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26話 良明と真智のもっと過去②
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それから何日か、小学生の俺と米倉は放課後の図書室で夢中で話し合った。
お互いの書く最初の小説をどんな内容のものにするか、ということについてである。
米倉の方はハリーポッターみたいなファンタジー冒険ものを書こうとしていて、俺は推理もののアイデアを幾つか思い付いていた。
でも俺は自分の思い付いたアイデアを米倉にも完全には話さなかった。
ただ推理ものを書こうと思うとだけ話し、キャラクターや設定の幾つかは明かしたが、肝心の事件の内容やトリックに関してはまだまだこれから煮詰めていく……という態度を唯一の協力者である米倉にも取ったのだった。
小学生ながら本当に性格の悪いガキだったとも思うが、しかしサービス精神からの行動だったということも理解して欲しい。最初の読者である米倉をあっと驚かせてみたかったのだ。
アイデアは考えれば考えるほど浮かんできた。今振り返ればそれはどこかで読んだ推理小説や推理マンガの安易なパクリではあるが、当時の俺はそれを上手く変形して隠せていると自信満々だった。初めて読んだ米倉の驚いた顔、称賛の声が見えてくるようだった。
そして俺はそのアイデアをより強固に固め、小説としての体裁を完璧に整えるために禁断の手段を取った。
自分の父親にそれを見せアドバイスを求めたのである。
父親は大学の教授だった。どこの国のどの作家を扱っていたのかは忘れたが外国文学を専門とする大学教授だったのだ。子供の頃からしつこく「本を読め」と言われ、名作文学ばかりを押し付けられてきたのもそのためだ。
俺はもちろんそんな父親のことが好きではなかったが、それでも米倉を驚かせるためにアドバイスを求める人物としては最適だろう、という安心感があった。こっちには最強のラスボスが付いているんだぜ! というような感覚だろうか。
結果的にはそれが良くなかった。
俺は自分のアイデアをノートにまとめて父親に見てもらった。
父親の書斎に入るのはその時が初めてだった。無口でいつも気難しい顔をしている父親のことが俺は怖かった。嫌いというよりも何を考えているのか分からない怖さが勝っていた。
でもその時はなぜか間違いなく褒めてくれる! と確信していた。
いつも「本を読め」「良い本を読め」と顔を合わせればそれしか言わないような父親だった。
そう言い続けてきた息子が自分で本を書こうとしているのだ。もちろん俺はまだ小学生だし、初めて書いたものだから稚拙な点は沢山あるだろう。でも何かを書こうとするその姿勢、一歩踏み出したことは間違いなく喜んでくれるだろう! それこそが父親の言う通り今まで本を読んできた立派な成果なのではないか。
ぼんやりとそう楽観的に思っていたから俺は自筆のノートを父親に見せるなどという愚挙に出たのだろう。
「何だこれは?」
俺の書いたノートに一通り目を通した後、父親は不審気に俺を見た。
ロクすっぽ読みもせず否定されたならまだ希望は残っていたかもしれない。父親がそれをしなかったのは彼の職業病みたいなものだったのだろう。文章には必ず目を通しそれを評価する。大学教授だった父親にはそれが染み付いていた。
「あの、今度小説を書いてみようと思って。何かアドバイスがあったら……」
俺の声は緊張で震えていた。何を考えているか分からない恐怖の対象である父親に面と向かわなければならない状況、という意味もあった。
でもそれよりも、自分が書いたものを生まれて初めて誰かに見せる、その緊張が勝っていたと思う。
「……お前にはまだ早い。もっと良い本をたくさん読んでからだ」
それだけ言うと父親は自分の仕事を再開するため机に向き直った。
それから数日して米倉は自分の処女作を俺に見せてきた。
内容はほとんど忘れてしまったが、もちろん今読めばそれは大した作品ではないだろう。そもそも原稿用紙20枚程度の長さしかなかった。
一方の俺は父親の対応がショックで俺は一気に創作意欲を失くしていた。思い付いたアイデアを形にすることがとても怖くなって書き続けることが出来なくなっていた。
俺は完全な敗北感を覚えた。俺には俺のやむを得ない事情があった。でもそんなのは関係ない。米倉はきちんと作品として完成させたのだ。俺の完全な敗北だった。
もちろん小学生の俺はその気持ちを素直に表して米倉を褒め称えるようなことは出来なかった。そもそも推理ものとファンタジー作品では書き上げる難易度が全然違う! 米倉の作品はどこかで見たものと似ている! たったこれだけの分量じゃ小説を書いたとは言えない!
……そんな風に色々と難癖をつけてくさしていた(今思えば俺のカリスマレビュワーとしての才能はこの頃から顕著だったのかもしれない)。
でも心の中では完全敗北を認めていた。どんな事情があるにしろきちんと書き上げた者の方が圧倒的に正しいのだ。
それから放課後の図書室で米倉と会う機会は徐々に減っていった。俺が意識的にそれを減らしたというのが主な理由だ。
そうこうしているうちに小学校を卒業し2人で会う機会はなくなった。小学生から中学生になり環境が大きく変わったというのもあるし、思春期になり他者の視線をさらに強く意識するようになったというのもある。
しかしもちろんその後も俺は米倉のことを意識していた。米倉が中学時代に自作の執筆をどれほど続けていたのかは知らないが、感想文や作文のコンクールで競い合っていたことは先述した通りだ。
「でもさ、私が初めて書いたお話しを見せた時、キミは『絶対書き続けた方が良い』って言ってくれたんだよ? だから私は今まで小説を書き続けてこれた……」
曇っていた米倉の表情はいつの間にか晴れていた。
ニコリと微笑んだ彼女の瞳に吸い込まれそうな気がした。
お互いの書く最初の小説をどんな内容のものにするか、ということについてである。
米倉の方はハリーポッターみたいなファンタジー冒険ものを書こうとしていて、俺は推理もののアイデアを幾つか思い付いていた。
でも俺は自分の思い付いたアイデアを米倉にも完全には話さなかった。
ただ推理ものを書こうと思うとだけ話し、キャラクターや設定の幾つかは明かしたが、肝心の事件の内容やトリックに関してはまだまだこれから煮詰めていく……という態度を唯一の協力者である米倉にも取ったのだった。
小学生ながら本当に性格の悪いガキだったとも思うが、しかしサービス精神からの行動だったということも理解して欲しい。最初の読者である米倉をあっと驚かせてみたかったのだ。
アイデアは考えれば考えるほど浮かんできた。今振り返ればそれはどこかで読んだ推理小説や推理マンガの安易なパクリではあるが、当時の俺はそれを上手く変形して隠せていると自信満々だった。初めて読んだ米倉の驚いた顔、称賛の声が見えてくるようだった。
そして俺はそのアイデアをより強固に固め、小説としての体裁を完璧に整えるために禁断の手段を取った。
自分の父親にそれを見せアドバイスを求めたのである。
父親は大学の教授だった。どこの国のどの作家を扱っていたのかは忘れたが外国文学を専門とする大学教授だったのだ。子供の頃からしつこく「本を読め」と言われ、名作文学ばかりを押し付けられてきたのもそのためだ。
俺はもちろんそんな父親のことが好きではなかったが、それでも米倉を驚かせるためにアドバイスを求める人物としては最適だろう、という安心感があった。こっちには最強のラスボスが付いているんだぜ! というような感覚だろうか。
結果的にはそれが良くなかった。
俺は自分のアイデアをノートにまとめて父親に見てもらった。
父親の書斎に入るのはその時が初めてだった。無口でいつも気難しい顔をしている父親のことが俺は怖かった。嫌いというよりも何を考えているのか分からない怖さが勝っていた。
でもその時はなぜか間違いなく褒めてくれる! と確信していた。
いつも「本を読め」「良い本を読め」と顔を合わせればそれしか言わないような父親だった。
そう言い続けてきた息子が自分で本を書こうとしているのだ。もちろん俺はまだ小学生だし、初めて書いたものだから稚拙な点は沢山あるだろう。でも何かを書こうとするその姿勢、一歩踏み出したことは間違いなく喜んでくれるだろう! それこそが父親の言う通り今まで本を読んできた立派な成果なのではないか。
ぼんやりとそう楽観的に思っていたから俺は自筆のノートを父親に見せるなどという愚挙に出たのだろう。
「何だこれは?」
俺の書いたノートに一通り目を通した後、父親は不審気に俺を見た。
ロクすっぽ読みもせず否定されたならまだ希望は残っていたかもしれない。父親がそれをしなかったのは彼の職業病みたいなものだったのだろう。文章には必ず目を通しそれを評価する。大学教授だった父親にはそれが染み付いていた。
「あの、今度小説を書いてみようと思って。何かアドバイスがあったら……」
俺の声は緊張で震えていた。何を考えているか分からない恐怖の対象である父親に面と向かわなければならない状況、という意味もあった。
でもそれよりも、自分が書いたものを生まれて初めて誰かに見せる、その緊張が勝っていたと思う。
「……お前にはまだ早い。もっと良い本をたくさん読んでからだ」
それだけ言うと父親は自分の仕事を再開するため机に向き直った。
それから数日して米倉は自分の処女作を俺に見せてきた。
内容はほとんど忘れてしまったが、もちろん今読めばそれは大した作品ではないだろう。そもそも原稿用紙20枚程度の長さしかなかった。
一方の俺は父親の対応がショックで俺は一気に創作意欲を失くしていた。思い付いたアイデアを形にすることがとても怖くなって書き続けることが出来なくなっていた。
俺は完全な敗北感を覚えた。俺には俺のやむを得ない事情があった。でもそんなのは関係ない。米倉はきちんと作品として完成させたのだ。俺の完全な敗北だった。
もちろん小学生の俺はその気持ちを素直に表して米倉を褒め称えるようなことは出来なかった。そもそも推理ものとファンタジー作品では書き上げる難易度が全然違う! 米倉の作品はどこかで見たものと似ている! たったこれだけの分量じゃ小説を書いたとは言えない!
……そんな風に色々と難癖をつけてくさしていた(今思えば俺のカリスマレビュワーとしての才能はこの頃から顕著だったのかもしれない)。
でも心の中では完全敗北を認めていた。どんな事情があるにしろきちんと書き上げた者の方が圧倒的に正しいのだ。
それから放課後の図書室で米倉と会う機会は徐々に減っていった。俺が意識的にそれを減らしたというのが主な理由だ。
そうこうしているうちに小学校を卒業し2人で会う機会はなくなった。小学生から中学生になり環境が大きく変わったというのもあるし、思春期になり他者の視線をさらに強く意識するようになったというのもある。
しかしもちろんその後も俺は米倉のことを意識していた。米倉が中学時代に自作の執筆をどれほど続けていたのかは知らないが、感想文や作文のコンクールで競い合っていたことは先述した通りだ。
「でもさ、私が初めて書いたお話しを見せた時、キミは『絶対書き続けた方が良い』って言ってくれたんだよ? だから私は今まで小説を書き続けてこれた……」
曇っていた米倉の表情はいつの間にか晴れていた。
ニコリと微笑んだ彼女の瞳に吸い込まれそうな気がした。
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