3 / 29
3話 昼休み
しおりを挟む
もちろん俺だって最初からこんな活動をしていたわけではない。
俺にはネット小説にハマり出した頃から、ほとんどの作品の良かった点と改善すべき点というのがなぜかはっきりと見えていた。才能なんて言葉を安易に使うべきではないが、俺の場合は才能という他ないだろう。
だけど最初の頃はコメントを残すこともなどしなかった。
だって俺は単なる高校生だ。偉そうにアドバイスのコメントを送るなんて流石におこがましい。
それこそ最初のコメントは「面白かったです。次話も楽しみです!」くらいのありきたりなものだったと思う。そんなコメントですら送るのには緊張した。無反応だったらどうしよう? 作者が嫌な気持ちになったらどうしよう? 本気で心配したものだ。
だけど実際に作者からお礼を言われたり、俺のアドバイスによって作品にポジティブな変化が見えるようになると、その快感は何物にも替え難いものになっていった。
(お、コメント返って来てるな)
先ほどコメントを送った作品だった。
午前中の講義は終わり昼休みに入っていた。俺は1人コンビニで買ったサンドイッチを食べながらスマホを開いた。
「コメントありがとうございます! あの高名な『slt―1000』先生にコメント頂けるとは光栄です。コメントの内容もおっしゃる通りです。実はこの部分に関しては作者の自分としても迷いが生じていたところでして…………」
『slt―1000』というアカウント名はアカウントを作る際にランダムに出てきたものをそのまま使用したもので、俺が意図的に付けたものではないのだが、いつの間にかこの界隈では「1000人分の価値のあるアカウント」などと呼ばれているようだ。
(良かった良かった。素直に受け止めてくれたようで! )
カリスマレビュワーなどと持ち上げられているが、俺だっていまだに作者にアドバイスのコメントを送る時には緊張する。
自分のセンスを疑ったことは一度もないが、いくら正しい意見だとしてもそれが作者にとって本当に良いことなのかは難しいところだからだ。趣味で楽しく書いている作者にムリヤリ質を上げるようなアドバイスを送ることは、どちらにとっても不快でしかないことだろう。
だけど、本当にアドバイスを必要としている作家も実在する。
実際に何人もの作者から「アドバイスを実践したら書籍化出来ました!」と感謝されたこともあるのだ。そうした作家が俺のアカウント名『slt―1000』を出してくれたことで、俺は自分の意に反しカリスマレビュワーとしてこの界隈で持ち上げられるようになってしまったのだ。
「ねぇ、瞳~! そういえば昨日のキミヒト観た?」
「あ~、観た観た。面白かったね」
昼休みを終え午後の講義のために教室に入ると、例の2人の話し声がまた聞こえてきた。草田可南子と赤城瞳だ。
そういえばこの時間の講義は毎週一緒になっていたような気がする。
「ね~、超泣けるよね! 私今週はヤバかったもん!」
「あ~、私も今週は泣きそうになったわ」
……まったく、午前もあれだけはしゃいていたのに午後になっても相変わらず元気だ。彼女たちはエネルギーが有り余っているのだろう。その点に関しては少しだけ羨ましくなる。
話題に出てきたキミヒト、というのは今大人気の『君の瞳の中に』という連続ドラマだ。
配信のサブスクドラマが隆盛となった昨今に地上波のテレビドラマがこれだけ話題になるのは珍しいことだ。
俺も毎週録画して観ているが、実際よく出来たドラマだと思う。
俺は何も毎日ネット小説だけを読んでいるわけではない。
カリスマレビュワーたるものネット小説以外の様々なエンタメにも触れなくてはダメなのだ。そうでなくてはバランス感覚を失ってしまう。
「ね~、やっぱ脚本が良いよね!? 昨日の告白のシーンのセリフなんか今思い出しても泣きそうになるもん!」
草田可南子の方がわけ知り顔で言い放った一言に思わず笑ってしまいそうになった。
いかにも陽キャというか、陽の当たる坂道を歩いてきた一軍体育会系女子に脚本の良し悪しが分かるとでも言うのだろうか? 片腹痛いわ!
「あ~ね、わかるわかる」
対する赤城瞳の方のやや投げやりな相槌は別に腹が立たなかった。
……うん。君らはそれくらいのテンションでいてくれ。
「ね、でもさ、何か脚本とかを書く人ってカッコよくない? 表に出てる俳優さんとかももちろんカッコいいけどさ、それよりも裏から全てを操るフィクサーみたいでさ」
「あ~ね、わかる。『職業なんですか?』って訊かれて『脚本書いてます』とか『作家です』とか答えられたらめっちゃオッ! ってなるよね?」
「マジそれ! 一回で良いから『作家やってます』って言ってみたいよね~。一発当てたら印税で大儲けだろうしな。良いよね~」
「そんなら可南子書いてみれば良いじゃん。アンタ現代文結構得意じゃん?」
「そっか、今からなれば良いのか! やるか!」
その言葉でオチが付いたようだった。
2人はキャハキャハと笑うと、先ほど昼休みに食べたパンケーキの話から、次はどこの店に行きたい……という話題に移っていった。
(バ~カ、そんな甘い世界じゃねえよ!)
俺は心の中で一応ツッコんでおいた。
作家になれば印税でガッポリなんていう時代はとうの昔の話で、今は運良くプロになれたって作家専業で食っていける人間なんてのはさらにその中でもごくごく一部だ。
そもそもそんな簡単にベストセラーが出せるのならば誰も苦労はしない。
金を儲けたければ宝くじでも買った方が可能性という意味ではまだ現実的だ。
まぁ、ああいう連中は一晩寝れば今日そんな会話をしたことすらも忘れているのだろう。それで構わない。
俺にはネット小説にハマり出した頃から、ほとんどの作品の良かった点と改善すべき点というのがなぜかはっきりと見えていた。才能なんて言葉を安易に使うべきではないが、俺の場合は才能という他ないだろう。
だけど最初の頃はコメントを残すこともなどしなかった。
だって俺は単なる高校生だ。偉そうにアドバイスのコメントを送るなんて流石におこがましい。
それこそ最初のコメントは「面白かったです。次話も楽しみです!」くらいのありきたりなものだったと思う。そんなコメントですら送るのには緊張した。無反応だったらどうしよう? 作者が嫌な気持ちになったらどうしよう? 本気で心配したものだ。
だけど実際に作者からお礼を言われたり、俺のアドバイスによって作品にポジティブな変化が見えるようになると、その快感は何物にも替え難いものになっていった。
(お、コメント返って来てるな)
先ほどコメントを送った作品だった。
午前中の講義は終わり昼休みに入っていた。俺は1人コンビニで買ったサンドイッチを食べながらスマホを開いた。
「コメントありがとうございます! あの高名な『slt―1000』先生にコメント頂けるとは光栄です。コメントの内容もおっしゃる通りです。実はこの部分に関しては作者の自分としても迷いが生じていたところでして…………」
『slt―1000』というアカウント名はアカウントを作る際にランダムに出てきたものをそのまま使用したもので、俺が意図的に付けたものではないのだが、いつの間にかこの界隈では「1000人分の価値のあるアカウント」などと呼ばれているようだ。
(良かった良かった。素直に受け止めてくれたようで! )
カリスマレビュワーなどと持ち上げられているが、俺だっていまだに作者にアドバイスのコメントを送る時には緊張する。
自分のセンスを疑ったことは一度もないが、いくら正しい意見だとしてもそれが作者にとって本当に良いことなのかは難しいところだからだ。趣味で楽しく書いている作者にムリヤリ質を上げるようなアドバイスを送ることは、どちらにとっても不快でしかないことだろう。
だけど、本当にアドバイスを必要としている作家も実在する。
実際に何人もの作者から「アドバイスを実践したら書籍化出来ました!」と感謝されたこともあるのだ。そうした作家が俺のアカウント名『slt―1000』を出してくれたことで、俺は自分の意に反しカリスマレビュワーとしてこの界隈で持ち上げられるようになってしまったのだ。
「ねぇ、瞳~! そういえば昨日のキミヒト観た?」
「あ~、観た観た。面白かったね」
昼休みを終え午後の講義のために教室に入ると、例の2人の話し声がまた聞こえてきた。草田可南子と赤城瞳だ。
そういえばこの時間の講義は毎週一緒になっていたような気がする。
「ね~、超泣けるよね! 私今週はヤバかったもん!」
「あ~、私も今週は泣きそうになったわ」
……まったく、午前もあれだけはしゃいていたのに午後になっても相変わらず元気だ。彼女たちはエネルギーが有り余っているのだろう。その点に関しては少しだけ羨ましくなる。
話題に出てきたキミヒト、というのは今大人気の『君の瞳の中に』という連続ドラマだ。
配信のサブスクドラマが隆盛となった昨今に地上波のテレビドラマがこれだけ話題になるのは珍しいことだ。
俺も毎週録画して観ているが、実際よく出来たドラマだと思う。
俺は何も毎日ネット小説だけを読んでいるわけではない。
カリスマレビュワーたるものネット小説以外の様々なエンタメにも触れなくてはダメなのだ。そうでなくてはバランス感覚を失ってしまう。
「ね~、やっぱ脚本が良いよね!? 昨日の告白のシーンのセリフなんか今思い出しても泣きそうになるもん!」
草田可南子の方がわけ知り顔で言い放った一言に思わず笑ってしまいそうになった。
いかにも陽キャというか、陽の当たる坂道を歩いてきた一軍体育会系女子に脚本の良し悪しが分かるとでも言うのだろうか? 片腹痛いわ!
「あ~ね、わかるわかる」
対する赤城瞳の方のやや投げやりな相槌は別に腹が立たなかった。
……うん。君らはそれくらいのテンションでいてくれ。
「ね、でもさ、何か脚本とかを書く人ってカッコよくない? 表に出てる俳優さんとかももちろんカッコいいけどさ、それよりも裏から全てを操るフィクサーみたいでさ」
「あ~ね、わかる。『職業なんですか?』って訊かれて『脚本書いてます』とか『作家です』とか答えられたらめっちゃオッ! ってなるよね?」
「マジそれ! 一回で良いから『作家やってます』って言ってみたいよね~。一発当てたら印税で大儲けだろうしな。良いよね~」
「そんなら可南子書いてみれば良いじゃん。アンタ現代文結構得意じゃん?」
「そっか、今からなれば良いのか! やるか!」
その言葉でオチが付いたようだった。
2人はキャハキャハと笑うと、先ほど昼休みに食べたパンケーキの話から、次はどこの店に行きたい……という話題に移っていった。
(バ~カ、そんな甘い世界じゃねえよ!)
俺は心の中で一応ツッコんでおいた。
作家になれば印税でガッポリなんていう時代はとうの昔の話で、今は運良くプロになれたって作家専業で食っていける人間なんてのはさらにその中でもごくごく一部だ。
そもそもそんな簡単にベストセラーが出せるのならば誰も苦労はしない。
金を儲けたければ宝くじでも買った方が可能性という意味ではまだ現実的だ。
まぁ、ああいう連中は一晩寝れば今日そんな会話をしたことすらも忘れているのだろう。それで構わない。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

三姉妹の姉達は、弟の俺に甘すぎる!
佐々木雄太
青春
四月——
新たに高校生になった有村敦也。
二つ隣町の高校に通う事になったのだが、
そこでは、予想外の出来事が起こった。
本来、いるはずのない同じ歳の三人の姉が、同じ教室にいた。
長女・唯【ゆい】
次女・里菜【りな】
三女・咲弥【さや】
この三人の姉に甘やかされる敦也にとって、
高校デビューするはずだった、初日。
敦也の高校三年間は、地獄の運命へと導かれるのであった。
カクヨム・小説家になろうでも好評連載中!
百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話
釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。
文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

Color4
dupi94
青春
高校一年生の岡本行雄は、自分のすべてから目を背けるほどの事故から始まった悲惨な中学時代を経て、新たなスタートを心待ちにしていた。すべてが順調に始まったと思ったそのとき、彼は教室に懐かしい顔ぶれを見つけました。全員が異なる挨拶をしており、何が起こったのかについての記憶がまだ残っています。ユキオは、前に進みたいなら、まず自分の過去と向き合わなければならないことを知っていました。新しい友達の助けを借りて、彼は幼なじみとの間の壊れた絆を修復するプロセスを開始しました。
僕とやっちゃん
山中聡士
青春
高校2年生の浅野タケシは、クラスで浮いた存在。彼がひそかに思いを寄せるのは、クラスの誰もが憧れるキョウちゃんこと、坂本京香だ。
ある日、タケシは同じくクラスで浮いた存在の内田靖子、通称やっちゃんに「キョウちゃんのこと、好きなんでしょ?」と声をかけられる。
読書好きのタケシとやっちゃんは、たちまち意気投合。
やっちゃんとの出会いをきっかけに、タケシの日常は変わり始める。
これは、ちょっと変わった高校生たちの、ちょっと変わった青春物語。
百合を食(は)む
転生新語
ライト文芸
とある南の地方の女子校である、中学校が舞台。ヒロインの家はお金持ち。今年(二〇二二年)、中学三年生。ヒロインが小学生だった頃から、今年の六月までの出来事を語っていきます。
好きなものは食べてみたい。ちょっとだけ倫理から外(はず)れたお話です。なおアルファポリス掲載に際し、感染病に関する記載を一部、変更しています。
この作品はカクヨム、小説家になろうにも投稿しています。二〇二二年六月に完結済みです。
ネットで出会った最強ゲーマーは人見知りなコミュ障で俺だけに懐いてくる美少女でした
黒足袋
青春
インターネット上で†吸血鬼†を自称する最強ゲーマー・ヴァンピィ。
日向太陽はそんなヴァンピィとネット越しに交流する日々を楽しみながら、いつかリアルで会ってみたいと思っていた。
ある日彼はヴァンピィの正体が引きこもり不登校のクラスメイトの少女・月詠夜宵だと知ることになる。
人気コンシューマーゲームである魔法人形(マドール)の実力者として君臨し、ネットの世界で称賛されていた夜宵だが、リアルでは友達もおらず初対面の相手とまともに喋れない人見知りのコミュ障だった。
そんな夜宵はネット上で仲の良かった太陽にだけは心を開き、外の世界へ一緒に出かけようという彼の誘いを受け、不器用ながら交流を始めていく。
太陽も世間知らずで危なっかしい夜宵を守りながら二人の距離は徐々に近づいていく。
青春インターネットラブコメ! ここに開幕!
※表紙イラストは佐倉ツバメ様(@sakura_tsubame)に描いていただきました。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる