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17話
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「そんな中途半端な気持ちでやるんなら、やめた方が良いんじゃない?」
太一の声だった。
口調はいつも教室で聞くふわふわしたものだったが、その言葉に俺はドキリとした。
一体今日だけでコイツには何度心因性のダメージを負わせられなければならないのだろうか?……明らかに5年くらいは寿命縮んだと思うんだけど?
「……お前なぁ、何でこんなことになったと思ってるんだよ。謝って済むんならそれでも良いよ。でももう決まっちゃたんだからやるしかないだろ?……ちょっと黙っててくれよ」
流石に俺も太一に対して腹が立ってきた。
中一からの3年以上の付き合いの中で、太一にムカついたことはなかった。本当に一度もなかった。そもそも太一という人間は、何か自分の意見を持っていることが稀なのだ。そんな人間とは対立になりようがない。
だけど今日の太一は異常だ。決して自分の意見を曲げるつもりはない、という意志の固さをとても感じる。
「……ちがうよ正洋、そういうことじゃない」
その時の太一の表情は、先輩たちを挑発した時に豹変した姿とも、いつものふわふわした表情ともまた別のものだった。
優しいけれど、少し寂しく、悔しさの混じった、哀しい表情の意味が俺にはすぐに理解出来なかった。
「勝負は勝負なんだよ。絶対に勝つっていう覚悟を決めなきゃ。……負けたらどうするか、なんて考えているようじゃダメだ。勝つためにどうするかだけを考えるんだよ、ここから勝負までの時間それだけを全力で考えるんだ」
太一の力強い言葉に俺は面食らいつつも、どこか腑に落ちた気がした。
多分これが本来の太一の姿なのだ。勝負というものにそれだけの想いを掛けて臨む……それが将棋で戦ってきた太一の本性なのだ。俺が見てきたいつも寝て過ごしている太一こそが仮の姿なのだ。
横を見るとキャプテンも頷いていた。
そうだな……俺にはまだ先輩たちに勝てるビジョンは見当たらなかったが、勝負に臨む覚悟みたいなものは少し出てきた気がする。
「……分かった、太一の言う通りだな。これから2週間だけだけど、先輩たちに勝てるよう全力を尽くすよ。大事なことを気付かされた気がする。太一、ありがとうな」
けじめとして言った俺の顔を太一は不思議そうな顔で見つめていた。
「え?ちょっと正洋何言ってんの?なんか僕がまるで部外者みたいな言い方じゃん、ヒドイなぁ」
「部外者みたい……って正真正銘太一は部外者以外の何者でもないんだが。え?何?お前もサッカーやるの?」
俺は一種の冗談のつもりで言った。協力したいという意志があることは伝わってきていたが、作戦を考えるだとか何かコイツらしい協力の仕方を考えているのだろうと俺は思っていた。
だが俺の問いに太一は大真面目に頷いた。
「当たり前じゃん!ケンカ売った僕が参加しないなんてことあるわけないじゃん。僕にだってそれくらいの常識はあるんだよ?」
「え……それってお前もピッチに出てゲームに参加するってこと?お前サッカーなんてやったことないだろ?」
「そうだよ。僕も出るよ」
にこやかに太一は微笑んだ。
「……いやいやいや、待て待て!!流石にお前俺たちを舐めすぎだろ?俺たちは確かに弱いけどよ、一応は毎日部活でやってるんだぜ。全然経験のない太一が入ってもマイナスになるだけだって!他のスポーツでバリバリやってる人間だとかならまた別だけどよ……お前めちゃくちゃ運動神経良いわけでもないだろ?」
言いながら、そう言えばコイツの体育の時間ってどんな感じだっけ?と思い出してみたがほとんど印象がなかった。とにかくいつも眠そうにしていた姿しか覚えていない。
「そうかな?サッカーなんてボールをゴールに入れれば良いだけでしょ?そんなに難しくもなさそうだけどね。まだ2週間あるんだし、僕が出来ることは結構あるんじゃないかな?それに、こっちのチームは交代が自由に使えるんだから人数は1人でも多い方が良いんじゃない?」
「……それは、まあ確かに一理あるかもな。……でもよ、お前が頭良いのは知ってるけど、流石にこれは俺たちの闘いだよ」
太一も依然として一歩も引かない姿勢だったが、間に入ったのは今井キャプテンだった。
「二人とももう明日にしようや、暗くなってきたし。実際問題一人でも多い方がこっちは良いわけだしよ、明日川田君も練習に来て考えれば良いんじゃないか?……ここであんまり議論しても他の一年も不安になるだけだろ?とにかく今日はしっかり休んで明日考えようぜ、みんな!」
そうだった。俺は太一との話に夢中になって他の一年の気持ちまで考えていなかった。
とにかくキャプテンの一言で他の1年たちも納得がいったようで、皆着替えて帰り支度を始めた。なんだかんだ言っても大事なところを見ているのが、キャプテンとして選ばれた理由なのかもしれない。
太一の声だった。
口調はいつも教室で聞くふわふわしたものだったが、その言葉に俺はドキリとした。
一体今日だけでコイツには何度心因性のダメージを負わせられなければならないのだろうか?……明らかに5年くらいは寿命縮んだと思うんだけど?
「……お前なぁ、何でこんなことになったと思ってるんだよ。謝って済むんならそれでも良いよ。でももう決まっちゃたんだからやるしかないだろ?……ちょっと黙っててくれよ」
流石に俺も太一に対して腹が立ってきた。
中一からの3年以上の付き合いの中で、太一にムカついたことはなかった。本当に一度もなかった。そもそも太一という人間は、何か自分の意見を持っていることが稀なのだ。そんな人間とは対立になりようがない。
だけど今日の太一は異常だ。決して自分の意見を曲げるつもりはない、という意志の固さをとても感じる。
「……ちがうよ正洋、そういうことじゃない」
その時の太一の表情は、先輩たちを挑発した時に豹変した姿とも、いつものふわふわした表情ともまた別のものだった。
優しいけれど、少し寂しく、悔しさの混じった、哀しい表情の意味が俺にはすぐに理解出来なかった。
「勝負は勝負なんだよ。絶対に勝つっていう覚悟を決めなきゃ。……負けたらどうするか、なんて考えているようじゃダメだ。勝つためにどうするかだけを考えるんだよ、ここから勝負までの時間それだけを全力で考えるんだ」
太一の力強い言葉に俺は面食らいつつも、どこか腑に落ちた気がした。
多分これが本来の太一の姿なのだ。勝負というものにそれだけの想いを掛けて臨む……それが将棋で戦ってきた太一の本性なのだ。俺が見てきたいつも寝て過ごしている太一こそが仮の姿なのだ。
横を見るとキャプテンも頷いていた。
そうだな……俺にはまだ先輩たちに勝てるビジョンは見当たらなかったが、勝負に臨む覚悟みたいなものは少し出てきた気がする。
「……分かった、太一の言う通りだな。これから2週間だけだけど、先輩たちに勝てるよう全力を尽くすよ。大事なことを気付かされた気がする。太一、ありがとうな」
けじめとして言った俺の顔を太一は不思議そうな顔で見つめていた。
「え?ちょっと正洋何言ってんの?なんか僕がまるで部外者みたいな言い方じゃん、ヒドイなぁ」
「部外者みたい……って正真正銘太一は部外者以外の何者でもないんだが。え?何?お前もサッカーやるの?」
俺は一種の冗談のつもりで言った。協力したいという意志があることは伝わってきていたが、作戦を考えるだとか何かコイツらしい協力の仕方を考えているのだろうと俺は思っていた。
だが俺の問いに太一は大真面目に頷いた。
「当たり前じゃん!ケンカ売った僕が参加しないなんてことあるわけないじゃん。僕にだってそれくらいの常識はあるんだよ?」
「え……それってお前もピッチに出てゲームに参加するってこと?お前サッカーなんてやったことないだろ?」
「そうだよ。僕も出るよ」
にこやかに太一は微笑んだ。
「……いやいやいや、待て待て!!流石にお前俺たちを舐めすぎだろ?俺たちは確かに弱いけどよ、一応は毎日部活でやってるんだぜ。全然経験のない太一が入ってもマイナスになるだけだって!他のスポーツでバリバリやってる人間だとかならまた別だけどよ……お前めちゃくちゃ運動神経良いわけでもないだろ?」
言いながら、そう言えばコイツの体育の時間ってどんな感じだっけ?と思い出してみたがほとんど印象がなかった。とにかくいつも眠そうにしていた姿しか覚えていない。
「そうかな?サッカーなんてボールをゴールに入れれば良いだけでしょ?そんなに難しくもなさそうだけどね。まだ2週間あるんだし、僕が出来ることは結構あるんじゃないかな?それに、こっちのチームは交代が自由に使えるんだから人数は1人でも多い方が良いんじゃない?」
「……それは、まあ確かに一理あるかもな。……でもよ、お前が頭良いのは知ってるけど、流石にこれは俺たちの闘いだよ」
太一も依然として一歩も引かない姿勢だったが、間に入ったのは今井キャプテンだった。
「二人とももう明日にしようや、暗くなってきたし。実際問題一人でも多い方がこっちは良いわけだしよ、明日川田君も練習に来て考えれば良いんじゃないか?……ここであんまり議論しても他の一年も不安になるだけだろ?とにかく今日はしっかり休んで明日考えようぜ、みんな!」
そうだった。俺は太一との話に夢中になって他の一年の気持ちまで考えていなかった。
とにかくキャプテンの一言で他の1年たちも納得がいったようで、皆着替えて帰り支度を始めた。なんだかんだ言っても大事なところを見ているのが、キャプテンとして選ばれた理由なのかもしれない。
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