20 / 85
黒木希
20話 一計
しおりを挟む
「……麻衣ちゃん、麻衣ちゃんって……」
柔らかな香りと声に包まれて、気付くと目の前に希のアップの顔があった。
またしても眠ってしまっていたらしい。
「あ、起きた。よく寝てたね」
どアップで、ふふ、と彼女が微笑んだ。
あまりに幻想的なその光景に俺は、またしても夢かと一瞬思いかけたが、自分が黒木希というトップアイドルのマネージャーであることを思い出し、その光景が現実のものであるということに至った。
「わ、わ、す、すみません……。希さんの部屋で寝てしまうなんて!」
しかも今度はソファの上に運ばれており、俺の身体の上には丁寧に毛布までもが掛けられていた。
想像しがたいことだが、この部屋に希本人以外はいない。従って俺をソファに運んだのは彼女以外いない。マネージャーがタレントにこんなお世話をさせるなどあってはならないことだろう。まして相手は国民的アイドルの黒木希なのだ。
……熱心なオタクにこんなことがあったことがバレたら、ボコボコに殴られても文句は言えないような気がした。
あ、いや……。今の俺はWISHのメンバーにも劣らない超絶美少女の小田嶋麻衣なのであった。
ドルオタなんていう類のヤツらは、相手がおっさんや小綺麗なイケメンだったら法を飛び越えて裁くことすら辞さないが、相手が美少女だったら光速で手の平を返し「尊い、尊い!」と連呼するような連中だ。『可愛いは正義』という大原則が世界中で最も貫かれている界隈なのだ。
なんら心配する必要はなかった。
「ん……麻衣ちゃん。寝顔も可愛かったわよ」
意味深な微笑みを浮かべた希の言葉に、思わず顔が真っ赤になってゆくのが自分でも分かった。
「と、とにかく!ご迷惑をお掛けしてすみません。……それよりも私のことは良いんです!希さん、体調はどうですか?」
「ふっふっふっ、この通り完全復活しました!」
またしても彼女はわざとらしくマッスルポーズを決めて、健康をアピールしたが、当然そんなものを簡単に信じることは出来なかった。
「や、ホント、ホント!熱だってもう下がったし!」
じとーっとした視線で彼女を見つめていると、何も言わないうちに彼女の方から弁解してきた。
示された体温計は確かに36,2度を示していた。
「……希さん、本当に体調良くなったんですか?もしかして何か体温計に小細工したんじゃないですか?」
頭も身体もまだきちんと回っていはいなかったが、最初に気になったのはやはり希の体調だった。復活をアピールする彼女を信用する気にはどうしてもなれなかった。
ふと目に入った壁時計は午後8時を過ぎたばかりだった。もっと長く眠っていたような気がした。
「もう、失礼しちゃうわね!本当に熱は下がったんだから……。確かめてみる?」
未だ動きの鈍い私のスキを突くように、希はオデコにオデコをくっつけてきた。
「……あ、そ、そうですかね。たしかに熱は下がった、かもですね……」
不意を突かれて、逃れるヒマのない早業だった。
……なんかあまりに近過ぎてドキドキもしないというか、ゼロ距離になってしまうと超絶美しい顔面も見えなくて、あまり意味を持たないものだな、というのが不思議な感想だった。
「あら?……むしろ麻衣ちゃんの方が熱が上がってきたんじゃないの?大丈夫?何か顔も赤っぽくなってきたし」
……いや、もうね。そりゃ、そうなりますよ。
イチイチ説明するのも面倒くさいし、彼女が本気で心配しているのか、単に俺をからかっているのか分からなかったので、適当に流しておいた。
とりあえず、こんな風にはしゃげるくらいだから、確かに彼女の体調はかなり良くなったのかもしれない。
「……わかりましたよ、もう!良かったですね。しかしたった数時間でこんなに回復するなんて、ずいぶん便利な身体ですね?」
「ふふ、たしかにね……。で、明日の仕事は何だっけ?」
やる気満々な様子を見せる彼女だったが、俺は流石に首を振った。
「明日の仕事は……ありません。明日はゆっくり休んで下さい」
「そういうわけにはいかないわよ。色々な人に迷惑が掛かっちゃうでしょ?あ、でももう仕事はキャンセルにしちゃってるってことか……。しょうがないわね。体調崩した私が悪いんだものね。……あ、そういえば番組のアンケートが結構溜まっていたわよね?あれなら今できるかしら?麻衣ちゃん私のスマホに送っておいてくれない?」
テレビ番組や雑誌の取材などでは事前にアンケートを書かされることがある。
アンケートと称しながら質問に答えるだけの簡単なものは少なくて、テレビなどでは「最近あった面白い出来事を教えてください」というような、エピソードを書かせられるものがほとんどである。
もちろんバラエティ番組などで彼女が呼ばれるのは、画面上に華を持たせたい……というのが一番の起用理由なので、その場のエピソードトークで場を盛り上げることがどうしても求められているわけではない。
それはそういったことが得意な芸人さんやバラエティタレントの人に任せておいて、ただニコニコ座って、面白い時には面白いというリアクションを取れば良い。
製作側のスタッフが求めているのは極論を言えばそれだけなのである。
だが何に対しても真面目な彼女はそれを良しとしない。どんな番組だろうと全力投球をしようとする。それが素晴らしい姿勢なのは言うまでもない。……だけど、せめて今くらいは自分を休めることを優先して欲しかった。
何と言うか、彼女はもう仕事中毒なんじゃないだろうか?という気がしてしまう。仕事をしていないと不安、誰かに求められていないと不安なのではないだろうか?
そこまで思い至った時、私は一つの策略を思い付いた。
「そこまでおっしゃるなら……少し社長に連絡を取ってみますね」
廊下に出て社長に連絡を取っているフリをして、スマホで諸々の事情を調べてみる。
……うん。大丈夫だと思う。
「希さん?一つ仕事が入りました。早朝からの移動になるんですが、大丈夫ですか?」
俺の問いかけに希は一瞬驚いたようだったが、すぐに嬉しそうに目を輝かせて大きくうなずいた。
柔らかな香りと声に包まれて、気付くと目の前に希のアップの顔があった。
またしても眠ってしまっていたらしい。
「あ、起きた。よく寝てたね」
どアップで、ふふ、と彼女が微笑んだ。
あまりに幻想的なその光景に俺は、またしても夢かと一瞬思いかけたが、自分が黒木希というトップアイドルのマネージャーであることを思い出し、その光景が現実のものであるということに至った。
「わ、わ、す、すみません……。希さんの部屋で寝てしまうなんて!」
しかも今度はソファの上に運ばれており、俺の身体の上には丁寧に毛布までもが掛けられていた。
想像しがたいことだが、この部屋に希本人以外はいない。従って俺をソファに運んだのは彼女以外いない。マネージャーがタレントにこんなお世話をさせるなどあってはならないことだろう。まして相手は国民的アイドルの黒木希なのだ。
……熱心なオタクにこんなことがあったことがバレたら、ボコボコに殴られても文句は言えないような気がした。
あ、いや……。今の俺はWISHのメンバーにも劣らない超絶美少女の小田嶋麻衣なのであった。
ドルオタなんていう類のヤツらは、相手がおっさんや小綺麗なイケメンだったら法を飛び越えて裁くことすら辞さないが、相手が美少女だったら光速で手の平を返し「尊い、尊い!」と連呼するような連中だ。『可愛いは正義』という大原則が世界中で最も貫かれている界隈なのだ。
なんら心配する必要はなかった。
「ん……麻衣ちゃん。寝顔も可愛かったわよ」
意味深な微笑みを浮かべた希の言葉に、思わず顔が真っ赤になってゆくのが自分でも分かった。
「と、とにかく!ご迷惑をお掛けしてすみません。……それよりも私のことは良いんです!希さん、体調はどうですか?」
「ふっふっふっ、この通り完全復活しました!」
またしても彼女はわざとらしくマッスルポーズを決めて、健康をアピールしたが、当然そんなものを簡単に信じることは出来なかった。
「や、ホント、ホント!熱だってもう下がったし!」
じとーっとした視線で彼女を見つめていると、何も言わないうちに彼女の方から弁解してきた。
示された体温計は確かに36,2度を示していた。
「……希さん、本当に体調良くなったんですか?もしかして何か体温計に小細工したんじゃないですか?」
頭も身体もまだきちんと回っていはいなかったが、最初に気になったのはやはり希の体調だった。復活をアピールする彼女を信用する気にはどうしてもなれなかった。
ふと目に入った壁時計は午後8時を過ぎたばかりだった。もっと長く眠っていたような気がした。
「もう、失礼しちゃうわね!本当に熱は下がったんだから……。確かめてみる?」
未だ動きの鈍い私のスキを突くように、希はオデコにオデコをくっつけてきた。
「……あ、そ、そうですかね。たしかに熱は下がった、かもですね……」
不意を突かれて、逃れるヒマのない早業だった。
……なんかあまりに近過ぎてドキドキもしないというか、ゼロ距離になってしまうと超絶美しい顔面も見えなくて、あまり意味を持たないものだな、というのが不思議な感想だった。
「あら?……むしろ麻衣ちゃんの方が熱が上がってきたんじゃないの?大丈夫?何か顔も赤っぽくなってきたし」
……いや、もうね。そりゃ、そうなりますよ。
イチイチ説明するのも面倒くさいし、彼女が本気で心配しているのか、単に俺をからかっているのか分からなかったので、適当に流しておいた。
とりあえず、こんな風にはしゃげるくらいだから、確かに彼女の体調はかなり良くなったのかもしれない。
「……わかりましたよ、もう!良かったですね。しかしたった数時間でこんなに回復するなんて、ずいぶん便利な身体ですね?」
「ふふ、たしかにね……。で、明日の仕事は何だっけ?」
やる気満々な様子を見せる彼女だったが、俺は流石に首を振った。
「明日の仕事は……ありません。明日はゆっくり休んで下さい」
「そういうわけにはいかないわよ。色々な人に迷惑が掛かっちゃうでしょ?あ、でももう仕事はキャンセルにしちゃってるってことか……。しょうがないわね。体調崩した私が悪いんだものね。……あ、そういえば番組のアンケートが結構溜まっていたわよね?あれなら今できるかしら?麻衣ちゃん私のスマホに送っておいてくれない?」
テレビ番組や雑誌の取材などでは事前にアンケートを書かされることがある。
アンケートと称しながら質問に答えるだけの簡単なものは少なくて、テレビなどでは「最近あった面白い出来事を教えてください」というような、エピソードを書かせられるものがほとんどである。
もちろんバラエティ番組などで彼女が呼ばれるのは、画面上に華を持たせたい……というのが一番の起用理由なので、その場のエピソードトークで場を盛り上げることがどうしても求められているわけではない。
それはそういったことが得意な芸人さんやバラエティタレントの人に任せておいて、ただニコニコ座って、面白い時には面白いというリアクションを取れば良い。
製作側のスタッフが求めているのは極論を言えばそれだけなのである。
だが何に対しても真面目な彼女はそれを良しとしない。どんな番組だろうと全力投球をしようとする。それが素晴らしい姿勢なのは言うまでもない。……だけど、せめて今くらいは自分を休めることを優先して欲しかった。
何と言うか、彼女はもう仕事中毒なんじゃないだろうか?という気がしてしまう。仕事をしていないと不安、誰かに求められていないと不安なのではないだろうか?
そこまで思い至った時、私は一つの策略を思い付いた。
「そこまでおっしゃるなら……少し社長に連絡を取ってみますね」
廊下に出て社長に連絡を取っているフリをして、スマホで諸々の事情を調べてみる。
……うん。大丈夫だと思う。
「希さん?一つ仕事が入りました。早朝からの移動になるんですが、大丈夫ですか?」
俺の問いかけに希は一瞬驚いたようだったが、すぐに嬉しそうに目を輝かせて大きくうなずいた。
0
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
[完結]冴えない冒険者の俺が、異世界転生の得点でついてきたのが、孤独の少女だったんだが
k33
ファンタジー
冴えないサラリーマンだった、矢野賢治、矢野賢治は、恨まれた後輩に殺された、そこから、転生し、異世界転生の得点についてきたのは、孤独の少女だった!、そして9人の女神を倒したら、日本に戻してくれるという言葉と共に、孤独の少女と女神を倒す旅に出る!
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
スライムすら倒せない底辺冒険者の俺、レベルアップしてハーレムを築く(予定)〜ユニークスキル[レベルアップ]を手に入れた俺は最弱魔法で無双する
カツラノエース
ファンタジー
ろくでもない人生を送っていた俺、海乃 哲也は、
23歳にして交通事故で死に、異世界転生をする。
急に異世界に飛ばされた俺、もちろん金は無い。何とか超初級クエストで金を集め武器を買ったが、俺に戦いの才能は無かったらしく、スライムすら倒せずに返り討ちにあってしまう。
完全に戦うということを諦めた俺は危険の無い薬草集めで、何とか金を稼ぎ、ひもじい思いをしながらも生き繋いでいた。
そんな日々を過ごしていると、突然ユニークスキル[レベルアップ]とやらを獲得する。
最初はこの胡散臭過ぎるユニークスキルを疑ったが、薬草集めでレベルが2に上がった俺は、好奇心に負け、ダメ元で再びスライムと戦う。
すると、前までは歯が立たなかったスライムをすんなり倒せてしまう。
どうやら本当にレベルアップしている模様。
「ちょっと待てよ?これなら最強になれるんじゃね?」
最弱魔法しか使う事の出来ない底辺冒険者である俺が、レベルアップで高みを目指す物語。
他サイトにも掲載しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
少年神官系勇者―異世界から帰還する―
mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる?
別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨
この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行)
この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。
この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。
この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。
この作品は「pixiv」にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる