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20話

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 ウォームアップのためにダラダラとグラウンドを3周ほど走り、二人一組で行う軽いボールタッチの練習が始まった。太一は俺とペアだ。
 これは相手が軽く空中に投げたボールを、インサイドだとかインステップだとかでキックして返す練習だ。ダイレクトで返す場合もあれば、腿でワントラップして……といった指定が入ることもある。

 最初は太一にボールを投げてもらって俺が見本を見せることにした。

「最初は俺の右腿くらいを目掛けてボールを軽く放ってくれ」

 サッカーの試合は太一も目にしたことがあるだろうが、こういった地味な練習に関しては多分目にしたことがないだろう。説明してすぐに理解出来るか少し不安だったが、太一は周りを見渡し、やっていることを理解したようだ。俺に丁度いいボールを放ってきた。

「ナイス!」

 太一の側はただ手でボールを放っているだけだから、サッカーには直接関係ないとも言えるが、運動を見てすぐに模倣するというのは結構難しいことだ。
 ボールを返す俺も決して上手いわけではないが毎日やっている練習だから、ここでミスるわけにはいかない。
 最初はインサイドで返す練習だったが、次にインステップ、腿でワントラップして、胸でワントラップして、ヘディングで……と練習は移ってゆく。

(……良いね太一、流石だよ!)
 俺は声には出さなかったが、太一の頭の良さを既に感じていた。
 放るボールの精度が回数を重ねる度に明らかに高まってきているのだ。気付けない人間はただのウォーミングアップでしかないと考え、この練習を雑に行ってしまう。ウチの部員でも太一より雑なボールを放ってくるヤツはいる。些細なことではあるが、たったこれだけの練習でも差が出てくるのだ。

「おし、じゃあ太一やってみるか」

「うん」

 集中しているのか、太一は険しい表情のままだった。

「じゃ、いくぞ」

 最初はインサイドからだ。

「……あれ?」

 太一が右足のインサイドで返したボールは俺の胸元には届かず、地面に落ちてしまった。

「いや、全然大丈夫だよ」

 方向的には真っ直ぐ俺の方向に返ってきたのだから、合格点だと俺は判断したが太一は納得いっていない表情だった。……全くの未経験者ならば最初は、空中のボールをダイレクトで返すのではなくワンバウンドしたボールを返すのが普通だから、中々難易度は高いと思う。
 次の太一の返球は高さはちょうど良かったが、俺の右側を通過していった。
 その後も全部で10球行ったが、俺の胸元に返ってきたボールはなかった。……まあ全くの未経験者ならば充分合格点な精度だろう。
 次は左足だ。
 左足の一球目は大きく俺の場所から外れてしまった。

「ごめん、正洋!」

「大丈夫だって、気にすんなよ!……もう少し上体を起こしてリラックスして構えると良いかもな」

 俺は簡単なアドバイスを送った。今までの太一はボールに集中し過ぎてやや前のめりになっていたからだ。

「あー、なるほどね」

 すぐに太一は意味を理解したらしく構えを変えた。力の抜けた良い構えだ。
 その後左足も10球やった。

「あー、ちょっと分かってきたかも。ボールが来るのをなるべく待った方が良いんだね?」

「おお、そうそう!その通りだ!」

 まさか俺の言っていない部分にまで意識が行くとは思ってもいなかった。
 しかしまさに太一の言う通りだ。経験の浅い人間は、焦ってボールが自分のベストの位置に飛んでくるよりも早く蹴ってしまうことが多い。そうなるとフォームも崩れ、足の当たる場所もズレてしまい、結果的に返球は精度を欠くことになってしまう。

「太一って左利きだっけ?」

 どちらかと言うと左足の返球の方が精度が高かったので、俺は尋ねてみた。

「いや……違うと思うよ。手は右だし」

 確かにコイツがいつも右手に箸を持っている姿を思い出した。そして、利き足を断定しないのはそれを判断出来るほどボールを蹴った経験がないということだ。
 太一のフォームを見ていると右と左とではあまり変わらないように見える。左の方が精度が高かったのは純粋に回数を重ねているから、ということだろうか?


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