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20話 良明の過去①
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「瞳~、練習終わったらラーメン食べに行こうよ!」
「……わかったわよ。じゃあもう終わりで良いのね?」
「え? まだまだ。あと一本だけ!」
「ちょっとアンタ、さっきから何回『あと一本だけ』って言ってんのよ!」
それは高3の時だった。
季節は今と同じくらいの春から夏になる頃。放課後の体育館を俺がなぜわざわざ覗いていたのか、今となっては理由もはっきりとは思い出せない。
部活はとっくに終わっていたのだが、草田可南子と赤城瞳は居残ってずっと1on1(?)というのだろうか? 1対1の練習をずっとやっていた。
俺だってもちろん体育でバスケをしたこともあるし、他の人間がやっているのを見たこともあるが、経験者が本気でやっているのをこれだけ間近で見るのは初めてだった。その物珍しさが俺の足を止めさせたのかもしれない。
2人の迫力とキレ、そして洗練された身のこなしに俺は目を奪われた。バッシュが床をこするキュッキュッという音が不自然なほど大きく聞こえた。
ウチの高校の女バスはまあまあの強くて、県大会でも良いところまで行くレベルだと聞いた。夏休みには大会があってそれが終われば3年生は部活を引退する筈だ(小中高と部活というものに一切の縁がなかった俺には遠い世界の話のように思えたが)。
まあとにかく2人がこれだけ熱を帯びた居残り練習をしているのは、高校の部活の集大成という意味があるのだろう。そう理解すると俺は2人の練習をコソコソ陰から見ていることにどこか罪悪感を覚え、その場を離れた。
もちろん俺は2人のことは以前から知っていた。
1年生からバスケ部のレギュラーになったということで2人はよく話題になっていたからだ。おまけに容姿端麗で屈託ない性格……まあ俺だけでなくほとんどの人間が彼女たちのことは知っていたと思う。
つまり俺が2人のことを偏執的に注目していたというよりも、俺のようなド陰キャにまで知れ渡るほど彼女たちの存在は我が高校において輝いていた、と捉えてもらうのが正確だろう。
でもその日に何か特別なことがあったわけじゃない。
ああいう存在の女子たちがいるんだ……俺にとってはその程度の感想しか抱きようがなかった。
でもそれから2人のこと……特に草田可南子のことを見かけると俺は目で追うようになっていた。
部活以外の時も彼女の周りにはいつも人が沢山いた。周囲の女子は常に「可南子、可南子~」って彼女のことを求めていたし、彼女もいつもそれに応えてキャハキャハ笑っていた。
一体何が面白くてああいう人間たちはあんなにも頻繁に笑うのだろうか? 時々彼女たちの話に耳を傾けてみたこともあるが、俺にはまるで理解出来なかった。
彼女の周囲に集まるのは女子だけではなかった。
同じクラスの男子だけでなく、他のクラス、他の学年の男子たちも彼女に何とか話しかけ、自分を知ってもらおうとしているように見えた。
そういう時の男子というものはどこかカッコ付けているというか、腹に一物含んで自分を大きく見せようとしているというか……とにかくそうした姿勢が俺にはありありと見えた。
高校デビューだとか大学デビューだとか、とにかく自分をカッコ良く大きく見せようとする態度に対して俺が嫌悪感を抱くのは、こうした連中を散々目にしてきたからかもしれない。
思春期の男子たちの中にはそうやってそれとなくアピールする連中だけでなく、もっと積極的に彼女にアプローチを掛ける男子も存在したようだ。
やれ『サッカー部のキャプテンが草田可南子に告白した!』『野球部のエースがデートに誘った!』だのという噂は底辺ド陰キャの俺にまで流れてきた。そして誘った男がフラれたという噂までがセットで流れてくるその度に、俺はどこか胸を撫で下ろしたものだった。
別に俺が彼女をどうこう出来るなんていうつもりは微塵もなかった。胸を撫で下ろしたのは思い上がっていたそいつらがフラれる様を想像して溜飲を下げたというだけに過ぎない。
まあとにかく彼女の周りにはいつも人が沢山いた。
でも彼女自身はいつもフラットだった。いつも明るく元気でエネルギーに満ち溢れていた(興味のない授業の際はよく寝ているというのも噂で聞いたが)。
だけど常に元気で明るい人間という存在は恐らくフィクションでしかないのだろう。
「あの子はいつも元気で明るくて優しくて本当に良い子だよ!」という評価は、そう評した者の主観的なものでしかないってことだ。本当の姿なんてものがあるとすれば、周りの人間よりも本人の方が幾分その姿について多くを知っているだろう。
俺が彼女の明るく元気でない姿を見たのは、夏休みが終わり、長い残暑も過ぎ、陽が陰るのも早まってきた秋の頃だった。
それは高校から最寄り駅までの道のり。ちょっとだけ脇道に入った小さな公園だった。
その日俺がその公園に足を踏み入れたのも偶然だった。
にゃおん~。
その直前、俺は一匹の黒猫にその公園に誘われたのだった。帰り道の商店街で目が合うとソイツは俺に、付いてくるように、と声をかけてきた。
猫というのは言うまでもなく人間よりも上位の存在だ。他の人間どもに言われたとしても俺は自分の帰路を優先させただろうが、猫……それもツヤツヤの毛並みをした黒猫に命ぜられては従うしかない。
俺は黒猫様の仰せのままに後を付いていき、その小さな公園に足を踏み入れた。
「……わかったわよ。じゃあもう終わりで良いのね?」
「え? まだまだ。あと一本だけ!」
「ちょっとアンタ、さっきから何回『あと一本だけ』って言ってんのよ!」
それは高3の時だった。
季節は今と同じくらいの春から夏になる頃。放課後の体育館を俺がなぜわざわざ覗いていたのか、今となっては理由もはっきりとは思い出せない。
部活はとっくに終わっていたのだが、草田可南子と赤城瞳は居残ってずっと1on1(?)というのだろうか? 1対1の練習をずっとやっていた。
俺だってもちろん体育でバスケをしたこともあるし、他の人間がやっているのを見たこともあるが、経験者が本気でやっているのをこれだけ間近で見るのは初めてだった。その物珍しさが俺の足を止めさせたのかもしれない。
2人の迫力とキレ、そして洗練された身のこなしに俺は目を奪われた。バッシュが床をこするキュッキュッという音が不自然なほど大きく聞こえた。
ウチの高校の女バスはまあまあの強くて、県大会でも良いところまで行くレベルだと聞いた。夏休みには大会があってそれが終われば3年生は部活を引退する筈だ(小中高と部活というものに一切の縁がなかった俺には遠い世界の話のように思えたが)。
まあとにかく2人がこれだけ熱を帯びた居残り練習をしているのは、高校の部活の集大成という意味があるのだろう。そう理解すると俺は2人の練習をコソコソ陰から見ていることにどこか罪悪感を覚え、その場を離れた。
もちろん俺は2人のことは以前から知っていた。
1年生からバスケ部のレギュラーになったということで2人はよく話題になっていたからだ。おまけに容姿端麗で屈託ない性格……まあ俺だけでなくほとんどの人間が彼女たちのことは知っていたと思う。
つまり俺が2人のことを偏執的に注目していたというよりも、俺のようなド陰キャにまで知れ渡るほど彼女たちの存在は我が高校において輝いていた、と捉えてもらうのが正確だろう。
でもその日に何か特別なことがあったわけじゃない。
ああいう存在の女子たちがいるんだ……俺にとってはその程度の感想しか抱きようがなかった。
でもそれから2人のこと……特に草田可南子のことを見かけると俺は目で追うようになっていた。
部活以外の時も彼女の周りにはいつも人が沢山いた。周囲の女子は常に「可南子、可南子~」って彼女のことを求めていたし、彼女もいつもそれに応えてキャハキャハ笑っていた。
一体何が面白くてああいう人間たちはあんなにも頻繁に笑うのだろうか? 時々彼女たちの話に耳を傾けてみたこともあるが、俺にはまるで理解出来なかった。
彼女の周囲に集まるのは女子だけではなかった。
同じクラスの男子だけでなく、他のクラス、他の学年の男子たちも彼女に何とか話しかけ、自分を知ってもらおうとしているように見えた。
そういう時の男子というものはどこかカッコ付けているというか、腹に一物含んで自分を大きく見せようとしているというか……とにかくそうした姿勢が俺にはありありと見えた。
高校デビューだとか大学デビューだとか、とにかく自分をカッコ良く大きく見せようとする態度に対して俺が嫌悪感を抱くのは、こうした連中を散々目にしてきたからかもしれない。
思春期の男子たちの中にはそうやってそれとなくアピールする連中だけでなく、もっと積極的に彼女にアプローチを掛ける男子も存在したようだ。
やれ『サッカー部のキャプテンが草田可南子に告白した!』『野球部のエースがデートに誘った!』だのという噂は底辺ド陰キャの俺にまで流れてきた。そして誘った男がフラれたという噂までがセットで流れてくるその度に、俺はどこか胸を撫で下ろしたものだった。
別に俺が彼女をどうこう出来るなんていうつもりは微塵もなかった。胸を撫で下ろしたのは思い上がっていたそいつらがフラれる様を想像して溜飲を下げたというだけに過ぎない。
まあとにかく彼女の周りにはいつも人が沢山いた。
でも彼女自身はいつもフラットだった。いつも明るく元気でエネルギーに満ち溢れていた(興味のない授業の際はよく寝ているというのも噂で聞いたが)。
だけど常に元気で明るい人間という存在は恐らくフィクションでしかないのだろう。
「あの子はいつも元気で明るくて優しくて本当に良い子だよ!」という評価は、そう評した者の主観的なものでしかないってことだ。本当の姿なんてものがあるとすれば、周りの人間よりも本人の方が幾分その姿について多くを知っているだろう。
俺が彼女の明るく元気でない姿を見たのは、夏休みが終わり、長い残暑も過ぎ、陽が陰るのも早まってきた秋の頃だった。
それは高校から最寄り駅までの道のり。ちょっとだけ脇道に入った小さな公園だった。
その日俺がその公園に足を踏み入れたのも偶然だった。
にゃおん~。
その直前、俺は一匹の黒猫にその公園に誘われたのだった。帰り道の商店街で目が合うとソイツは俺に、付いてくるように、と声をかけてきた。
猫というのは言うまでもなく人間よりも上位の存在だ。他の人間どもに言われたとしても俺は自分の帰路を優先させただろうが、猫……それもツヤツヤの毛並みをした黒猫に命ぜられては従うしかない。
俺は黒猫様の仰せのままに後を付いていき、その小さな公園に足を踏み入れた。
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