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23話 決着

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(クソ、何かもう一つでも手があればな……)

 俺が勝つには飯山の攻撃をかわし続けることが前提だが、それをクリアしたとしても仕留める攻撃がこちらになければ最終的には勝てない。
 右の手首は依然としてジンジンと痛んだ。アキラを倒した右ストレートは使えそうもない。フェイントにはなるかもしれないが攻撃には使えないだろう。

(蹴りか……)

 左は威力の弱いジャブのみ。右ストレートは振れない。ならば足による攻撃しかない。それは誰でも思い付くであろう自然な考えだった。
 だが俺は蹴りというものに自信がなかった。

 蹴り自体はさっき飯山を突き放す時にも使ったし、アキラ戦の最後でも放った(あれは結局蜂屋さんに止められてしまったが)。まして俺はサッカー部だったのだから蹴りの専門家とも言える。
 だが話はそう単純でもない……らしい。

 もちろん俺もアキラ戦の前から自分に蹴りが使えないか検討した。
 だが調べれば調べるほど、蹴りを実戦で使うのは難しそうだという結論に至った。
 動画を見て俺も蹴りを練習してみた。蹴りにも色々な種類があるようだが、基本となるのは身体を回転させながら放つ回し蹴りだろう。蹴る高さによってハイキック・ミドルキック・ローキックと分けられる。
 しかし蹴りというのはパンチに比べかなり複雑な動作なのだ……ということは自分で練習してみて実感したことだ。バランスを保つのが難しいし、素人の蹴りは予備動作も大きく相手にすぐ察知されてしまう。やはりきちんと効果的な蹴りを放つのは容易ではないようだ。
 しかも蹴りはリスクが大きい。蹴り足を掴まれてしまってはその時点で転がされる可能性が高いし、渾身の回し蹴りは避けられただけで相手に自分の背中を向けることにもなりかねない。
 ……とあるヤンキー漫画にもそんなことが書いてあった。だから男なら拳で勝負だろ!と続いていたのがいかにもヤンキー漫画らしい根性論に思えたが、蹴りのリスクについては理に適っていると思わされた。
 とにかく俺はアキラ戦で蹴りを使うことを諦めたのだった。



 ふと屋上の入口のドアに張り付くようにして見守っている蜂屋さんの顔が目に入った。
 不安そうな表情はしていたが冷静な眼差しだった。俺の勝利を疑ってはいないのだろうか?あるいは、俺が負けても別に構わないと思っているのだろうか?……俺は別にそれでも構わなかった。蜂屋さんが俺に肩入れし過ぎて、飯山が俺を倒した後に彼女にまで危害を加えるようなことにだけはなって欲しくなかった。

(……ま、やるしかないんじゃないか? )

 大した威力でなくとも飯山を攪乱するくらいにはなるかもしれない。俺は思い付いた作戦をとりあえず実行してみることにした。何にしろ思い付いたことは試してみるしか今の俺には状況を打開する術は無いのだ。



 俺は今までと同様の構えを取った。視線は飯山の顔を正面から見据えたままだ。
 左足を一歩踏み込みジャブを放つ。
 だが踏み込みが浅く飯山には届かなかった。

「おい、ガリ勉。どうした?ビビッて腰が引けてるぞ! 」

 飯山の得意気な声が響いた。

(……いや、これで良い)

 今度ももう一度同じような距離で俺はジャブを放った。当然のように届かない。

 ビシ。

 今度は手応えがあった。……正確には足応えとも言うべきか?
 俺はジャブをフェイントに見せて蹴りを飯山に当てたのだ。
 ローキック。
 相手の脚を狙う蹴りだ。俺は左のジャブを最初に見せておいて、本命の狙いである右のローキックを飯山の左ももに当てたのだ。

「効かんぞ、そんな蹴り! 」

 飯山の声が響き、そのまま突進してきた。
 今度もすんでの所で俺はサイドステップを踏み何とか回避した。
 ローキックは地味な技だ。一発でKOを狙えるような技ではない。
 再び向き直った俺は、今度は右ストレートを放った。俺の右拳はいまだ握れない状態だ。だからこれもフェイントだ。
 右ストレートは飯山の鼻先を30センチ手前の空を切ったが、飯山もそれを手で叩き落とそうとする動作を見せた。
 ビシ。
 続いて当たったのは右の拳ではなく、今度は左のローキックだ。左足のローキックが飯山の右の太ももを捉えたのだ。
 一発目の右のローキックが入った時点で飯山にもローキックが来るかもしれないということはインプットはされていたはずだ。だが人間の本能的な反応として、どうしても目の前に来たパンチに反応してしまう。一方で顔から遠い足元というのはどうしても反応が遅れてしまうものらしい。
 おまけに距離の違いもある。腕よりも脚の方が長い。俺は飯山の攻撃範囲の外から攻撃が出来るのだ。飯山は自分が攻撃する際の瞬発力はあるが、反応に関してはイマイチのようだ。

 ビシ。
 戸惑った飯山が体勢を立て直す前に、俺は間髪入れず3発目のローキックを当てた。
 怒った飯山が反撃の突進を試みるが俺はすでにその距離にはいない。

「テメェ!いい加減にしろ!!! 」

 飯山がついにキレたようだ。大きな声を上げた。
 もちろんキレたからといってケンカが強くなるわけではない。俺は4発目のローキックを当てて飯山の間合いの外に出た。

「クソがぁ!!!」

 飯山がまた突進してきたが、そのスピードは最初の時とは比べ物にならないくらい鈍重なものだった。ローキック1発ずつは小さなものでも、蓄積したダメージは確実に飯山の出足を潰していた。




「……クソ、俺の……負けだ……」

 10発以上のローキックを当てたところで飯山はついにギブアップを宣言した。
 息も絶え絶えといった感じで飯山が床に寝転ぶ。 
 何だかケンカに勝ったというよりも、マラソンに勝ったような気分だった。
 もちろん俺も限界だった。
 飯山のぶちかましに対する警戒は心理的に消耗したし、そもそも一連のヒット&アウェイ作戦を実行するための心肺機能もキツかったが、一番キツかったのは蹴っているこちらの足だった。俺は事前に蹴り足を鍛えていたわけではないのだ。足の甲も足首もスネもジンジンと痛んだ。
 利き足の右の方が痛んだのは、やはり多少威力が強かったということなのだろう。

 俺も飯山の隣に大の字になって寝転んだ。
 もう夏の色をした空がとても高く見えた。

 
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