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44話
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「……クソ」
横を見ると中野先輩が小さく舌打ちしていた。
この人のそんな顔を見たことは一度もなかった。いつも勝気でふざけてばかりいる先輩、というイメージだった。試合で負けた時も「チームが負けただけで俺は負けていないけど?」とでも言いたげな表情をいつもしていた。
実際に対峙した今のプレーで、中野先輩は太一のディフェンスがまぐれではなく実力に基づいたものであることを実感したのかもしれなかった。
「それより正洋、もう向こうを油断させる必要はないと思うよ」
「は、油断させる?……何がだ?」
「え、違うの?……みんな全然練習通りに動いてないからさ、油断させるためにわざとやっているんじゃないの?もう前半も結構経ったし2点負けてるんだから油断させる必要はもうないんじゃないかな?と思ってさ……」
「ボール入ったぞ!」
今井キャプテンから鋭い声がかかり、試合が再開していたことに俺は気付いた。
その後、俺たちの守備は安定した。
太一の読みが覚醒して、翔先輩と中野先輩の攻めを完全に封じたと言って良い。
もちろんいくら太一でも一人ではどうしようもない。太一の前にポジションを取る俺と竹下を中心に全員の守備意識が向上したことは間違いない。
俺が具体的に意識したのは『あまり密着してマークしすぎない』ということだ。「パスを入れさせないように密着してマークしよう!」という意識が強すぎると、裏に走られた時に置いて行かれることが多くなる。瞬間的なスピードとタイミングを向こうのツートップは持っているし、早い展開になってしまうとピンチは大きくなる。
逆に足元でボールを受けられる分には一発でピンチになる危険性は低い。
俺の後ろには太一がいつも控えているのだ。中野先輩の足元にボールが収まり、例えドリブルで突破されたとしても、ドリブルが大きくなったタイミングを太一は決して逃さなかった。冷静にカバーリングをしてはピンチの芽を摘んでいった。
……まあ太一の読みがスゴいのは、ドリブルで俺が突破されることも完全に読み切っている、という点も含めてなのだが。
ともかくそんなことが何度か続くと、中野先輩もドリブル突破を仕掛けて来なくなった。
(しかし、攻めなくちゃな……)
守備の状況は改善したとはいえ、2点のビハインドだ。最低でも2点を取らなければ負けてしまう。
俺にはさっきの太一の言葉が引っ掛かっていた。
(「みんないつも通りのプレーが出来ていない?」……そんなわけないだろ!)
たしかに立ち上がり当初は固くなっていて2点取られたが、俺の見たところみんないつも以上に気合の入ったプレーをしている。前線では安東も高島も相変わらず精力的に動き回っていた。
(……そうか)
俺は半信半疑だったが、ボールが外に出たタイミングを見計らって安東を呼んだ。
「安東、ムリに前線に出ていかなくて良いよ。一回ボールを回そう」
「あ?どういうことだよ?」
「頼む!」
ゲームは再開しており、詳しく説明している時間はなかった。
安東は不承不承という感じではあったが、足元でボールを受けようという動きにランニングを変えてくれた。
近い距離で俺と安東とがパス交換を何度か行う。もちろんゴールに直結したパスではないから、相手にとってさして脅威ではない。
だがまずはこれで良いのだ。
次に高島にもパスを回す。さっきまでは安東が前方のスペースで激しく動き回っていたから、そこを目掛けて一発で決定的なパスを通そうとしてはカットされる……ということを繰り返していた。
今は違う。安東も近い距離にいるし俺とも距離が近い。高島は少し迷ったが後方の俺にパスを戻した。
ボールを受けた俺は後方の太一に戻す。太一からキーパーの今井キャプテンまでさらに戻してから、逆サイドの竹下にボールが回った。竹下はフィールド中央にいた安東にパスを回したが、安東からはまた俺にバックパスが戻ってきた。
(そうだ、まずはこれで良いんだ)
一見すると負けているのに消極的なパス回しをしている、と思われるだろうが、まずは自分たちのリズムを取り戻すことが重要なのだ。
相手の守備も整備されたものではないし、2週間サッカーから離れていた向こうのチームはゲーム勘も鈍っているはずだ。何より俺たち1年チームを舐めている。どこかで向こうの守備は必ず綻びを見せるはずだ。
横を見ると中野先輩が小さく舌打ちしていた。
この人のそんな顔を見たことは一度もなかった。いつも勝気でふざけてばかりいる先輩、というイメージだった。試合で負けた時も「チームが負けただけで俺は負けていないけど?」とでも言いたげな表情をいつもしていた。
実際に対峙した今のプレーで、中野先輩は太一のディフェンスがまぐれではなく実力に基づいたものであることを実感したのかもしれなかった。
「それより正洋、もう向こうを油断させる必要はないと思うよ」
「は、油断させる?……何がだ?」
「え、違うの?……みんな全然練習通りに動いてないからさ、油断させるためにわざとやっているんじゃないの?もう前半も結構経ったし2点負けてるんだから油断させる必要はもうないんじゃないかな?と思ってさ……」
「ボール入ったぞ!」
今井キャプテンから鋭い声がかかり、試合が再開していたことに俺は気付いた。
その後、俺たちの守備は安定した。
太一の読みが覚醒して、翔先輩と中野先輩の攻めを完全に封じたと言って良い。
もちろんいくら太一でも一人ではどうしようもない。太一の前にポジションを取る俺と竹下を中心に全員の守備意識が向上したことは間違いない。
俺が具体的に意識したのは『あまり密着してマークしすぎない』ということだ。「パスを入れさせないように密着してマークしよう!」という意識が強すぎると、裏に走られた時に置いて行かれることが多くなる。瞬間的なスピードとタイミングを向こうのツートップは持っているし、早い展開になってしまうとピンチは大きくなる。
逆に足元でボールを受けられる分には一発でピンチになる危険性は低い。
俺の後ろには太一がいつも控えているのだ。中野先輩の足元にボールが収まり、例えドリブルで突破されたとしても、ドリブルが大きくなったタイミングを太一は決して逃さなかった。冷静にカバーリングをしてはピンチの芽を摘んでいった。
……まあ太一の読みがスゴいのは、ドリブルで俺が突破されることも完全に読み切っている、という点も含めてなのだが。
ともかくそんなことが何度か続くと、中野先輩もドリブル突破を仕掛けて来なくなった。
(しかし、攻めなくちゃな……)
守備の状況は改善したとはいえ、2点のビハインドだ。最低でも2点を取らなければ負けてしまう。
俺にはさっきの太一の言葉が引っ掛かっていた。
(「みんないつも通りのプレーが出来ていない?」……そんなわけないだろ!)
たしかに立ち上がり当初は固くなっていて2点取られたが、俺の見たところみんないつも以上に気合の入ったプレーをしている。前線では安東も高島も相変わらず精力的に動き回っていた。
(……そうか)
俺は半信半疑だったが、ボールが外に出たタイミングを見計らって安東を呼んだ。
「安東、ムリに前線に出ていかなくて良いよ。一回ボールを回そう」
「あ?どういうことだよ?」
「頼む!」
ゲームは再開しており、詳しく説明している時間はなかった。
安東は不承不承という感じではあったが、足元でボールを受けようという動きにランニングを変えてくれた。
近い距離で俺と安東とがパス交換を何度か行う。もちろんゴールに直結したパスではないから、相手にとってさして脅威ではない。
だがまずはこれで良いのだ。
次に高島にもパスを回す。さっきまでは安東が前方のスペースで激しく動き回っていたから、そこを目掛けて一発で決定的なパスを通そうとしてはカットされる……ということを繰り返していた。
今は違う。安東も近い距離にいるし俺とも距離が近い。高島は少し迷ったが後方の俺にパスを戻した。
ボールを受けた俺は後方の太一に戻す。太一からキーパーの今井キャプテンまでさらに戻してから、逆サイドの竹下にボールが回った。竹下はフィールド中央にいた安東にパスを回したが、安東からはまた俺にバックパスが戻ってきた。
(そうだ、まずはこれで良いんだ)
一見すると負けているのに消極的なパス回しをしている、と思われるだろうが、まずは自分たちのリズムを取り戻すことが重要なのだ。
相手の守備も整備されたものではないし、2週間サッカーから離れていた向こうのチームはゲーム勘も鈍っているはずだ。何より俺たち1年チームを舐めている。どこかで向こうの守備は必ず綻びを見せるはずだ。
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