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43話

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(仕掛ける!)

 いよいよ勝負のタイミングだった。
 この場合の攻撃側の仕掛け方は、さっき言った通りいくらでもある。
 最も簡単なのはディフェンスをボール保持者に引き付けて、並走する味方にパスをすることだろう。パスのタイミングや受け手の角度などによってはマークを引き剥がせないこともあるが、あの2人のコンビならばそんなヘマはしないだろう。

 仕掛けるのは何もボールを持っている人間だけとは限らない。
 並走している人間が大きく走り方を変えることで勝負のきっかけを作ることも出来る。例えば、今まで翔先輩はボールを持っている中野先輩の右側ほんの少し後ろを並走していたが、大きく左側に走るコースを変え中野先輩の外から回り込んで追い越す……という方法もある。ディフェンスは当然それに応じたポジショニングを取らなければならなくなる。また当然、そのように大きく動き出した味方にパスを出すフリをしてボール保持者はドリブルで仕掛けることも選択肢の一つだ。

 まあ要はこの状況は攻撃側が圧倒的に有利だということだ。
 中野先輩はマークに来た太一に正面から向かっていくようなドリブルのコースを選んだ。
 考え方は色々あるが、ゴール方向に真っ直ぐ向かっているわけだから間違ってはいないだろう。この状況でサイドに向かってゆくようなドリブルでは、逃げでしかなく消極的なプレーだ。
 並走する翔先輩は大きな動き出しはしなかった。ボールを持っている中野先輩の仕掛けに任せた、ということなのだろう。もちろん状況的にはそれで充分だ。
 中野先輩はほぼドリブルの体勢のまま太一に突っ込んでいった。

(アウトサイドだ!)

 後方から見ていた俺はふとそんな気がした。
 アウトサイドキックというのは足の小指側を使ってボールを蹴ることだ。サッカーでは普通インサイドキックといって足の内側の広い面を使ってキックすることがとても多い。アウトサイドキックは正確性という意味ではインサイドキックに劣るが、ドリブルのフォームに近いまま蹴れるのでディフェンス側の意表を突くことが出来るのだ。
 そして中野先輩はこのプレーが得意だった。ディフェンスを引き付けるドリブルをして、そのまま右側を並走する翔先輩に右足アウトサイドでパスを出す……俺はそんなプレーをイメージした。普通のインサイドのパスならば振りかぶる分だけ早く対応できるのだが、これをされるとディフェンス側はどうしても一つ対応のタイミングが遅れてしまう。

 だが中野先輩はそうしなかった。
 アウトサイドでパスするかと思われた右足は、ボールをまたぎ縦へのドリブル突破のための軸足となったのだ。力強く踏み込まれた右足が支点となり、左足先でボールを突き一旦減速していたドリブルが一気に加速する……
 完全にキーパーと1対1になる!と思われたが、中野先輩がそのチャンスを迎えることはなかった。
 対応していた太一が突破のために出されたボールに先に反応し、サイドライン外にボールをクリアしたのだ。

(マジかよ!)

 俺は驚愕した。間違いなく中野先輩は翔先輩にパスすると思っていたからだ。またぎがフェイントだった瞬間に俺は(やられた!)と思った。そしてなぜ太一は中野先輩のプレーが読めたのだろうか?意味が分からなかった。

「ナイス!」「ナイディー!(ナイスディフェンスの略だろう)」
「おい、ちゃんと決めろよ~」「油断すんなよな~」

 両チームから様々な声が飛んだ。



「スゲェな太一!マジかよ!」

 戻るのが数歩遅れていた俺は、太一の肩を叩いた。

「ん?……まあ、翔先輩が2点取ってるのに中野先輩はまだ1点も取ってなかったじゃん。自分で来るかな?と思っていたら、そういうステップだったからさ」

 こともなげに太一は涼しい顔をして答えた。
 たしかに負けず嫌いの中野先輩はそういったことも気にしていたのだろう。しかし俺から見た中野先輩の足取りは、パスもドリブルもどちらの選択肢も残したものだったように見えた。ディフェンスにおける観察眼や読みといった部分は、俺よりも太一の方がすでに上、ということなのだろうか?サッカーを始めて2週間ほどの人間に(太一自身は「もっと前からサッカーは目にしていたんだから2週間じゃない!」と反論するのだろうが)、俺はもう負けているということなのだろうか?流石にそれを認めるわけにはいかなかった。


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