上 下
41 / 85
アイドル転向!?

41話 卒業コンサート①

しおりを挟む
「うー……あー……」

 あっという間に2週間が経った。
 まだ10日ある……1週間ある……3日ある……そんな風に思って余裕があるフリをしていたら、いつの間にか希と香織の卒業コンサート当日になっていた。
 ……いや、大丈夫!当日とはいえ本番まではまだ結構時間がある。余裕、余裕!
 ……うん、多分。

 規模の大きな会場になればなるほど、メンバーたちも入り時間は早くなる。
 開演は午後6時からだが、午前中には会場に入り、ゲネプロと呼ばれる本番同様の通しリハを行った。
 これは最終確認という意味合いだ。ここで最終調整をして、あとは各所お客さんの受け入れ体制を取らないと、開演に間に合わないのだ。 
 もちろんメンバーが午前中からからリハーサルを行っているということは、他のスタッフはそれ以前に会場入りしなければならないし、設営スタッフなどは前日から文字通り寝ずに仕事をしている人も多い。時には怒号が飛び交うこともある。
 それだけ多くの人に支えられて初めて、コンサートというものは成り立つのだ……ということを改めて感じる。

 そして今ゲネプロが終わったところだ。
 この2週間の内にスタジオでのリハーサルは何度も行い、パフォーマンスに関する不安はほぼなくなっていたのだが……実際のステージに立つとその景色の違いに、今までの練習がすっぽりと頭から抜け落ちていきそうになる。
 その上、細かい段取りも色々とある。
 登場のタイミングや場所などきちんと確認しておかないと、本番で間違えてパニックになってしまうだろう。実際今までもメンバーのそうした失敗を何度も見てきたのだ。
 ……とにかく今はきちんと確認出来ることを出来るだけ確認しておかなければならない……



「やっほ~、麻衣ちゃん何してんの~?」

 希だった……。
 私は今日はマネージャー業務も免除されて手持無沙汰だったのだが、残りの時間を大部屋の楽屋でメンバーと過ごすのも何か気まずく、1人廊下に出て振り付けを今一度確認していたところだった。

「……何って、緊張で死にそうになってるんですよ……見れば分かりませんか?」

「え~、何で緊張なんかしてるの?だって麻衣ちゃんが登場するのは3曲だけじゃん。しかも麻衣ちゃんの登場なんてお客さんは誰も知らないわけだから、別に多少振り付けを間違えたってどうってことないんじゃない?」

 実にあっけらかんと言い放った希のことが今は恨めしくて仕方なかった。
 ずっと重圧を背負ってきたエース、黒木希のWISHとしての最後のコンサートなのだ。どう考えても彼女がこの夜の主役なのだ。
 最もプレッシャーを感じているはずの彼女にそう言われてしまっては、ぐうの音も出ない。

「……希さん、何でそんなに落ち着いてるんですか?むしろ希さんの方がおかしいんじゃないですか?」

 リハーサル用の黒いジャージに白い無地のTシャツという、シンプル極まりない服装でもその姿は眩しかった。
 表情が今までになくリラックスして自然なものになっていたのだ。
 彼女は基本的にどこの現場でもだったが、やはりそこには無理も作り込みもあったということなのだろう。
 今の憑き物が落ちたかのような自然な笑顔を前にすると、そう思わざるを得ない。
 もちろんそれは、彼女の周囲の人への気遣いであり、現場を円滑にするためのプロ意識の高さであったのだけれど……卒業を決めたことで彼女の表情は一変した。
 多方面に渡る活動の様々なプレッシャーから解放された(もちろんまだ全ての活動が終わったわけではないのだが)その様は、とてもナチュラルで素敵だった。
 素敵としか言いようがなかった。こんな表情がまだあったのかと……驚かされるばかりだった。

「あはは、何かね、まだ自分が今日卒業だっていう実感がないんだよね~!ケータリングもう少し食べて来ようかなぁ?」

「あんまり食べ過ぎちゃダメですよ、もう!この晴れ舞台でお腹ポッコリ……なんてなったらどうするんですか!会場のファンの人だけじゃなくて配信でも何万人ものお客さんが観てるんですし、映像はずっと残りますよ。そうなったら希さん自身が後悔しますよ!」

「あはは、麻衣ちゃんのお小言が聞けるのも今日で最後なんだね……あれ?ってことは麻衣ちゃんの初々しいデビュー姿も、何万人もの人たちに見られてるってことかぁ……これは絶対ミス出来ないよね?」

 ぐぬぬ……
 まさかの反撃で、さらにプレッシャーを掛けてくるとは……

「じゃ、また後でね~」

 さらなる反撃の言葉を思い付かねうちに、希は後ろ手にバイバイをしながら去って行ってしまった。





「オオーッ!!!!」「オオーッ!!!」「オオーッ!!!」
 
 煌々こうこうとしていた客席側の照明が落ち、会場が一瞬だけ闇に包まれる。
 今か今かと焦れ切っていた客席のファンは、この瞬間を合図に理性を捨て去ったかのような雄叫びの声を上げる。
 直後、WISH独特の重低音と煌めきを併せ持ったSEが会場を包む。
 ファンはそれに合わせ、MIXと呼ばれる掛け声を入れる。
 彼らはこれから始まる稀有な時間に対する最も誠実な反応としてそれを行うのだ。意味のない言葉を命を削らんばかりに叫ぶその姿はとても美しかった。
 広いドーム会場は、その音を地鳴りのように反響させ混ぜ合わせていた。
 その中でWISH独特の7色のサイリウムカラーが5万人のドーム客席に咲き乱れる様は圧巻だった。どんな地球上の絶景もこの瞬間には敵わないのではないか……本気でそう思った。



「「こんばんはー!!!みんな、一曲目から盛り上がっていきましょう~!!!」」



 明転したステージに最初に飛び出してきたのは『のぞかお』だった。
 黒木希と井上香織、本日の主役である2人が全速力で走りながらステージに登場し客席を煽った。
 他のメンバーも全速力でそれに続き、あっという間に広大なステージはWISHのメンバーで埋め尽くされる。WISHが大人数のグループだから成立する華だった。



 開幕からノンストップで5曲が披露された。  
 ヒットシングル3曲を含む沸き曲ばかりの連発に、会場のボルテージは一気に最高潮に達した。
 もうすぐ訪れる夏を先取りしたように熱気が会場に漂っている。
 希と香織、エース2人の卒業だからと湿っぽくなることを絶対に許さないような……そんな幕開けだった。 
 客席もそんな意図を汲み取ってかどうかは分からないが、それに応えるように異常な盛り上がりを見せていた。

(……2人らしい、のかな?)

 ステージ袖から観ているとふとそんな疑問が浮かんだ。
 このセットリストは希と香織のアイデアがかなり反映されている、と聞いていた。
 WISHとして酸いも甘いも様々な経験をしてきた2人だから、お客さんにはすべての感傷を吹き飛ばすくらい盛り上がって欲しい……そして卒業する自分たちではなく、全力でパフォーマンスをする後輩メンバーたちを目に焼き付けていって欲しい……そんな気持ちが透けて見えるような気がしたのだ。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

最弱無双は【スキルを創るスキル】だった⁈~レベルを犠牲に【スキルクリエイター】起動!!レベルが低くて使えないってどういうこと⁈~

華音 楓
ファンタジー
『ハロ~~~~~~~~!!地球の諸君!!僕は~~~~~~~~~~!!神…………デス!!』 たったこの一言から、すべてが始まった。 ある日突然、自称神の手によって世界に配られたスキルという名の才能。 そして自称神は、さらにダンジョンという名の迷宮を世界各地に出現させた。 それを期に、世界各国で作物は不作が発生し、地下資源などが枯渇。 ついにはダンジョンから齎される資源に依存せざるを得ない状況となってしまったのだった。 スキルとは祝福か、呪いか…… ダンジョン探索に命を懸ける人々の物語が今始まる!! 主人公【中村 剣斗】はそんな大災害に巻き込まれた一人であった。 ダンジョンはケントが勤めていた会社を飲み込み、その日のうちに無職となってしまう。 ケントは就職を諦め、【探索者】と呼ばれるダンジョンの資源回収を生業とする職業に就くことを決心する。 しかしケントに授けられたスキルは、【スキルクリエイター】という謎のスキル。 一応戦えはするものの、戦闘では役に立たづ、ついには訓練の際に組んだパーティーからも追い出されてしまう。 途方に暮れるケントは一人でも【探索者】としてやっていくことにした。 その後明かされる【スキルクリエイター】の秘密。 そして、世界存亡の危機。 全てがケントへと帰結するとき、物語が動き出した…… ※登場する人物・団体・名称はすべて現実世界とは全く関係がありません。この物語はフィクションでありファンタジーです。

男女比の狂った世界で愛を振りまく

キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。 その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。 直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。 生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。 デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。 本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

異世界で神様になってたらしい私のズボラライフ

トール
恋愛
会社帰り、駅までの道程を歩いていたはずの北野 雅(36)は、いつの間にか森の中に佇んでいた。困惑して家に帰りたいと願った雅の前に現れたのはなんと実家を模した家で!? 自身が願った事が現実になる能力を手に入れた雅が望んだのは冒険ではなく、“森に引きこもって生きる! ”だった。 果たして雅は独りで生きていけるのか!? 実は神様になっていたズボラ女と、それに巻き込まれる人々(神々)とのドタバタラブ? コメディ。 ※この作品は「小説家になろう」でも掲載しています

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

変身シートマスク

廣瀬純一
ファンタジー
変身するシートマスクで女性に変身する男の話

処理中です...