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58話

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 これは今井キャプテンの勝負に出たプレーだった。
 今回使用しているハンドボールゴールは普通のサッカーゴールの半分以下のサイズだ。だからキーパーがゴールにびっちり張り付いていればそれだけでゴールを防ぐ確率はかなり上がる。逆に言えば飛び出す積極的な守備はかなりリスクの高いものだということだ。
 ギリギリのタイミングだが、先にボールに触るのは川藤先輩だろう。だが川藤先輩がボールに追い付いた時には、今井キャプテンは1メートル以内に距離を詰めている……という距離だ。

 サッカーに詳しくない人からするとイメージしにくいかもしれないが、キーパーとの距離が近付けば近づくほどシュートコースは狭くなる。今井キャプテンは180センチ・ややぽっちゃりの85キロというデカい図体に似合わない俊敏な飛び出しを見せた。これでかなりシュートコースを制限出来ることになるだろう。



 川藤先輩の左横にはもう一人のツートップ中野先輩も走り込んでいた。だが当然マークしていた太一も付いてきている。太一はすでに中野先輩をマークするというポジショニングではなく、ボールにかなり寄ってきていたから、パスを出そうと思えば中野先輩に通すことはさして難しいものではないだろう。だがここでパスを出すことがディフェンスに時間を与えて、逆にゴールの確率を下げる可能性もある。

 川藤先輩が頭を下げ右足を小さく振りかぶった。飛び出してきた今井キャプテンも姿勢をかなり下げシュートに備えた。これだけキーパーとの距離が詰まるとシュートコースは多くない。キーパーが身体を倒してきた場合には浮かせたボールが有効になるが、今井キャプテンは姿勢をかなり下げてはいるものの倒してはいない。こうした場合は股下や足元が狙いのコースとなる。
 キーパー側も距離が近いので反応が遅れてはノーチャンスである。ほんの少しタイミングをズラされるだけで反応は難しくなる。

 だが川藤先輩は、シュートを打つと見せて振りかぶった右足のアウトサイドで、もう一度ドリブルして今井キャプテンをかわした!
 スピードに乗った状態での繊細なタッチというのは難しいものなのだが、川藤先輩のタッチは大きくなりすぎることもなく正確なもので、左後方に今井キャプテンを置き去りにしつつも、確実にシュートを打てる位置にボールを置いていた。

 今井キャプテンはドリブルに切り替わった動きにもなんとか対応し(ややデブとは思えない俊敏な対応だった!)、今度は身体を投げ出して防ぎにいったが……その脇を川藤先輩の放ったシュートは転がり抜けていった。



 だがゴール方向に身体を投げ出していたのは今井キャプテンだけではなかった!
 太一だ!
 太一は中野先輩のマークをいつの間にか捨てて、ゴール方向に全速力で戻っていた!
 川藤先輩がキーパーをかわしにくる……ということを確信していたかのようなゴールへの帰還だった。中野先輩へのマークに対する未練が少しでも残っていたならばこのタイミングでは戻って来れなかっただろう。
 ゴールに吸い込まれていくかに見えたグラウンダーのシュートに対して、太一もスライディングしてギリギリでボールを止めた!

 さらに太一の素晴らしいところはギリギリで失点を防いだことだけではない。ボールを外に出したり無暗にクリアすることなく、足元にきちんとボールを確保したことだ。
 ……だがもちろんこれはリスクをも意味する。ここで敵にボールを奪われれば今度こそ間違いなく失点するからだ。案の定、中野先輩と川藤先輩が全速力でプレッシャーに来ていたし、翔先輩はこの状況で唯一に近いであろう森田へのパスコースをすでに潰しいた。

「クリア!」

 俺は声に出していた。「無理するな、外に出せば良いから!」という意味合いだ。 
 外に出せば相手ボールでの再開にはなるが、それだけでこちらのチームは守備に戻る時間が出来る。先ほどまでのピンチに比べれば、リスクは大幅に低いものだろう。
 中野先輩も川藤先輩も、決定的なチャンスを潰されたことへの怒りを込めたかのように猛然とプレッシャーを掛けに行っていたが、太一はすでにキックモーションに入っていた。


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