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14話

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「……1年C組の川田太一です」

 太一が突然自己紹介を始めたことに、場の空気は一気に混乱した。

「……おい、太一!どういうつもりだよ?」

 付き合いの長い俺でもさすがに意味が分からなかった。

「だって、まだ名乗ってもいなかったからさ」

 太一は少し恥ずかしそうに俺にそう告げると、再び全員を見渡した。

「先輩たち、ここは一つ勝負をして負けた方が勝った方の要求を呑む、というのはどうでしょうか?」

「勝負?何でそんなことしなきゃならねえんだよ?」

 中野先輩が鼻を鳴らしたが、太一はその程度の反発は想定済みとでも言わんばかりに言葉を続けた。

「もちろん先輩たちが勝ったらサッカー部に籍だけ置いて遊び回れば良いですし、サッカー部の1年は今後先輩たちの言うことを全部聞きます。雑用なんかももちろん承りますよ」

「おいおい、ちょっと待てって!」

 俺が反論するよりも早く、今井キャプテンが悲鳴を挙げた。
 実際にそんなことになれば、1年全員がサッカー部をやめるかもしれない。今の1年がそれに耐えたとしても、来年4月から入ってくる新1年生は誰も入部を希望しないだろう。普段部活に出てこない先輩にいきなりパシリにされることほど、わけの分からないことはないだろう。

「その代わりにです、1年生チームが勝ったら先輩たちといえど、言うことを聞いてもらいます!これでどうでしょう?」

 太一はキャプテンには直接返事をせず、この言葉で先輩たちの反応をうかがった。
(……いや、待て!何で部外者のお前がそんな仕切ってるんだよ!)
 と全力でツッコミたい気持ちは重々あったが、もう事態はそんなことが許される状況ではなくなっていた。

「……勝負ってのは当然サッカーでってことだよな?」

 返事をしたのは今まで黙っていた翔先輩だった。

「もちろん他の方法でも良いですよ」

 にこやかに太一は返すが、この先輩たちがまさか「テストの点数で勝負だ!」とは言い出してこないだろう。

「……サッカーだ。ミニゲームとかで良いだろ?」

「ああ、これで高校生活はずいぶん楽になったも同然だな」

 相槌を打った中野先輩が後ろを振り向くと、岸本先輩たちゼロサムチームの4人も大きくうなずいていた。
 明らかに先輩たちには楽勝ムードが漂っていた。
 それはそうだろう。相手にする1年生たちの実力は毎日一緒に練習して手に取るように分かっているのだ。どう考えても1年生に負けることは有り得ないということが、話し合うまでもなく2年生側の共通認識として成り立っているということだ。
ボールは丸いんだからサッカーには運の要素も勿論あるが、それが勝敗を左右するのは実力が相当拮抗した場合だ。
 エースの翔先輩はこの弱小チームに相応しくない実力者だが、その他の先輩たちも皆レギュラーだ。もちん強豪校で真剣にサッカーに取り組んでいる人間とは比較にはならないレベルではあるが、うちの1年生はさらに貧弱なのだ。多少の運でどうこうなるレベルにはない。。
 どう考えても1年に負けることはないだろう……という先輩たちの判断は俺から見ても妥当なものに思えた。

「おい、川田だっけ?……で、それいつにするんだよ?」
 
 翔先輩が意外に冷静な表情で太一に尋ねた。
 どういう思考回路になっているのか分からないが、翔先輩は具体的な目標が見えればそれを遂行するために全力を尽くすという職人タイプの人間なのかもしれない。

「2週間後でどうでしょう?今日は水曜日なので、ちょうど2週間後の水曜です」

「……良いだろう。俺たちは6人だから、そっちからも6人出してのミニゲームだ。時間は……15分ハーフくらいで良いだろう。ハンデとしてそっちは幾らでも交代使って良いぞ」

「分かりました。僕はサッカーのことは分からないので先輩方にお任せしますね!」

 太一がニコニコと対応して全てを決めてしまった。

「で……サッカー部じゃないお前のことも当然パシリに使って良いんだよな?」

 横から中野先輩が太一に向かって意地の悪い声を掛けた。

「もちろんです、いつ何時でもお呼び出し下されば先輩の下に駆け付けます!」

 太一がニッコリと微笑んだ。
 いや、お前学校で寝てない時の方が珍しいじゃん!先輩のパシリなんて出来る訳ないだろ!

「オッケー、じゃあ2週間後楽しみにしてるぜ。……今井、そういうわけだからよろしくな!」

 翔先輩はそう言い残すと、引き留めようとする今井キャプテンには目もくれずズカズカと校門の方に向かって歩き出した。
 その様子を見ていたスマホゲームチームの4人の先輩たちも、着替えを済ませると帰宅の途についた。そのウキウキした足取りは、17時からの『ゼロサム』の特別イベントだけでなく、今後の学校生活においての楽しみが増えそうだ……という予感がそうさせたのだろう。


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