転生したら人気アイドルグループの美人マネージャーになって百合百合しい展開に悩まされている件

きんちゃん

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アイドル転向!?

51話 社長はいつもズルい

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 初めての握手会から3日後、仕事終わりに社長に呼び出され事務所に向かった。
 最近はアイドルとしての活動に全ての時間を費やし、社員としての仕事はほぼ免除されていた。もちろんアイドルとして求められる嬉しさもあるけれど、慣れ親しんだ裏方家業に戻りたい気持ちも少しだけあった。



「あら、麻衣。お疲れ様!この前の握手会も好評だったみたいで、私も嬉しいわ!」

「あ、そうなんですか?ありがとうございます……」
 
 好評だった、という言葉に私は少し引っ掛かった。
 ライブやバラエティ番組といった外仕事なら評判になるのも分かるが、握手会という個人個人に向けた仕事の評価なんていうのは主観的なものだからだ。一人一人に感想を聞いたのだろうか?と思ってしまう。
 ……とそこまで思い至った時にピンと来た。

「社長!もしかして、またまとめサイトを見たんじゃないですよね!?もう、勘弁して下さいよ!……良いですか?社長のような権限のある人があんな無責任なものに振り回されていてはダメなんですよ?」

「ふふふ、麻衣?残念ながら今回は違うわよ!」

 社長は勝ち誇った顔をしていた。
 ……今回は、って何?結局見てるんじゃないでしょうね、この人は?
 
「『小田嶋麻衣の次の握手会のスケジュールを知りたい』っていう問い合わせが沢山来てるのよ!」

「え……そうなんですか?」

 会社でメール対応の業務などもしていたから私も分かるが、そんなことは滅多にない。
 ただ私の場合は今回の握手会参加も急遽決まったもので、これ以降の握手会のスケジュールに関してはまだ未定だった。それゆえに問い合わせが多数来たという事情もあるのだろう。

「それでね、気になってまとめサイトじゃなくて掲示板の麻衣のスレッドを覗いてみたんだけどね……」

「いや、社長……それはちょっと、社長の立場だからとかじゃなくて、人としてどうかと思いますよ……」

 まとめサイトは……まあ百歩譲って良い。
 仮にもWISHは国民的アイドルであり、まとめサイトを見ているファンの人はなんだかんだ言って多いだろう。
 ……だが3ちゃんねる、本スレはダメだよ……あれは人の見るものではない、と聞き及んでいるよ、私は……。

「そしたら、あの3ちゃんねらーたちが、握手会での麻衣のことを褒めてたのよ!」

「……いや、それは嘘ですよ。だってあそこは気持ち悪い妄想話ばかりしてる人たちの場所ですよ?あそこに書き込んでいるような人で、私の握手会に来た人は1人もいませんでしたよ?」

 私は少しばかり胸を張って答える。
 たしかに実際に握手に来たファンの人たちは思っていたよりも個性豊かで、少しばかり戸惑わされる面もあったが、皆きちんとルールを守り紳士的(淑女的?)な人たちばかりだった。

「え?いや、固定のハンドルネームの人たちも何人か居たし、握手会当日の様子もリアルに語られていたから、何人かは実際に来て握手をしていたことは間違いないわよ、それでね…………」

 え?
 あの気持ち悪い文言を書き連ねていた人たちが、実際に握手に来ていた?
 いやいや、それはないでしょ!
 ……え、本当に実際に私と握手に来てた…ってこと?
 未だ私はその事実を受け止め切れていなかった。どうしてもイメージが結び付かなかったのだ。
 ……う~む、ネット上でのノリを現実には持ち込まず常識的振る舞いが出来ることを褒めるべきなのか、常識人が内面ではああした狂気を抱えていることを恐怖すべきなのか……私の心は迷っていた。
 これだからネットの情報なんか探るんじゃなかったよ……。もう知らなかった状態には戻れないんだものな……。



「……とにかく、麻衣のメンバー転向は間違いなく成功だったと言えるのよ。もっと自信を持ってちょうだい!」
 
 ショックで多少聞き逃していたが、社長の言いたかったことの主旨はそこらしかった。
 社長の戦略が正しかったことに私もホッとしたし、その当事者として自分が役立てたことには多少誇らしい気持ちもあった。

「でも社長……今後はどうするんですか?私がずっとアイドルとして活動してゆくわけにもいきませんよね?私は希さんと同じ年齢なんですよ?」

 だがそれよりも、今後どうなるのだろうという不安の方が勝った。

「……ねえ、麻衣?そう言えばふと思い出したんだけど、麻衣がウチに入社する時に『WISHは清楚なお姉さん系としての地位を確立してゆく』って言ってなかったかしら?あの時はその意味がよく分かっていなかったんだけど……こうして時間が経ってみると、ピタリとあの言葉が腑に落ちるのよね……」

 社長の不意の一言に俺はドキリとした。

「ええと……そうでしたっけね……」

 俺は曖昧な返事で逃げた。
 あれは、10年後から来た俺が見ていた光景を……単にその当時抱いていたWISHの漠然としたイメージを……述べただけのことだった。

 ……でも、こっちの世界では俺が元居た世界とは様子が違ってきている。
 元の世界では2031年現在、希と香織はまだまだWISHの中心メンバーとして活動しているはずだった。だがこちらの世界では先日2人は卒業してしまった。
 こちらの世界と元の世界とではどんどんかけ離れてゆくのだろう。だから今後のWISHが果たしてどうなっていくのか、俺にはまったく見当が付かなかった。

「とにかく、麻衣。あなたの人気は間違いないわ。こうして実際にファンから届いている声もだし、業界の人からもあなたのことを尋ねられることが多いわ。『小田嶋麻衣を使いたい』ってはっきり言ってくる人たちがビックリするほど多いのよ」

「……本当ですか?それは嬉しいですけど……」

 社長は少し会話を止めて、何か少し思案しているようだった。
 ……嫌な沈黙だった。こういう時の社長は何かとんでもないことを言い出すことを経験的に私は学んでいた。

「それでね……この前から少し考えていたんだけどね、麻衣。あなたにはゆくゆく私の後継者になって欲しいと思うのよね」 

「……は?後継者?」

 何を言っているのか、全然理解が追い付かなった。
 この人の言うことはいつも唐突過ぎる。

「後継者は後継者よ。ゆくゆくは私の後を継いでこのコスフラ(コスモフラワーエンターテインメント)をより大きくしていって欲しいっていう話よ。あなたしか居ないわ。あなたには先見の明がある。WISHのことが大好き。メンバーからも慕われている。会社側のことも理解出来るし、メンバー側の気持ちも理解出来る……どう考えても適任じゃないかしら?」

「いやいやいや、ちょっとちょっと社長……話が飛び過ぎでしょう!……それに社長もまだ引退するような年齢じゃ全然ないじゃないですか?」

 半年後のアイドル活動(実質的にはもう残り5か月ほどだが)をどうするか、という話をしていたはずなのに、なぜかそのキャリアを終えた後の話……それも何年後になるか分からない話を切り出されているのだ。
 仕事の出来る人というのは、皆どこかこうしたぶっ飛んだ発想力を持っているのだろうか?

「もちろん私はまだ一般的に引退するような年齢ではないけれど……こうした仕事は若い感性を持った人間がトップに立つべきじゃないか、とも思うようになってきたのよね。時代の波の変化を敏感に感じ取れて、ファン心理も敏感に感じ取れる人間こそがね……。もちろん今すぐどうこうという話ではないわ。そうした将来を見据えて今後の活動をしていって欲しいということよ」

「いやぁ、社長……」

 話が大きくなりすぎて混乱していた。何から考えれば良いのかも分からなくなりそうだった。
 でももしかしたら『WISHのために捧げる』ことの最上級は社長の言う通り、運営側のトップに立つこと。それなのかもしれない……ということもぼんやりと思った。

「そうね。……とりあえず残りの5か月くらいかしら?麻衣には選抜のメンバーとして活動してもらうわ。……あなたの半年間の期間限定での活動という約束は守るわ。『その間に次の手を打つ』って約束したのは私だものね」

「……はい、分かりました」

 選抜としての活動が如何に大変なものかをもちろん私は知っていたが、その前の話が大きすぎて、今さらそれに怖気づくほど繊細な神経が私は麻痺していた。

「それに……これはあなたとの約束でもあるけれど『小田嶋麻衣は半年間限定での活動』ということが公表されている以上ファンとの約束でもあるわ。一番大事なファンとの信頼関係を損なってWISHのブランドイメージを損なうわけにもいかないからね。……それに『限定商品』と銘打ったものの方が売れることは麻衣も知っているでしょう?」

「なるほど、そうですね……」

 私との個人的な約束も重んじつつも、同時に『商品としてのアイドル小田嶋麻衣』としての打算も見失わない……この一見矛盾するような価値観が同居している辺りが社長としての器なのだろう。

「……でもね、卑怯な言い方だってことは百も承知で言うのだけれど……約束は破るためにあるとも言えるわ。いや、5か月経った時に、あなたが表舞台に立つことを辞めたいと言うのであれば、その約束は間違いなく守るわ。……でもあなた自身の気が変わる可能性もあるでしょう?ファンの人がどちらが喜ぶか、今後のWISHのブランドイメージを守るためにどちらが正しいか……その時になってあなたが判断すれば良いわ」

「……社長……なんか、社長の言い方、めちゃくちゃズルくないですか?」

 深い言葉に感銘を受けたような気に一瞬なりかけたが、要は自分で自分の価値を判断して決めろということだ。責任を一気に負わされたような気がして思わず社長に口答えしてしまった。

「あら知らなかったの?大人は皆ズルいものなのよ」

 そう言うと社長はカラカラと笑った。


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