるほどの距離感で、青年はリースペトラの蒼い右目に射抜かれることになる。

 息をのんだケラスが言葉を紡げないでいると、リースペトラは不満げに眉尻を下げた。

「せっかくこれから親しい仲になっていこうというのに……我はケラスに捨てられてしまうのか?」
 突如、我はケラスに捨てられてしまうのか、という言葉だけがやけに周囲に響き渡った。

 決闘で注目を集めていたリースペトラの言葉に周囲の観衆はころッと流され、特に女性からケラスに冷たい視線が向けられる。

 ケラスはその視線に敏感に気が付くと、冷や汗を垂らした。

 と同時に、ケラスはリースペトラの声のか細さと音量が釣り合わないことに違和感を覚え、さらにギルド内でのことを思い出す。

「……お前! まさかあの時も拡声魔法を!?」

「さて、どうだろうな?」
 先ほどまでのか細い声はどこへやら、ケラスは自身に向けられた笑みが悪魔の物だと錯覚する。

 しかし、その間にも広がった声の意味をめぐってケラスに様々な視線が向けられていた。

 冒険者は娯楽と荒事、さらに人の情事が大好きであることをケラスは思い出す。

「……うぅ」
 リースペトラは浮かべた笑みをゆっくりと、ケラスに見せつけるように変化させて泣き顔を作っていき……

「分かった! 分かったから。――リース、これ以上はやめろッ」
 ケラスはしてやられたという表情を隠さず、不本意感を全力で醸していたが、リースペトラの名前を口にする。

「ケラスがそう言うなら、やめるのもやぶさかじゃないな」

 ケラスは悪魔の微笑みの中に少しだけ、ほんの少しだけ天使を見たような気がした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

男サキュバスがα女に犯されてメス堕ちする話

ぱきら
恋愛
ふたなり女攻め、男受け。精液という名の媚薬漬けになっちゃうサキュバスくんはえっちだなあ…という気持ちで書きました。 ふたなり女を出すためだけのご都合オメガバース設定有。 所々男同士の絡み(挿入なし)もあります。 後半とくにSMなりdom/‪sub‬なりぽい。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

処理中です...