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アイドル転向!?
41話 卒業コンサート①
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「うー……あー……」
あっという間に2週間が経った。
まだ10日ある……1週間ある……3日ある……そんな風に思って余裕があるフリをしていたら、いつの間にか希と香織の卒業コンサート当日になっていた。
……いや、大丈夫!当日とはいえ本番まではまだ結構時間がある。余裕、余裕!
……うん、多分。
規模の大きな会場になればなるほど、メンバーたちも入り時間は早くなる。
開演は午後6時からだが、午前中には会場に入り、ゲネプロと呼ばれる本番同様の通しリハを行った。
これは最終確認という意味合いだ。ここで最終調整をして、あとは各所お客さんの受け入れ体制を取らないと、開演に間に合わないのだ。
もちろんメンバーが午前中からからリハーサルを行っているということは、他のスタッフはそれ以前に会場入りしなければならないし、設営スタッフなどは前日から文字通り寝ずに仕事をしている人も多い。時には怒号が飛び交うこともある。
それだけ多くの人に支えられて初めて、コンサートというものは成り立つのだ……ということを改めて感じる。
そして今ゲネプロが終わったところだ。
この2週間の内にスタジオでのリハーサルは何度も行い、パフォーマンスに関する不安はほぼなくなっていたのだが……実際のステージに立つとその景色の違いに、今までの練習がすっぽりと頭から抜け落ちていきそうになる。
その上、細かい段取りも色々とある。
登場のタイミングや場所などきちんと確認しておかないと、本番で間違えてパニックになってしまうだろう。実際今までもメンバーのそうした失敗を何度も見てきたのだ。
……とにかく今はきちんと確認出来ることを出来るだけ確認しておかなければならない……
「やっほ~、麻衣ちゃん何してんの~?」
希だった……。
私は今日はマネージャー業務も免除されて手持無沙汰だったのだが、残りの時間を大部屋の楽屋でメンバーと過ごすのも何か気まずく、1人廊下に出て振り付けを今一度確認していたところだった。
「……何って、緊張で死にそうになってるんですよ……見れば分かりませんか?」
「え~、何で緊張なんかしてるの?だって麻衣ちゃんが登場するのは3曲だけじゃん。しかも麻衣ちゃんの登場なんてお客さんは誰も知らないわけだから、別に多少振り付けを間違えたってどうってことないんじゃない?」
実にあっけらかんと言い放った希のことが今は恨めしくて仕方なかった。
ずっと重圧を背負ってきたエース、黒木希のWISHとしての最後のコンサートなのだ。どう考えても彼女がこの夜の主役なのだ。
最もプレッシャーを感じているはずの彼女にそう言われてしまっては、ぐうの音も出ない。
「……希さん、何でそんなに落ち着いてるんですか?むしろ希さんの方がおかしいんじゃないですか?」
リハーサル用の黒いジャージに白い無地のTシャツという、シンプル極まりない服装でもその姿は眩しかった。
表情が今までになくリラックスして自然なものになっていたのだ。
彼女は基本的にどこの現場でもにこやかだったが、やはりそこには無理も作り込みもあったということなのだろう。
今の憑き物が落ちたかのような自然な笑顔を前にすると、そう思わざるを得ない。
もちろんそれは、彼女の周囲の人への気遣いであり、現場を円滑にするためのプロ意識の高さであったのだけれど……卒業を決めたことで彼女の表情は一変した。
多方面に渡る活動の様々なプレッシャーから解放された(もちろんまだ全ての活動が終わったわけではないのだが)その様は、とてもナチュラルで素敵だった。
素敵としか言いようがなかった。こんな表情がまだあったのかと……驚かされるばかりだった。
「あはは、何かね、まだ自分が今日卒業だっていう実感がないんだよね~!ケータリングもう少し食べて来ようかなぁ?」
「あんまり食べ過ぎちゃダメですよ、もう!この晴れ舞台でお腹ポッコリ……なんてなったらどうするんですか!会場のファンの人だけじゃなくて配信でも何万人ものお客さんが観てるんですし、映像はずっと残りますよ。そうなったら希さん自身が後悔しますよ!」
「あはは、麻衣ちゃんのお小言が聞けるのも今日で最後なんだね……あれ?ってことは麻衣ちゃんの初々しいデビュー姿も、何万人もの人たちに見られてるってことかぁ……これは絶対ミス出来ないよね?」
ぐぬぬ……
まさかの反撃で、さらにプレッシャーを掛けてくるとは……
「じゃ、また後でね~」
さらなる反撃の言葉を思い付かねうちに、希は後ろ手にバイバイをしながら去って行ってしまった。
「オオーッ!!!!」「オオーッ!!!」「オオーッ!!!」
煌々としていた客席側の照明が落ち、会場が一瞬だけ闇に包まれる。
今か今かと焦れ切っていた客席のファンは、この瞬間を合図に理性を捨て去ったかのような雄叫びの声を上げる。
直後、WISH独特の重低音と煌めきを併せ持ったSEが会場を包む。
ファンはそれに合わせ、MIXと呼ばれる掛け声を入れる。
彼らはこれから始まる稀有な時間に対する最も誠実な反応としてそれを行うのだ。意味のない言葉を命を削らんばかりに叫ぶその姿はとても美しかった。
広いドーム会場は、その音を地鳴りのように反響させ混ぜ合わせていた。
その中でWISH独特の7色のサイリウムカラーが5万人のドーム客席に咲き乱れる様は圧巻だった。どんな地球上の絶景もこの瞬間には敵わないのではないか……本気でそう思った。
「「こんばんはー!!!みんな、一曲目から盛り上がっていきましょう~!!!」」
明転したステージに最初に飛び出してきたのは『のぞかお』だった。
黒木希と井上香織、本日の主役である2人が全速力で走りながらステージに登場し客席を煽った。
他のメンバーも全速力でそれに続き、あっという間に広大なステージはWISHのメンバーで埋め尽くされる。WISHが大人数のグループだから成立する華だった。
開幕からノンストップで5曲が披露された。
ヒットシングル3曲を含む沸き曲ばかりの連発に、会場のボルテージは一気に最高潮に達した。
もうすぐ訪れる夏を先取りしたように熱気が会場に漂っている。
希と香織、エース2人の卒業だからと湿っぽくなることを絶対に許さないような……そんな幕開けだった。
客席もそんな意図を汲み取ってかどうかは分からないが、それに応えるように異常な盛り上がりを見せていた。
(……2人らしい、のかな?)
ステージ袖から観ているとふとそんな疑問が浮かんだ。
このセットリストは希と香織のアイデアがかなり反映されている、と聞いていた。
WISHとして酸いも甘いも様々な経験をしてきた2人だから、お客さんにはすべての感傷を吹き飛ばすくらい盛り上がって欲しい……そして卒業する自分たちではなく、全力でパフォーマンスをする後輩メンバーたちを目に焼き付けていって欲しい……そんな気持ちが透けて見えるような気がしたのだ。
あっという間に2週間が経った。
まだ10日ある……1週間ある……3日ある……そんな風に思って余裕があるフリをしていたら、いつの間にか希と香織の卒業コンサート当日になっていた。
……いや、大丈夫!当日とはいえ本番まではまだ結構時間がある。余裕、余裕!
……うん、多分。
規模の大きな会場になればなるほど、メンバーたちも入り時間は早くなる。
開演は午後6時からだが、午前中には会場に入り、ゲネプロと呼ばれる本番同様の通しリハを行った。
これは最終確認という意味合いだ。ここで最終調整をして、あとは各所お客さんの受け入れ体制を取らないと、開演に間に合わないのだ。
もちろんメンバーが午前中からからリハーサルを行っているということは、他のスタッフはそれ以前に会場入りしなければならないし、設営スタッフなどは前日から文字通り寝ずに仕事をしている人も多い。時には怒号が飛び交うこともある。
それだけ多くの人に支えられて初めて、コンサートというものは成り立つのだ……ということを改めて感じる。
そして今ゲネプロが終わったところだ。
この2週間の内にスタジオでのリハーサルは何度も行い、パフォーマンスに関する不安はほぼなくなっていたのだが……実際のステージに立つとその景色の違いに、今までの練習がすっぽりと頭から抜け落ちていきそうになる。
その上、細かい段取りも色々とある。
登場のタイミングや場所などきちんと確認しておかないと、本番で間違えてパニックになってしまうだろう。実際今までもメンバーのそうした失敗を何度も見てきたのだ。
……とにかく今はきちんと確認出来ることを出来るだけ確認しておかなければならない……
「やっほ~、麻衣ちゃん何してんの~?」
希だった……。
私は今日はマネージャー業務も免除されて手持無沙汰だったのだが、残りの時間を大部屋の楽屋でメンバーと過ごすのも何か気まずく、1人廊下に出て振り付けを今一度確認していたところだった。
「……何って、緊張で死にそうになってるんですよ……見れば分かりませんか?」
「え~、何で緊張なんかしてるの?だって麻衣ちゃんが登場するのは3曲だけじゃん。しかも麻衣ちゃんの登場なんてお客さんは誰も知らないわけだから、別に多少振り付けを間違えたってどうってことないんじゃない?」
実にあっけらかんと言い放った希のことが今は恨めしくて仕方なかった。
ずっと重圧を背負ってきたエース、黒木希のWISHとしての最後のコンサートなのだ。どう考えても彼女がこの夜の主役なのだ。
最もプレッシャーを感じているはずの彼女にそう言われてしまっては、ぐうの音も出ない。
「……希さん、何でそんなに落ち着いてるんですか?むしろ希さんの方がおかしいんじゃないですか?」
リハーサル用の黒いジャージに白い無地のTシャツという、シンプル極まりない服装でもその姿は眩しかった。
表情が今までになくリラックスして自然なものになっていたのだ。
彼女は基本的にどこの現場でもにこやかだったが、やはりそこには無理も作り込みもあったということなのだろう。
今の憑き物が落ちたかのような自然な笑顔を前にすると、そう思わざるを得ない。
もちろんそれは、彼女の周囲の人への気遣いであり、現場を円滑にするためのプロ意識の高さであったのだけれど……卒業を決めたことで彼女の表情は一変した。
多方面に渡る活動の様々なプレッシャーから解放された(もちろんまだ全ての活動が終わったわけではないのだが)その様は、とてもナチュラルで素敵だった。
素敵としか言いようがなかった。こんな表情がまだあったのかと……驚かされるばかりだった。
「あはは、何かね、まだ自分が今日卒業だっていう実感がないんだよね~!ケータリングもう少し食べて来ようかなぁ?」
「あんまり食べ過ぎちゃダメですよ、もう!この晴れ舞台でお腹ポッコリ……なんてなったらどうするんですか!会場のファンの人だけじゃなくて配信でも何万人ものお客さんが観てるんですし、映像はずっと残りますよ。そうなったら希さん自身が後悔しますよ!」
「あはは、麻衣ちゃんのお小言が聞けるのも今日で最後なんだね……あれ?ってことは麻衣ちゃんの初々しいデビュー姿も、何万人もの人たちに見られてるってことかぁ……これは絶対ミス出来ないよね?」
ぐぬぬ……
まさかの反撃で、さらにプレッシャーを掛けてくるとは……
「じゃ、また後でね~」
さらなる反撃の言葉を思い付かねうちに、希は後ろ手にバイバイをしながら去って行ってしまった。
「オオーッ!!!!」「オオーッ!!!」「オオーッ!!!」
煌々としていた客席側の照明が落ち、会場が一瞬だけ闇に包まれる。
今か今かと焦れ切っていた客席のファンは、この瞬間を合図に理性を捨て去ったかのような雄叫びの声を上げる。
直後、WISH独特の重低音と煌めきを併せ持ったSEが会場を包む。
ファンはそれに合わせ、MIXと呼ばれる掛け声を入れる。
彼らはこれから始まる稀有な時間に対する最も誠実な反応としてそれを行うのだ。意味のない言葉を命を削らんばかりに叫ぶその姿はとても美しかった。
広いドーム会場は、その音を地鳴りのように反響させ混ぜ合わせていた。
その中でWISH独特の7色のサイリウムカラーが5万人のドーム客席に咲き乱れる様は圧巻だった。どんな地球上の絶景もこの瞬間には敵わないのではないか……本気でそう思った。
「「こんばんはー!!!みんな、一曲目から盛り上がっていきましょう~!!!」」
明転したステージに最初に飛び出してきたのは『のぞかお』だった。
黒木希と井上香織、本日の主役である2人が全速力で走りながらステージに登場し客席を煽った。
他のメンバーも全速力でそれに続き、あっという間に広大なステージはWISHのメンバーで埋め尽くされる。WISHが大人数のグループだから成立する華だった。
開幕からノンストップで5曲が披露された。
ヒットシングル3曲を含む沸き曲ばかりの連発に、会場のボルテージは一気に最高潮に達した。
もうすぐ訪れる夏を先取りしたように熱気が会場に漂っている。
希と香織、エース2人の卒業だからと湿っぽくなることを絶対に許さないような……そんな幕開けだった。
客席もそんな意図を汲み取ってかどうかは分からないが、それに応えるように異常な盛り上がりを見せていた。
(……2人らしい、のかな?)
ステージ袖から観ているとふとそんな疑問が浮かんだ。
このセットリストは希と香織のアイデアがかなり反映されている、と聞いていた。
WISHとして酸いも甘いも様々な経験をしてきた2人だから、お客さんにはすべての感傷を吹き飛ばすくらい盛り上がって欲しい……そして卒業する自分たちではなく、全力でパフォーマンスをする後輩メンバーたちを目に焼き付けていって欲しい……そんな気持ちが透けて見えるような気がしたのだ。
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