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25話

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「そんなわけない。見てたら分かるだろ、吉川」

 答えたのは安東だった。

「反応の速さ、その前のポジション取り、身体の入れ方……吉田は完全に誘われてやられたんだよ。自分でドリブルを仕掛けたと思っているかもしれないけど、吉田は仕掛けんだよ……コイツのタイミングでな」

 安東は何故か太一を冷たく睨んでいた。

「……まったく、何が未経験者だよ。おまけにその前の練習ではわざと下手なフリまでして……コイツは何が目的なんだ?それとも最初からサッカー部を掻き回すことが目的だった……いや弱小の俺たちをバカにするつもりで絡んできたのか、なあ?」

 どうやら、安東は太一が相当なサッカー経験者だと勘違いしているようだった。

「……いや、安東。俺コイツとは中学からの付き合いだけど、マジでサッカー経験はないと思うぞ!コイツは中学の時はずっと将棋をやっていたんだ」

「はぁ、将棋?……うそつけ!机の上でパチパチやってた人間が何で吉田のスピードに付いていけるんだよ?」

 ……安東の言葉は、実は俺が最も疑問に思っていたことだった。
 どんなに読みが完璧だろうと、一瞬のスピードがなければ吉田を止めることは不可能なことだろう。
 俺と安東に見つめられて太一は、やれやれといった顔で口を開いた。

「もー……僕、昔から脚は結構速かったんだよ。正洋が勝手に忘れてただけだろ?」

「……そうか、思い出したわ」

 太一にそう言われて、俺は中一の頃の記憶が一気によみがえってきた。
 そうだった、太一と仲良くなった最初のきっかけは中一の最初の体力測定の時だった。
 いかにも青白いひょろひょろの太一が、クラスで一番50メートル走が速かったことがあまりに意外で、俺が話しかけたのがきっかけだった。
 太一は将棋の関係で体育祭などのイベントにはほとんど出なかったから、その印象が皆に広まることはあまりなかった。だからいつの間にか俺もそのことを忘れていたのだろう。
 ……余談だが、最近世に出てきて最年少記録を次々と塗り替えた例の天才棋士も短距離走は速いそうだから、もしかしたら頭の良さと運動神経というものには関連性があるのかもしれない。

 だが、安東は依然として納得のいかない顔で太一を見ていた。それに対してため息まじりで太一は答えた。

「……実際僕は体育の授業以外でボールを蹴ったことはないよ。でも、僕だって15年生きてきた中でサッカーを目にする機会はいっぱいあったから、完全に未経験って言ってしまうのは違うかもね」

 太一の謎過ぎる発言に、俺と安東の周りに????が大量に浮かび上がってきたところで、キャプテンがトイレから戻ってきた。

「おし、じゃあもう一本始めるぞ~」

 能天気な胴間声がグラウンドに響き渡ったが、相変わらず誰からも威勢のいい返事などはなかった。


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