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卒業
79話 最後の晴れ舞台
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「じゃあまず大事なことから伝えるわね。……あのね、今回の新曲『PHANTOM CALLINNG』なんだけど……」
社長の表情に4人とも固唾を呑んだ。
「無事に初週売り上げ1位が確定したわ。……それも前作より30万枚も売り上げが伸びている。歴代のシングルの中でも新記録だわ!」
予想を上回る社長の言葉に私たちは大きく胸を撫で下ろした。
「良くやったわ、藍。あなたの頑張りのおかげよ……」
「いえ、そんな!私はただただ夢中でやっていただけで。先輩たちのおかげです……」
社長が肩をそっと抱くと藍はほろほろと泣き出した。
やはり彼女に掛かるプレッシャーは余人には想像も出来ないほど大きなものだっただろう。
3人ともそれぞれに藍への労いの言葉を掛けた。
藍への感情がイマイチはっきりと見えていない舞奈だったが、彼女も本当に嬉しそうだった。この中でセンターを経験しているのは舞奈だけだったから、そのプレッシャーを本当に理解していたのは実は舞奈だけかもしれなかった。もしかしたら今まであまり細かく声を掛けなかったのも彼女なりの配慮だったのかもしれない。
「それにしても、まさかこれだけ売り上げを更新するとは思ってもみなかったわ。それだけファンの人が変化するWISHを応援してくれたってことね……」
社長自身も感慨深げな表情だった。
本当の意味で彼女より責任を取ることが出来る人は存在しないのだから、そのプレッシャーはもしかしたら藍以上のものだったかもしれない。
(そっか。じゃあ、もうすぐ終わりってことか……)
不意に感傷的な気持ちがこみ上げてきた。
もしかして売り上げが悪かったりしたならば、プロモーションの期間も少し伸びたかもしれない。
地方のラジオに追加で出演したり、ネット番組の配信などもさらに何回か行ったりしたかもしれないけれど……過去最高の売り上げを更新してしまっては、そこにこれ以上労力を割く必要はない。
プロモーション期間が終わるということは、私の、小田嶋麻衣としての生活が終わるということだ。分かっていたけれど。残された仕事はそれほど多くはないだろう。
「それでね、今日集まってもらったのはそれだけじゃないの」
社長が再び口を開き、4人に少しだけ緊張感が戻る。
「麻衣、あなたの卒業コンサートを開催することにしたわ」
「え?……」
社長の言葉を聞いても最初はその意味があまり理解出来なかった。
「ファンの人達からの要望が私の下にまでかなり届いていてね、メンバーのスケジュール調整もまだこれからなのだけれど、1ヶ月後に開催することにしたわ」
まさか自分がそんな立場になるとは思ってもみなかった。
WISHには数多くのメンバーが在籍してきたわけだが、最後をそんな風に飾れるメンバーというのはごく一部なのだ。黒木希のような大エースでもなかった自分にまさかそんな機会が訪れるとは。
「良かったね、麻衣ちゃん。本当に私たちも嬉しいよ!一緒にやって来た私たちもとっても嬉しい!」
「ちょ彩里!……何でアンタが泣きそうになってるのよ!」
最初に声を掛けてきた彩里はもう涙ぐんでいた。年長メンバーとして彼女も思う所が色々あるのだろう。
藍も舞奈も同様の言葉を掛けてくれたし、自分のことのように喜んでくれた。
「社長。私なんかのためにわざわざ卒コンの開催に踏み切ってくれて、本当に嬉しいです……」
私自身も当然大いに興奮していた。小田嶋麻衣としての活動の最後にこうした晴れの場を設けられたというのはとても幸せなことだと思う。
「何言ってるのよ、麻衣!私はビジネスの観点からあなたの卒業コンサートが大きな利益を生むと踏んだに過ぎないわよ。それにあなたはこれからもコスフラで働いていく人間だからね。その辺りのアピールも兼ねてのことよ」
社長はどこまで本気か分からないおどけた口調でそう言った。もちろん建前も本音もどちらも混じった言葉なのだろう。
だが卒業して海外に行った後はコスモフラワーエンターテインメントに戻ってきて経営側の人間として社長の後を継ぐ……という約束を守ることは出来そうもない、ということが改めて申し訳なくなった。
それでも私自身の卒コンが開催されるということ、晴れの舞台が私に訪れるということは、これまでのアイドルとしての歩みが間違っていたなかったことの証明のような気がしてとても誇らしかったし、きちんと最後を締めくくらなけらばと身が引き締まる思いだった。
「麻衣ちゃん今までありがとうね、これからもWISHのために……」
「はい、お時間です!ありがとうございました!」
「こちらこそ、今まで応援本当にありがとうございました!」
最後の握手会を迎えていた。
もちろん多くの人が私のレーンに並ぶことは想定されていたのだが、その予想をさらに上回る人数が押し寄せた。そのため通常よりもさらに短い時間での握手になってしまった。
もちろんそれは心苦しい気持ちで一杯ではあるのだが、残念ながら時間は限られている。
通常通りの対応をしていては、握手券を持ち、レーンに並びながらも私との握手に辿り着けない人が出てきてしまう恐れがあるのだ。
私もマネージャー出身だからこうした事情はよく分かる。出来る限りゆっくり話し、きちんと気持ちを伝えたいというファン心理も痛いほど分かるが……全体を考えると仕方のないことなのだ。
「俺、舞奈のオタクなんですけど……麻衣さんがいなかったら今の舞奈はいなかったと思ってます!本当にありがとうござい」
「はい、お時間です!ありがとうございました~」
「こちらこそ、ありがとう!舞奈をこれからも応援してあげて!」
私自身の人気というのは……まあはっきり言えば真ん中くらいだ。人気投票をしたら恐らく選抜に入るかどうか微妙な位置だ。今回の握手会の集客予想もそれに基づいて立てられたわけだが、予想していたよりもかなり多くのオタクが集まって来た。
つまりそれは他のメンバー推しのオタクが押し寄せてきたからだ。様々な人との関係性の中で小田嶋麻衣という人間をやってこれたのだと改めて感じた。
ファンの人はメンバー同士の様々な関係性も含めて応援しているわけで、マネージャーとしての時代も含めて私の活動が報われたような気持ちになった。
本当に様々なファンの人が私に会いに来てくれた。
短い時間なのでほとんどロクに話すことも出来なかったが、古参と呼ばれる見知ったファンの顔を見るだけでホッとした。
来てくれる人たち全てに対して、感謝の感情しか湧かなかった。
なぜこんな自分をここまで応援してくるのか、最後まで優しい言葉を掛けてくれるのか……まるで不思議なことのように思えた。
卒業後の進路に関しても「海外に留学し経営等を学び、WISHに戻ってくる」という建前を疑うようなことは誰からも言われなかった。本当にそのような進路を取り、WISHに戻ってくるのか?本当にそんなことが可能なのか?……疑わしい部分もあると考えるのが普通の感覚のように思えたが、1人としてそう口にする人は現れなかった。
そんなことをわざわざ言いに来るのは野暮であり、アイドルとオタクとは信頼関係とで成り立っていることは分かっていたが……それでもその約束を私は守れないことを知っていたから心苦しかった。
むしろ誰かが目の前に来て私のことを責めて欲しいとすら思った。
そして全ての事情を一人一人に話してしまいたいという気持ちも湧いてきたが、もちろんそんなことをしても誰一人幸せにはならない。
最後まで彼らの望む小田嶋麻衣をやり遂げることが私の使命なのだ。
結局、握手会は大幅に予定の時間を過ぎ、夜の10時頃まで掛かってしまった。
「すみません、遅くまで残ってくれて本当にありがとうございます!」
握手会が終了しても大勢の(もちろん握手会に参加した全体の人数から見れば少数だが)ファンの人が残ってくれていた。
そうした人たちに向けて最後に挨拶をするのが恒例になっていたからだ。
「本当に……何て言って良いのか分かりませんが、皆さんには感謝しかありません!マネージャーだった私をメンバーに引き上げてくれたのも皆さんの力があってのことですし、何度も挫けそうになった時支えてくれたのも皆さんでした!」
言葉を切り、深々と頭を下げる。本当に本心からの言葉であり感謝だった。
それに対して温かい拍手が返ってくる。
「お陰様で、卒業コンサートも……私の名前を冠したコンサートだなんて思いもしませんでしたが……開催されることになりました。本当に全て皆さんの応援のお蔭です!どうか最後まで小田嶋麻衣を……そしてこれからのWISHを引き続き応援お願いします!」
再び大きな拍手が返ってきた。
もう時刻は遅くなっていたから、遠方から来ていた人の中には家に帰れなかった人たちもいたはずだ。それでも私の最後の言葉を聞きたいと残ってくれた人たちがいたのだ。
私も身体は疲れていたのだろうが、そんなものは微塵も感じなかった。
とにかく最後の最後まで小田嶋麻衣を全力で駆け抜けるしかない。
そう誓った夜だった。
社長の表情に4人とも固唾を呑んだ。
「無事に初週売り上げ1位が確定したわ。……それも前作より30万枚も売り上げが伸びている。歴代のシングルの中でも新記録だわ!」
予想を上回る社長の言葉に私たちは大きく胸を撫で下ろした。
「良くやったわ、藍。あなたの頑張りのおかげよ……」
「いえ、そんな!私はただただ夢中でやっていただけで。先輩たちのおかげです……」
社長が肩をそっと抱くと藍はほろほろと泣き出した。
やはり彼女に掛かるプレッシャーは余人には想像も出来ないほど大きなものだっただろう。
3人ともそれぞれに藍への労いの言葉を掛けた。
藍への感情がイマイチはっきりと見えていない舞奈だったが、彼女も本当に嬉しそうだった。この中でセンターを経験しているのは舞奈だけだったから、そのプレッシャーを本当に理解していたのは実は舞奈だけかもしれなかった。もしかしたら今まであまり細かく声を掛けなかったのも彼女なりの配慮だったのかもしれない。
「それにしても、まさかこれだけ売り上げを更新するとは思ってもみなかったわ。それだけファンの人が変化するWISHを応援してくれたってことね……」
社長自身も感慨深げな表情だった。
本当の意味で彼女より責任を取ることが出来る人は存在しないのだから、そのプレッシャーはもしかしたら藍以上のものだったかもしれない。
(そっか。じゃあ、もうすぐ終わりってことか……)
不意に感傷的な気持ちがこみ上げてきた。
もしかして売り上げが悪かったりしたならば、プロモーションの期間も少し伸びたかもしれない。
地方のラジオに追加で出演したり、ネット番組の配信などもさらに何回か行ったりしたかもしれないけれど……過去最高の売り上げを更新してしまっては、そこにこれ以上労力を割く必要はない。
プロモーション期間が終わるということは、私の、小田嶋麻衣としての生活が終わるということだ。分かっていたけれど。残された仕事はそれほど多くはないだろう。
「それでね、今日集まってもらったのはそれだけじゃないの」
社長が再び口を開き、4人に少しだけ緊張感が戻る。
「麻衣、あなたの卒業コンサートを開催することにしたわ」
「え?……」
社長の言葉を聞いても最初はその意味があまり理解出来なかった。
「ファンの人達からの要望が私の下にまでかなり届いていてね、メンバーのスケジュール調整もまだこれからなのだけれど、1ヶ月後に開催することにしたわ」
まさか自分がそんな立場になるとは思ってもみなかった。
WISHには数多くのメンバーが在籍してきたわけだが、最後をそんな風に飾れるメンバーというのはごく一部なのだ。黒木希のような大エースでもなかった自分にまさかそんな機会が訪れるとは。
「良かったね、麻衣ちゃん。本当に私たちも嬉しいよ!一緒にやって来た私たちもとっても嬉しい!」
「ちょ彩里!……何でアンタが泣きそうになってるのよ!」
最初に声を掛けてきた彩里はもう涙ぐんでいた。年長メンバーとして彼女も思う所が色々あるのだろう。
藍も舞奈も同様の言葉を掛けてくれたし、自分のことのように喜んでくれた。
「社長。私なんかのためにわざわざ卒コンの開催に踏み切ってくれて、本当に嬉しいです……」
私自身も当然大いに興奮していた。小田嶋麻衣としての活動の最後にこうした晴れの場を設けられたというのはとても幸せなことだと思う。
「何言ってるのよ、麻衣!私はビジネスの観点からあなたの卒業コンサートが大きな利益を生むと踏んだに過ぎないわよ。それにあなたはこれからもコスフラで働いていく人間だからね。その辺りのアピールも兼ねてのことよ」
社長はどこまで本気か分からないおどけた口調でそう言った。もちろん建前も本音もどちらも混じった言葉なのだろう。
だが卒業して海外に行った後はコスモフラワーエンターテインメントに戻ってきて経営側の人間として社長の後を継ぐ……という約束を守ることは出来そうもない、ということが改めて申し訳なくなった。
それでも私自身の卒コンが開催されるということ、晴れの舞台が私に訪れるということは、これまでのアイドルとしての歩みが間違っていたなかったことの証明のような気がしてとても誇らしかったし、きちんと最後を締めくくらなけらばと身が引き締まる思いだった。
「麻衣ちゃん今までありがとうね、これからもWISHのために……」
「はい、お時間です!ありがとうございました!」
「こちらこそ、今まで応援本当にありがとうございました!」
最後の握手会を迎えていた。
もちろん多くの人が私のレーンに並ぶことは想定されていたのだが、その予想をさらに上回る人数が押し寄せた。そのため通常よりもさらに短い時間での握手になってしまった。
もちろんそれは心苦しい気持ちで一杯ではあるのだが、残念ながら時間は限られている。
通常通りの対応をしていては、握手券を持ち、レーンに並びながらも私との握手に辿り着けない人が出てきてしまう恐れがあるのだ。
私もマネージャー出身だからこうした事情はよく分かる。出来る限りゆっくり話し、きちんと気持ちを伝えたいというファン心理も痛いほど分かるが……全体を考えると仕方のないことなのだ。
「俺、舞奈のオタクなんですけど……麻衣さんがいなかったら今の舞奈はいなかったと思ってます!本当にありがとうござい」
「はい、お時間です!ありがとうございました~」
「こちらこそ、ありがとう!舞奈をこれからも応援してあげて!」
私自身の人気というのは……まあはっきり言えば真ん中くらいだ。人気投票をしたら恐らく選抜に入るかどうか微妙な位置だ。今回の握手会の集客予想もそれに基づいて立てられたわけだが、予想していたよりもかなり多くのオタクが集まって来た。
つまりそれは他のメンバー推しのオタクが押し寄せてきたからだ。様々な人との関係性の中で小田嶋麻衣という人間をやってこれたのだと改めて感じた。
ファンの人はメンバー同士の様々な関係性も含めて応援しているわけで、マネージャーとしての時代も含めて私の活動が報われたような気持ちになった。
本当に様々なファンの人が私に会いに来てくれた。
短い時間なのでほとんどロクに話すことも出来なかったが、古参と呼ばれる見知ったファンの顔を見るだけでホッとした。
来てくれる人たち全てに対して、感謝の感情しか湧かなかった。
なぜこんな自分をここまで応援してくるのか、最後まで優しい言葉を掛けてくれるのか……まるで不思議なことのように思えた。
卒業後の進路に関しても「海外に留学し経営等を学び、WISHに戻ってくる」という建前を疑うようなことは誰からも言われなかった。本当にそのような進路を取り、WISHに戻ってくるのか?本当にそんなことが可能なのか?……疑わしい部分もあると考えるのが普通の感覚のように思えたが、1人としてそう口にする人は現れなかった。
そんなことをわざわざ言いに来るのは野暮であり、アイドルとオタクとは信頼関係とで成り立っていることは分かっていたが……それでもその約束を私は守れないことを知っていたから心苦しかった。
むしろ誰かが目の前に来て私のことを責めて欲しいとすら思った。
そして全ての事情を一人一人に話してしまいたいという気持ちも湧いてきたが、もちろんそんなことをしても誰一人幸せにはならない。
最後まで彼らの望む小田嶋麻衣をやり遂げることが私の使命なのだ。
結局、握手会は大幅に予定の時間を過ぎ、夜の10時頃まで掛かってしまった。
「すみません、遅くまで残ってくれて本当にありがとうございます!」
握手会が終了しても大勢の(もちろん握手会に参加した全体の人数から見れば少数だが)ファンの人が残ってくれていた。
そうした人たちに向けて最後に挨拶をするのが恒例になっていたからだ。
「本当に……何て言って良いのか分かりませんが、皆さんには感謝しかありません!マネージャーだった私をメンバーに引き上げてくれたのも皆さんの力があってのことですし、何度も挫けそうになった時支えてくれたのも皆さんでした!」
言葉を切り、深々と頭を下げる。本当に本心からの言葉であり感謝だった。
それに対して温かい拍手が返ってくる。
「お陰様で、卒業コンサートも……私の名前を冠したコンサートだなんて思いもしませんでしたが……開催されることになりました。本当に全て皆さんの応援のお蔭です!どうか最後まで小田嶋麻衣を……そしてこれからのWISHを引き続き応援お願いします!」
再び大きな拍手が返ってきた。
もう時刻は遅くなっていたから、遠方から来ていた人の中には家に帰れなかった人たちもいたはずだ。それでも私の最後の言葉を聞きたいと残ってくれた人たちがいたのだ。
私も身体は疲れていたのだろうが、そんなものは微塵も感じなかった。
とにかく最後の最後まで小田嶋麻衣を全力で駆け抜けるしかない。
そう誓った夜だった。
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