31 / 71
31話
しおりを挟む
次の日、俺が始業15分前に登校すると、太一はまだ来ていなかった。
(ま、そりゃそうか。太一だもんな……)
昨日の練習を実際に体感して、サッカーに対してより気合が入っているのではないかという期待も密かにしていたのだが、太一が登校してきたのは始業ベルが鳴り始めてからだった。
『サッカー入門』を読む、という太一の座学は一日しか続かなかったようだ。
もちろん昨日の太一のプレーを見れば、そんな必要がないであろうことは言うまでもない。……いや、太一のことだから、昨日の朝に読んだ(恐らく小学生向けの入門書である)『サッカー入門』が実践に役立っていた可能性も大いにある。ただの杖でも大魔王バーンが持てば飛躍的に攻撃力が増す、というのと一緒だ。
授業中の太一は、いつもと何ら変わらない安らかな寝顔だった。
コイツはつくづく大物だな、と思わざるを得なかった。
「太一、起きろ、メシの時間だぞ」
今日は再三にわたる先生の注意も、授業の終わりを報せるチャイムにも、一切の反応を示さなかった太一だったが『メシ』という単語には抜群のレスポンスを見せた。
寝ぼけまなこのままカバンの中から弁当箱を取り出すと(例の今時珍しいドカベンだ)、包みを解き箸を構えた。恐らく太一はこの一連の行動を考えては行っていない。全ては無意識の反射による行動だろう。
「いただきます」と手を合わせ、お茶を一口飲んでから弁当に箸を付けるのが、太一のいつものルーティンだ。将棋で培ったものなのか、太一のこうした儀礼にまつわる動作は洗練されており美しい。コミュニケーションもほとんど取れず授業もまともに受けていないくせに、なんとなくみんなが太一に好感を持っているのは、こんな所にも要因があるのだろう。
「ん、どうしたの?正洋?」
太一がようやく俺と話す体勢を取ったのは、巨大な弁当の半分ほどを平らげてからだった。それまでは俺の視線などには気付きもしなかった。
「……いや、相変わらずすげえ量だなと思ってさ。あれ?っていうかいつもより多くねえか?」
いつもなら俺が自分の弁当を片付ける頃には、太一は弁当の6~7割を平らげていることが常だったような気がしたからだ。
「ふふ、流石は正洋だね。今日はいつもよりおかずもご飯も2割増しにしてもらったのだよ!昨日は身体を動かしたから、いっぱい食べないとね!それにしてもサッカーってのはすごくお腹が空くから、とてもご飯が美味しいね!」
「……お、おう。それは、良かったな」
太一のあまりに太一っぷりに、長年付き合っているはずの俺もどう返せば良いのか、分からなかった。
「……あ、筋肉痛とかは大丈夫か?」
ふと気になったので訊いてみると、太一は米を口一杯に頬張っていたままコクコクとうなずいた。
「うん、ふくらはぎも太ももも昨日は結構大変だったんだけど、一晩寝たら大丈夫だったよ」
運動経験のない人間は身体が慣れていないので、回復にも時間が掛かる場合が多いのだが、太一は回復能力に優れているようだ。なかなか稀有な体質だと思うが、食事と睡眠を生活の最優先事項としている太一だからこそかもしれない。
こうした点も含めてやはり太一は意外とサッカーに向いているのかもしれない。
(ま、そりゃそうか。太一だもんな……)
昨日の練習を実際に体感して、サッカーに対してより気合が入っているのではないかという期待も密かにしていたのだが、太一が登校してきたのは始業ベルが鳴り始めてからだった。
『サッカー入門』を読む、という太一の座学は一日しか続かなかったようだ。
もちろん昨日の太一のプレーを見れば、そんな必要がないであろうことは言うまでもない。……いや、太一のことだから、昨日の朝に読んだ(恐らく小学生向けの入門書である)『サッカー入門』が実践に役立っていた可能性も大いにある。ただの杖でも大魔王バーンが持てば飛躍的に攻撃力が増す、というのと一緒だ。
授業中の太一は、いつもと何ら変わらない安らかな寝顔だった。
コイツはつくづく大物だな、と思わざるを得なかった。
「太一、起きろ、メシの時間だぞ」
今日は再三にわたる先生の注意も、授業の終わりを報せるチャイムにも、一切の反応を示さなかった太一だったが『メシ』という単語には抜群のレスポンスを見せた。
寝ぼけまなこのままカバンの中から弁当箱を取り出すと(例の今時珍しいドカベンだ)、包みを解き箸を構えた。恐らく太一はこの一連の行動を考えては行っていない。全ては無意識の反射による行動だろう。
「いただきます」と手を合わせ、お茶を一口飲んでから弁当に箸を付けるのが、太一のいつものルーティンだ。将棋で培ったものなのか、太一のこうした儀礼にまつわる動作は洗練されており美しい。コミュニケーションもほとんど取れず授業もまともに受けていないくせに、なんとなくみんなが太一に好感を持っているのは、こんな所にも要因があるのだろう。
「ん、どうしたの?正洋?」
太一がようやく俺と話す体勢を取ったのは、巨大な弁当の半分ほどを平らげてからだった。それまでは俺の視線などには気付きもしなかった。
「……いや、相変わらずすげえ量だなと思ってさ。あれ?っていうかいつもより多くねえか?」
いつもなら俺が自分の弁当を片付ける頃には、太一は弁当の6~7割を平らげていることが常だったような気がしたからだ。
「ふふ、流石は正洋だね。今日はいつもよりおかずもご飯も2割増しにしてもらったのだよ!昨日は身体を動かしたから、いっぱい食べないとね!それにしてもサッカーってのはすごくお腹が空くから、とてもご飯が美味しいね!」
「……お、おう。それは、良かったな」
太一のあまりに太一っぷりに、長年付き合っているはずの俺もどう返せば良いのか、分からなかった。
「……あ、筋肉痛とかは大丈夫か?」
ふと気になったので訊いてみると、太一は米を口一杯に頬張っていたままコクコクとうなずいた。
「うん、ふくらはぎも太ももも昨日は結構大変だったんだけど、一晩寝たら大丈夫だったよ」
運動経験のない人間は身体が慣れていないので、回復にも時間が掛かる場合が多いのだが、太一は回復能力に優れているようだ。なかなか稀有な体質だと思うが、食事と睡眠を生活の最優先事項としている太一だからこそかもしれない。
こうした点も含めてやはり太一は意外とサッカーに向いているのかもしれない。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/youth.png?id=ad9871afe441980cc37c)
ほつれ家族
陸沢宝史
青春
高校二年生の椎橋松貴はアルバイトをしていたその理由は姉の借金返済を手伝うためだった。ある日、松貴は同じ高校に通っている先輩の永松栗之と知り合い仲を深めていく。だが二人は家族関係で問題を抱えており、やがて問題は複雑化していく中自分の家族と向き合っていく。
イルカノスミカ
よん
青春
2014年、神奈川県立小田原東高二年の瀬戸入果は競泳バタフライの選手。
弱小水泳部ながらインターハイ出場を決めるも関東大会で傷めた水泳肩により現在はリハビリ中。
敬老の日の晩に、両親からダブル不倫の末に離婚という衝撃の宣告を受けた入果は行き場を失ってしまう。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
Cutie Skip ★
月琴そう🌱*
青春
少年期の友情が破綻してしまった小学生も最後の年。瑞月と恵風はそれぞれに原因を察しながら、自分たちの元を離れた結日を呼び戻すことをしなかった。それまでの男、男、女の三人から男女一対一となり、思春期の繊細な障害を乗り越えて、ふたりは腹心の友という間柄になる。それは一方的に離れて行った結日を、再び振り向かせるほどだった。
自分が置き去りにした後悔を掘り起こし、結日は瑞月とよりを戻そうと企むが、想いが強いあまりそれは少し怪しげな方向へ。
高校生になり、瑞月は恵風に友情とは別の想いを打ち明けるが、それに対して慎重な恵風。学校生活での様々な出会いや出来事が、煮え切らない恵風の気付きとなり瑞月の想いが実る。
学校では瑞月と恵風の微笑ましい関係に嫉妬を膨らます、瑞月のクラスメイトの虹生と旺汰。虹生と旺汰は結日の想いを知り、”自分たちのやり方”で協力を図る。
どんな荒波が自分にぶち当たろうとも、瑞月はへこたれやしない。恵風のそばを離れない。離れてはいけないのだ。なぜなら恵風は人間以外をも恋に落とす強力なフェロモンの持ち主であると、自身が身を持って気付いてしまったからである。恵風の幸せ、そして自分のためにもその引力には誰も巻き込んではいけない。
一方、恵風の片割れである結日にも、得体の知れないものが備わっているようだ。瑞月との友情を二度と手放そうとしないその執念は、周りが翻弄するほどだ。一度は手放したがそれは幼い頃から育てもの。自分たちの友情を将来の義兄弟関係と位置付け遠慮を知らない。
こどもの頃の風景を練り込んだ、幼なじみの男女、同性の友情と恋愛の風景。
表紙:むにさん
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/youth.png?id=ad9871afe441980cc37c)
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/essay.png?id=5ada788558fa89228aea)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる