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黒木希
15話 密着カメラ
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「『密着大陸』の密着ロケの依頼が来ているんだけど、麻衣はどう思う?」
次の日、社長に事務所に呼ばれてそう切り出された。
『密着大陸』とは言うまでもなく、芸能人だけでなく様々な分野の一流のプロに一定期間カメラが密着してその姿を追うという有名なドキュメンタリー番組である。密着は時に数ヶ月に及ぶこともあるという噂だった。
「うーん……どうなんですかね?」
俺は返答に困った。
多忙を極める彼女にとってストレスがさらに増す可能性が高い、というのがまず思ったことだ。
芸能人は常に見られるのが仕事だろうが、それだけにオンとオフの切り替えが大事だ。きちんとオフに出来る時間を設けないと神経をすり減らしていくばかりだ。
「そうよねぇ、四六時中カメラが同行するのなんてねぇ……。でもこれはチャンスでもあると思うのよね」
当然、社長の言うことも理解出来た。
密着大陸のカメラが入るというのは一種のステータスでもある。この番組に取り上げられるのは芸能人に限らず、実業家やスポーツ選手などでもその道の超一流の人間ばかりだ。
しかも密着大陸でアイドルが取り上げられたことは、恐らく今までなかったと思う。それが黒木希に密着するということは、アイドル界の最高峰として彼女が選ばれたということに他ならない。テレビ局の製作陣という外部の人間から見ても「現在のアイドル界のトップは黒木希である」と認められたということだ。この密着ロケが放送されれば、普段アイドルに興味のない層にも興味を持ってもらえるかもしれない。
これは恐らく、黒木希本人やWISHというグループだけでなく、アイドル界全体の地位向上にもつながる可能性がある。繰り返しになるが、密着大陸のカメラが付くのは一種のステータスなのだ。
同じ芸能界にいつつも俳優やミュージシャンなどに比べ、アイドルというものの地位は少し低く見られる傾向があった。実力と呼べるようなものはなく、ただただルックスと愛嬌だけで成り立っているのがアイドルである……という偏見は今も根強い。
またテレビというものの影響力も未だに強い。そうした偏見を崩すきっかけにこの番組はなり得るだろうし、普段アイドルなど全く見ない層にもその効果が及ぶ可能性がある。
「う~ん、やはり本人次第なんじゃないでしょうか?もちろん出来る限り私の方でも説得してみますけど……」
だが、そんなものは全部大人の事情だ。
ずっとカメラが密着するというのは、本人にとってかなりのストレスだろう。いくら会社や業界にとって利益につながることが見えていても、本人が嫌がるならばそれはNOだ。
社長には「本人を説得してみせる」と言ったが、本人が少しでも嫌がるようなら「ダメでした」と社長に頭を下げるつもりだった。会社の意向よりも本人の意向を最優先するしかないと思うほどに、すでに俺は黒木希という人間に心酔していたのだと思う。
「え、密着大陸?すごいじゃん!やるやる、絶対やるよ!」
難色を示されると思いながら打診したのだが、驚くほどあっさりと彼女は承諾した。
「……え、良いんですか?ずっと四六時中カメラが付いて回るんですよ?」
あまりにあっさりとした反応に、俺の方が問い直してしまうほどだった。
「え、だって密着大陸でしょ?子供の頃から見てたもん。絶対やるでしょ!」
たしかに密着大陸はもう何十年も続く番組だった。子供の頃に見て憧れを抱いたという人も多いかもしれない。希もそうなのだろう。
「あ、でも私、部屋は結構散らかってるんだよね……。ヤバそうだったら、ちゃんと映さないように麻衣ちゃんの方から頼んでね!」
「いや、流石に部屋の中にまでは入って来ないと思いますけど……それに黒木さんの言う『散らかってる』は普通の人の『片付いている』ってレベルだと思いますよ」
もしかしたら密着する対象によっては部屋の中にも入るのかもしれないが、流石に彼女の場合はそうはいかないだろう。もし交渉されたとしても彼女のプライベートな空間まで入ることは断ることになる。アイドルファン……まあオタクというヤツらは基本的には常識を守る人たちだが、ごく稀に狂信的な人間もいる。モザイク越しにボヤかした部屋の映像などのほんのわずかな情報からでも、ヤツらは部屋の場所や個人情報を特定しかねない。ストーカー紛いの行動に出たオタク、というのも過去に事例として何件もあった。そうしたリスクはなるべく避けるべきだろう。
「あ~、そっか!そうだよね。でも私、本当にあんまり境界線が分からなくなってるかもしれないから、あんま映しちゃだめなところは麻衣ちゃんの方でNG出してちょうだいね」
彼女の言葉が意味するところを俺はその時あまり理解していなかったが、とりあえず分かりました、と答えておいた。
そしてすぐ三日後から密着大陸のカメラが同行することになった。
こちらから出した条件はただ一つ。「カメラマンは必ず女性の方にしてください」というものだった。もちろんこれは黒木希本人の意向ではなく俺の意向だった。……だって男の人がいつも一緒だったら、私の男性恐怖症の症状がいつ出るか分からないもんね!そうなったらお互い面倒くさいことになるのは目に見えてるでしょ!
……まあ、実際WISHの楽屋などでは女子が固まってわちゃわちゃしているわけで、何かと女性同士の方がトラブルになりにくいことは確かだろう。
というわけで、どこに行くにもカメラが同行することになった。
最初は俺も気になっていたがすぐに慣れていった。希本人は最初からほとんど気にも留めていない様子だった。
(確かに……彼女ほどの存在になれば、どこの現場に行っても常に注目を集めるわけだから、同行のカメラが一台増えたくらい、さして大きな変化でもないのかもな)
少し理解出来たように思う。
そしてそれを自分に置き換えて考えてみると、自分がメンバーになることを選んでいなくて良かったな、と心底思った。いつどこにいても常に人々の注目を集めるなど頭がおかしくなりそうだった。大学内という小さな空間の中でさえ俺はかなりストレスを感じていたのだ。それが常に続くなどというのはどう考えても俺にはムリだった。
希だけでなく他のメンバーも同様だろうが、彼女たちはそうしたストレスを感じない人間たちばかりなのだろうか?それとも活動を続けるうちに慣れていったのだろうか?
本当に彼女たちを知れば知るほど、頭が下がる思いだった。
次の日、社長に事務所に呼ばれてそう切り出された。
『密着大陸』とは言うまでもなく、芸能人だけでなく様々な分野の一流のプロに一定期間カメラが密着してその姿を追うという有名なドキュメンタリー番組である。密着は時に数ヶ月に及ぶこともあるという噂だった。
「うーん……どうなんですかね?」
俺は返答に困った。
多忙を極める彼女にとってストレスがさらに増す可能性が高い、というのがまず思ったことだ。
芸能人は常に見られるのが仕事だろうが、それだけにオンとオフの切り替えが大事だ。きちんとオフに出来る時間を設けないと神経をすり減らしていくばかりだ。
「そうよねぇ、四六時中カメラが同行するのなんてねぇ……。でもこれはチャンスでもあると思うのよね」
当然、社長の言うことも理解出来た。
密着大陸のカメラが入るというのは一種のステータスでもある。この番組に取り上げられるのは芸能人に限らず、実業家やスポーツ選手などでもその道の超一流の人間ばかりだ。
しかも密着大陸でアイドルが取り上げられたことは、恐らく今までなかったと思う。それが黒木希に密着するということは、アイドル界の最高峰として彼女が選ばれたということに他ならない。テレビ局の製作陣という外部の人間から見ても「現在のアイドル界のトップは黒木希である」と認められたということだ。この密着ロケが放送されれば、普段アイドルに興味のない層にも興味を持ってもらえるかもしれない。
これは恐らく、黒木希本人やWISHというグループだけでなく、アイドル界全体の地位向上にもつながる可能性がある。繰り返しになるが、密着大陸のカメラが付くのは一種のステータスなのだ。
同じ芸能界にいつつも俳優やミュージシャンなどに比べ、アイドルというものの地位は少し低く見られる傾向があった。実力と呼べるようなものはなく、ただただルックスと愛嬌だけで成り立っているのがアイドルである……という偏見は今も根強い。
またテレビというものの影響力も未だに強い。そうした偏見を崩すきっかけにこの番組はなり得るだろうし、普段アイドルなど全く見ない層にもその効果が及ぶ可能性がある。
「う~ん、やはり本人次第なんじゃないでしょうか?もちろん出来る限り私の方でも説得してみますけど……」
だが、そんなものは全部大人の事情だ。
ずっとカメラが密着するというのは、本人にとってかなりのストレスだろう。いくら会社や業界にとって利益につながることが見えていても、本人が嫌がるならばそれはNOだ。
社長には「本人を説得してみせる」と言ったが、本人が少しでも嫌がるようなら「ダメでした」と社長に頭を下げるつもりだった。会社の意向よりも本人の意向を最優先するしかないと思うほどに、すでに俺は黒木希という人間に心酔していたのだと思う。
「え、密着大陸?すごいじゃん!やるやる、絶対やるよ!」
難色を示されると思いながら打診したのだが、驚くほどあっさりと彼女は承諾した。
「……え、良いんですか?ずっと四六時中カメラが付いて回るんですよ?」
あまりにあっさりとした反応に、俺の方が問い直してしまうほどだった。
「え、だって密着大陸でしょ?子供の頃から見てたもん。絶対やるでしょ!」
たしかに密着大陸はもう何十年も続く番組だった。子供の頃に見て憧れを抱いたという人も多いかもしれない。希もそうなのだろう。
「あ、でも私、部屋は結構散らかってるんだよね……。ヤバそうだったら、ちゃんと映さないように麻衣ちゃんの方から頼んでね!」
「いや、流石に部屋の中にまでは入って来ないと思いますけど……それに黒木さんの言う『散らかってる』は普通の人の『片付いている』ってレベルだと思いますよ」
もしかしたら密着する対象によっては部屋の中にも入るのかもしれないが、流石に彼女の場合はそうはいかないだろう。もし交渉されたとしても彼女のプライベートな空間まで入ることは断ることになる。アイドルファン……まあオタクというヤツらは基本的には常識を守る人たちだが、ごく稀に狂信的な人間もいる。モザイク越しにボヤかした部屋の映像などのほんのわずかな情報からでも、ヤツらは部屋の場所や個人情報を特定しかねない。ストーカー紛いの行動に出たオタク、というのも過去に事例として何件もあった。そうしたリスクはなるべく避けるべきだろう。
「あ~、そっか!そうだよね。でも私、本当にあんまり境界線が分からなくなってるかもしれないから、あんま映しちゃだめなところは麻衣ちゃんの方でNG出してちょうだいね」
彼女の言葉が意味するところを俺はその時あまり理解していなかったが、とりあえず分かりました、と答えておいた。
そしてすぐ三日後から密着大陸のカメラが同行することになった。
こちらから出した条件はただ一つ。「カメラマンは必ず女性の方にしてください」というものだった。もちろんこれは黒木希本人の意向ではなく俺の意向だった。……だって男の人がいつも一緒だったら、私の男性恐怖症の症状がいつ出るか分からないもんね!そうなったらお互い面倒くさいことになるのは目に見えてるでしょ!
……まあ、実際WISHの楽屋などでは女子が固まってわちゃわちゃしているわけで、何かと女性同士の方がトラブルになりにくいことは確かだろう。
というわけで、どこに行くにもカメラが同行することになった。
最初は俺も気になっていたがすぐに慣れていった。希本人は最初からほとんど気にも留めていない様子だった。
(確かに……彼女ほどの存在になれば、どこの現場に行っても常に注目を集めるわけだから、同行のカメラが一台増えたくらい、さして大きな変化でもないのかもな)
少し理解出来たように思う。
そしてそれを自分に置き換えて考えてみると、自分がメンバーになることを選んでいなくて良かったな、と心底思った。いつどこにいても常に人々の注目を集めるなど頭がおかしくなりそうだった。大学内という小さな空間の中でさえ俺はかなりストレスを感じていたのだ。それが常に続くなどというのはどう考えても俺にはムリだった。
希だけでなく他のメンバーも同様だろうが、彼女たちはそうしたストレスを感じない人間たちばかりなのだろうか?それとも活動を続けるうちに慣れていったのだろうか?
本当に彼女たちを知れば知るほど、頭が下がる思いだった。
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