ふわふわまるまる飛車角

きんちゃん

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31話

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 次の日、俺が始業15分前に登校すると、太一はまだ来ていなかった。

(ま、そりゃそうか。太一だもんな……)

 昨日の練習を実際に体感して、サッカーに対してより気合が入っているのではないかという期待も密かにしていたのだが、太一が登校してきたのは始業ベルが鳴り始めてからだった。
『サッカー入門』を読む、という太一の座学は一日しか続かなかったようだ。
 もちろん昨日の太一のプレーを見れば、そんな必要がないであろうことは言うまでもない。……いや、太一のことだから、昨日の朝に読んだ(恐らく小学生向けの入門書である)『サッカー入門』が実践に役立っていた可能性も大いにある。ただの杖でも大魔王バーンが持てば飛躍的に攻撃力が増す、というのと一緒だ。

 授業中の太一は、いつもと何ら変わらない安らかな寝顔だった。
 コイツはつくづく大物だな、と思わざるを得なかった。



「太一、起きろ、メシの時間だぞ」

 今日は再三にわたる先生の注意も、授業の終わりを報せるチャイムにも、一切の反応を示さなかった太一だったが『メシ』という単語には抜群のレスポンスを見せた。       
 寝ぼけまなこのままカバンの中から弁当箱を取り出すと(例の今時珍しいドカベンだ)、包みを解き箸を構えた。恐らく太一はこの一連の行動を考えては行っていない。全ては無意識の反射による行動だろう。
「いただきます」と手を合わせ、お茶を一口飲んでから弁当に箸を付けるのが、太一のいつものルーティンだ。将棋で培ったものなのか、太一のこうした儀礼にまつわる動作は洗練されており美しい。コミュニケーションもほとんど取れず授業もまともに受けていないくせに、なんとなくみんなが太一に好感を持っているのは、こんな所にも要因があるのだろう。

「ん、どうしたの?正洋?」

 太一がようやく俺と話す体勢を取ったのは、巨大な弁当の半分ほどを平らげてからだった。それまでは俺の視線などには気付きもしなかった。

「……いや、相変わらずすげえ量だなと思ってさ。あれ?っていうかいつもより多くねえか?」

 いつもなら俺が自分の弁当を片付ける頃には、太一は弁当の6~7割を平らげていることが常だったような気がしたからだ。

「ふふ、流石は正洋だね。今日はいつもよりおかずもご飯も2割増しにしてもらったのだよ!昨日は身体を動かしたから、いっぱい食べないとね!それにしてもサッカーってのはすごくお腹が空くから、とてもご飯が美味しいね!」

「……お、おう。それは、良かったな」

 太一のあまりに太一っぷりに、長年付き合っているはずの俺もどう返せば良いのか、分からなかった。

「……あ、筋肉痛とかは大丈夫か?」

 ふと気になったので訊いてみると、太一は米を口一杯に頬張っていたままコクコクとうなずいた。

「うん、ふくらはぎも太ももも昨日は結構大変だったんだけど、一晩寝たら大丈夫だったよ」

 運動経験のない人間は身体が慣れていないので、回復にも時間が掛かる場合が多いのだが、太一は回復能力に優れているようだ。なかなか稀有な体質だと思うが、食事と睡眠を生活の最優先事項としている太一だからこそかもしれない。
 こうした点も含めてやはり太一は意外とサッカーに向いているのかもしれない。


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