転生したら人気アイドルグループの美人マネージャーになって百合百合しい展開に悩まされている件

きんちゃん

文字の大きさ
上 下
60 / 85
小平藍

60話 骨の折れる教育になりそうね……

しおりを挟む
「じゃあ……まずは須藤さんに謝りに行こっか?」

 私と藍はまだレッスンスタジオの外で向き合っていた。

「謝る?私がですか?……謝るというのは、ミスをしたり悪いことをした側の人間がすることだと聞いていますが?」

 藍は相変わらずの調子だった。
 だが、彼女の調子にも慣れてきた。これしきでめげるような私ではない!

「いいえ、必ずしもそうではないのよ。……ところで藍ちゃんは、WISHのセンターに立ちたいという気持ちに変わりはないのよね?」

「はい!当然至極です!」

 センター、という言葉が出た途端に藍の目の色が変わった。
 これなら作戦も上手くいくかもしれない。

「じゃあ、少し私の話を聞いてちょうだい。日本では何かトラブルがあった時は先に謝った人の方が大人なのよ。……そして、今までWISHでセンターに立ってきた人間は皆ハタチを超えた大人ばかり。前回センターだった桜木舞奈は唯一の例外といった所ね。……つまりこれがどういうことか分かるかしら?」

 ふふん、とあえて藍に思わせぶりな口調で尋ねてみる。
 藍はしばらく目をギョロギョロ動かしながら考えていたが、やがて一つの答えに行き着いたようだ。

「……大人になった方が、センターに立つ確率が高くなるという理解でしょうか?」

「流石、ご名答だわ。WISHが清楚なお姉さん系アイドルという位置付けである以上、センターに立つ子はある程度大人でなければならないのよ。ということは、WISHのセンターに立とうとするあなたが今すべき行動が何かは……言うまでもないわね?」

 芝居がかったセリフで、事情を知らない人間が聞いたら吹き出してしまうような言い方をしている……ことは我ながら知っていたが、常識が通用しない藍の前では何の違和感も感じなかった。

「分かりました!私は須藤さんに謝ります。……すいませんが、謝り方を教えてくれませんか?」

 藍の返答に迷いはなかった。
 先ほどもプライドゆえに謝れなかったのではなく、本当にその意味が理解出来ていなかったということなのだろう。
 まあWISHというアイドルグループのセンターに立つ人間の資質にであることが必ずしも求められているわけはないし、その基準で言えば現在メンバー最年長の私こそがセンターを務めていなければならないことになりそうだが……。
 つまり私の言ったことは完全なる詭弁に決まっているのだが……ある程度の社会性を持つことが今の彼女には絶対必要なことで、そういった意味では完全なウソでもない。……ということにしておこう、うん。

「分かったわ。私も一緒に謝るから、がんばろう。ちゃんと謝ればきっと須藤さんも許してくれると思うわ!」





「須藤さん、ちょっと良いかしら?」

 5期生ちゃんたちのレッスンもちょうど休憩に入っていた。
 藍と2人そっとスタジオに戻り、まずは直接の対立者である須藤琴音に来てもらう。

「……私ですか?何ですか、まったく?」

 渋々といった感じを装い、琴音も5期生の輪を抜け出してくる。

 いや……『私ですか?何ですか?』じゃないだろ、と思わずツッコミを入れてしまいそうになるのをグッと堪える。私と藍とが揃ってあなたを呼んだら、何となく要件の察しはつくでしょ……。
 藍はもちろん独特だが、琴音は琴音で独特だ。多分周囲からどう見られているかを無意識のうちに計算してしまうタイプなのだろう。天然のぶりっ子という感じだろうか。

 当然琴音以外のメンバーたちもこちらの動向に注目していることは伝わっているが、トラブルは全体に及んだものなのだからこれで良い。藍が琴音に謝っている姿を全員が見れば感情的な対立はかなり収まるだろう。

「ほら、藍ちゃん……」

 藍の背中をツンツンとつつく。若く張りのある背中だった。

「須藤さんごめんなさい。ごめんなさい須藤さん。私が、悪かった、です。許して下さい」

 そう言うと藍は頭を下げた。
 深すぎて、頭が膝に頭が付くのではないかというほどだった。
 ……うーん、私は別にそんな風に謝れとは一言も言っていないのだけどなぁ。

「ちょ、そんなに頭下げないでよ!分かったから!」

 慌てたように琴音が藍の身体を引き起こす。
 藍の態度をふざけたものだと責めなかっただけでも、彼女の性格の良さが伝わって来る。
 多分、琴音もそこまで本気で怒っていたわけではなく、藍の方から折れてくれる恰好さえ取ってくれれば早々に許すつもりだったのかもしれない。
 
「……それに、いつまで苗字で呼んでるのよ……琴音って呼んでってずっと言ってるじゃん……」

 そして聞こえるか聞こえないかの声で、未だファーストネームで呼んで欲しいとの訴えを繰り返していた。

 短いやりとりだったが、すでに他のメンバーも2人のやり取りに注目していることは明らかだった。
 それを察知した藍は顔を上げ、目線を琴音だけでなくメンバー全員に向ける。

「皆さん、ごめんなさい。不注意でした、私の」

 もう一度藍が今度は全員に向かって頭を下げる。
 相変わらず膝に付きそうなくらい深い頭の下げ方だった。真剣な表情のせいでふざけているような印象は不思議と受けなかった。せいぜい思ったのは身体柔らかいなぁ……ということくらいだろうか?

(そうだ、良いフリが出来ている!今だ!)

 私は思わず拳を握りしめていた。

「みんな~、ゆるしてニャン」

 ジャストのタイミングだった!
 まさしく私が思っていた通りのタイミングで、藍は私が教えておいた必殺の「ゆるしてニャン」を炸裂させたのだ!
 手で頭の上に猫耳を作るポーズも完璧なものだった!

 当然スタジオは爆笑に包まれる!!!……ことはなかった。
 
 皆がキツネにつままれたようなぽかんとした顔をしていた。
 時が止まる。
 ……体感としては10秒以上エアコンの音だけが響いていたような気がする。
 ……ヤバい!ヤバい、ヤバい、ヤバい!!!
 自分のことならともかく、藍にやらせたことがこんなにも大スベリするとは……えっと、フォローしなければ!とにかくこの空気の責任を取ってフォローをせねば!



「……ぷっ」

 だが、そんな気まずい静寂を破ってくれたのは、私でも当の藍でもなく、謝罪を受けた琴音でもなく、振り付け師のMAKINO先生だった。
 笑い始めた彼女につられて、徐々に笑いが広がってゆく。

「え?ギャグなの?」「何かよく分かんないけど、可愛いから良いんじゃない?」

 メンバーたちがひとしきりざわざわした後、MAKINO先生が口を開いた。

「あー、おかしい!!……ねえ?今のって麻衣ちゃんが仕込んだの?」

「……はい」

 MAKINO先生に改めて言われるととても恥ずかしい気持ちになってきた。
 自分が恥をかく方がよっぽどマシだった、藍には申し訳ないことをした……と思って隣を見たが、藍は分かっていないのか相変わらずの無表情だった。

「この場でやらせるなら、もっと今の子たちに分かることをしないと?ノリが古すぎるわよ。『ゆるしてニャン』なんて麻衣ちゃんの世代でもないでしょ?私でギリギリ世代くらいのギャグだったわよ!」

「……あ、親が何かの機会に言っているのを聞いたことがあって……」

 私は小田嶋麻衣と松島寛太のジェネレーションギャップを誤魔化すために、訊かれてもいないのに言い訳をしてしまった。

 ……まあ何とかスタジオの空気は改善したようだった。
 10代の5期生ちゃんたちに30代のノリは理解出来なかったが、藍の猫耳ポーズが可愛かったとかで、皆でマネして盛り上がっていた。
 ともかく結果オーライということにしておこう……うん。



 首の皮一枚、といったところで何とか雰囲気は改善しそれ以降藍もレッスンの輪に戻った。
 藍にここまで常識がないということが露呈したのは、むしろ結果的には悪くなかった。
 今回の対立の一番の原因はあの場の藍の態度にあったが、彼女が周囲に馴染めず以前から5期生の中で浮いていたことが根本の原因の一つだ。クールな容貌と口数の少なさで他のメンバーからすれば元々近づきがたかったということだ。
 今回こうして藍の素の部分が見えたことで、彼女の態度には悪意がなくただただ常識や空気を読む能力が致命的に欠けているがゆえのものだ……と他のメンバーたちにも認識されたようで、今後は多少失礼な態度があったとしても悪意はないのであまり気にしないようにしよう、という雰囲気を作ることが出来た。

 そして、当然アイドルとしてこのままの状態ではマズイので、そばに誰かが付いて彼女に常識的な振る舞いを教えてあげなければならないということにもなった。
 つまり私が藍と個人的に接する時間を増やすことに、誰も不自然さを感じなくなったのだ。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

男女比1:10。男子の立場が弱い学園で美少女たちをわからせるためにヒロインと手を組んで攻略を始めてみたんだけど…チョロいんなのはどうして?

ファンタジー
貞操逆転世界に転生してきた日浦大晴(ひうらたいせい)の通う学園には"独特の校風"がある。 それは——男子は女子より立場が弱い 学園で一番立場が上なのは女子5人のメンバーからなる生徒会。 拾ってくれた九空鹿波(くそらかなみ)と手を組み、まずは生徒会を攻略しようとするが……。 「既に攻略済みの女の子をさらに落とすなんて……面白いじゃない」 協力者の鹿波だけは知っている。 大晴が既に女の子を"攻略済み"だと。 勝利200%ラブコメ!? 既に攻略済みの美少女を本気で''分からせ"たら……さて、どうなるんでしょうねぇ?

貞操逆転世界の男教師

やまいし
ファンタジー
貞操逆転世界に転生した男が世界初の男性教師として働く話。

神様のミスで女に転生したようです

結城はる
ファンタジー
 34歳独身の秋本修弥はごく普通の中小企業に勤めるサラリーマンであった。  いつも通り起床し朝食を食べ、会社へ通勤中だったがマンションの上から人が落下してきて下敷きとなってしまった……。  目が覚めると、目の前には絶世の美女が立っていた。  美女の話を聞くと、どうやら目の前にいる美女は神様であり私は死んでしまったということらしい  死んだことにより私の魂は地球とは別の世界に迷い込んだみたいなので、こっちの世界に転生させてくれるそうだ。  気がついたら、洞窟の中にいて転生されたことを確認する。  ん……、なんか違和感がある。股を触ってみるとあるべきものがない。  え……。  神様、私女になってるんですけどーーーー!!!  小説家になろうでも掲載しています。  URLはこちら→「https://ncode.syosetu.com/n7001ht/」

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

異世界を服従して征く俺の物語!!

ネコのうた
ファンタジー
日本のとある高校生たちが異世界に召喚されました。 高1で15歳の主人公は弱キャラだったものの、ある存在と融合して力を得ます。 様々なスキルや魔法を用いて、人族や魔族を時に服従させ時に殲滅していく、といったストーリーです。 なかには一筋縄ではいかない強敵たちもいて・・・・?

生活魔法しか使えない少年、浄化(クリーン)を極めて無双します(仮)(習作3)

田中寿郎
ファンタジー
壁しか見えない街(城郭都市)の中は嫌いだ。孤児院でイジメに遭い、無実の罪を着せられた幼い少年は、街を抜け出し、一人森の中で生きる事を選んだ。武器は生活魔法の浄化(クリーン)と乾燥(ドライ)。浄化と乾燥だけでも極めれば結構役に立ちますよ? コメントはたまに気まぐれに返す事がありますが、全レスは致しません。悪しからずご了承願います。 (あと、敬語が使えない呪いに掛かっているので言葉遣いに粗いところがあってもご容赦をw) 台本風(セリフの前に名前が入る)です、これに関しては助言は無用です、そういうスタイルだと思ってあきらめてください。 読みにくい、面白くないという方は、フォローを外してそっ閉じをお願いします。 (カクヨムにも投稿しております)

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...