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31話 キックボクシング

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 一旦距離を取った俺と允生だったが、今度は允生みつおがすぐに仕掛けてきた。
 コイツもいつもの無駄口が減ってきている。
 そしてそれは、コイツも目の前のケンカだけに……身体の反応だけに集中しているということなのだろう。

 ジャブを一度見せてから、允生は強く踏み込んできた。
 ワンツーだ!
 何度も見ているその攻撃に、俺の身体も自動的に反応する。
 ジャブをパリングし、今度は右ストレートも左手でその場でパリングすることが出来た!
 よし、ここで反撃だ……

「ぐ……」

 だがパリングした允生の右ストレートは明らかに威力が軽いものだった。
 そして反撃だ……と思った瞬間、俺は意識の外からの攻撃を食らってふらついた。

「おっと。ちょっと浅かったか? ワンツースリーなんてのは基本のコンビネーションだぜ?ガリ勉君。これくらいは初歩の初歩だからな。覚えておけよな」

 クソ!またべらべらと喋るヤツが戻ってきた。
 ワンツーの後に続けて3発目の左フックを放つ。……たしかに聞いたことのあるコンビネーションだった。
 左のジャブ、右ストレートという真っ直ぐのパンチに対して慣れていた俺は横からのパンチである左フックに対してまるで反応出来なかった。
 しかし允生が言うように少し当たりが浅かったことが幸いしたようだ。こめかみの辺りに直撃していたら一発でKOされていただろう。

(クソ、やはりコイツの方が経験、技術ともに数段上だ……)

 分かっていたことではあるが、改めて認めないわけにはいかなかった。
 パンチ・キックの種類の多彩さ、反応……どう考えても允生の方が上だった。まともにやりあったらこの間の二の舞になることは明らかだ。

(だが、手がないわけじゃない……)
 
 俺はこの2週間自分がやってきたことを思い出した。

「へえ、まだまだやる気じゃん?ガリ勉君。……頭良いんだからもっと諦めが早いかと思ってたけど、意外とそうでもないんだな? 」 

「それがバカの発想なんだよ。……勉強も闘いだ。諦めが早いヤツがいい成績なんか残せるわけないだろ? 」

「へえ。そうなんだ。おもしろいじゃん」

 今度はゆっくりした動きで允生が近付いてきた。
 一瞬虚を突かれた俺が油断した瞬間に、今度は左のミドルキックが飛んできた。

「……ぐ」

 ゆっくりした動きからの急な速度の変化。予備動作のないミドルキックに俺は虚を突かれた。幸いガードの上からだったので致命傷にはならなかったが、それでも自分の腕越しの衝撃に息が詰まった。もろに食らっていたら肋骨が逝っていただろう。

(とにかくこの距離はダメだ……)

 中間距離のパンチとキックのやり合いでは允生の技術と経験に太刀打ち出来ない。俺は大きくバックステップをして距離を取った。

「……おいおい、ガリ勉君。どこまで行くんだよ?もう降参するのか? 」

 允生のからかう声に俺は答えを返さなかった。
 依然として取り続けたファイティングポーズがその答えだ。

(大丈夫だ、勝機はまだある……)

 俺は今一度自分にそう声を掛けた。



 この2週間、允生への対策として俺は動画サイトで沢山の格闘技の映像を見た。
 允生の動きはキックボクサーというものに近いように思えたのだ。
 キックボクシング。文字通りリング内でパンチとキックで相手を倒しあう格闘技で、日本では依然として根強い人気がある。
 さっきも言った通り允生の技の多彩さ・反応……コイツに格闘技の経験があるかは定かではないが、たしかにこれだけの技術モノを持っていれば素人同士のヤンキーのケンカでは無双だろう。
 当然俺も同じ土俵に立ってしまえば、勝ち目はほとんどない。 
 だが勝機が全くないわけではない。そのためにまずは相手の土俵になるべく立たないことだ。

 こうして中間距離での打ち合いを避け、広く距離を取るのも一つの作戦だ。
 俺の足で3歩ほど、やや遠い距離を取っていたところで今度は俺から仕掛けた。
 170センチ代前半の允生に対し、俺の方がやや身長が高い。おまけに俺は手脚が長い。リーチにおいては俺に少し分があるということだ。
 遠い間合いから大きくステップインして俺はワンツーを放った。
 だが間合いが遠い分、允生にも反応する余裕がある。允生はスウェーをしてワンツーを後ろにかわした。
 ……と思った所で、俺の3発目の攻撃が允生のアゴを捉えた。
 允生がかわすことを予測していた俺は、右ストレートからもう一度左足を踏み込みジャブを当てたのだ。

「……なるほど、流石ガリ勉君。さっきの俺のコンビネーションから学習したってわけか」

「そうだな」

 允生の言う通りだ。さっき允生に食らったワンツースリー。最後の左フックをジャブに替えて応用したものだった。 
 
 俺の一撃で火が点いたかのように允生の表情が変わり、再び猛然と踏み込んできた。
 今度も俺は大きくバックステップをして距離をとったが、允生もそれを予想していたのだろう。ジャブ、右ストレート、左フックというワンツースリーの後にさらに踏み込んできた。
 ガシャン。
 背中が屋上のフェンスに当たった音がして、俺は初めてそこまで追い込まれていたことに気付いた。
 
「……ぐ」

 左フックの後、さらにパンチが来ると思ってガードを上げた俺の予測を裏切り、允生が放ってきたのは右のミドルキックだった。もろに脇腹に入り、俺は息が詰まった。
 だが、うずくまったらそれはその時点で負けを意味する。
 そこからさらに追撃が来ると予想した俺はフェンスの金網を後ろに蹴り、今度は前に突進した。
 大事なのは中間距離にいないことだ。遠い距離がムリならこうしてムリヤリ前に出て距離を潰すしかない。
 戸惑った允生がパンチを出してきたが、潰れた至近距離からのものではほとんど威力はなかった。

(もらった! )

 接近した俺は允生の両肩を掴んだ。その肩は予想通り俺よりも華奢なものだった。

「ぐ……」

 だがその瞬間允生は俺の腹に膝蹴りを打ってきた。
 ……そうか、キックボクシングにはパンチ・キックだけでなく接近しての膝蹴りもあったな……。
 腹の痛みに崩れ落ちそうになるが、允生の膝が地面に戻された瞬間、俺は允生の両肩に置いた手に力を込めた。
 そして自分の右半身を捻り右足を允生の右足の後ろに引っ掛けると、思い切り軸足を払い、腰で腰を払うように允生の身体を投げたのだった。


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