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8話 コイツら、何か知っているのか?

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「九条君……」

「ああ、蜂屋さん……」

 気付くと昼休みになっていた。5月らしからぬジメジメとした曇り空だった。
 いつの間にか俺は例の如く西校舎屋上に来ていた。もうほぼ無意識のうちの行動だ。
 のび太がいなくなり、蜂屋さんと2人になってからは食堂で昼食を共にすることもなくなっていた。もちろん俺たちモブキャラの行動など誰も注視してはいないのだろうが、人の目が多く集まるところがなぜかとても苦手に思えてきたのだ。
 こうして屋上で2人で向かい合うのも随分と久しぶりのことのような気がした。

 3日ほど前に俺は思い切った行動に出た。自分としては生まれて初めてと言っていいほどの勇気を振り絞った行動だった。
 のび太の家を調べ上げその自宅を訪ねてみたのだった。
 のび太とは中学からのだから、かれこれ3年以上の付き合いになるわけだが一度もアイツの家に行ったことはなかった。……今にして振り返ってみれば、アイツは自分の家のことをあまり知られたくなかったようにも思えた。
 もしかして貧しい家庭なのだろうか?……などと想像して辿り着いた海堂家は、ウチの倍は立派な家だった。
 その威厳に圧倒された俺はビビりながらもなんとかチャイムを押した。
 3度ほどインターホンを押しても誰も出て来なかった。次でダメなら帰ろうと決めて押した4度目でようやくガチャリと受話器の音が鳴った。

「……しつこいんだけど、いい加減にしてもらえません? 」

 インターホンに出てきたのは、のび太の母親だった。
 ひどく憔悴した、何もかもが煩わしいというような声に聞こえた。
 俺は慌てて謝罪し、自分がのび太の親友であること、急に彼と連絡が取れなくなったこと、彼が今どうしているのかを知りたい……といったことを早口でまくし立てた。

「……心配してくれてありがとう。のび太は大きく体調を崩してしまって、学校を続けられるような状態ではないの。これはウチの家庭の事情だから理解してくれると助かるわ。あなたがのび太の親友ならお願い出来るわよね? 」

 のび太の母親の声は、礼儀正しくはあるがひどく冷たい言い方に聞こえた。
 俺はせめて一言だけでものび太と話すことは出来ないだろうか、と食い下がった。

「ごめんなさいね。あの子は今、人と話せるような状態ではないの……。でも命に別条があるようなものでもないの。また状態が落ち着いたらのび太の方から連絡させるから、それまで待っていて下さるかしら? 」

 そう言うとインターホンは一方的に切られたのだった。
 母親の絶対零度の口調を前に、もう1度呼び鈴を鳴らす勇気は俺にはなかった。



「そうでしたか……でも少なくとも海堂さんの命に別状があったり、家庭の事情で急に引っ越したり……そんな事態ではなさそうですね……」

 蜂屋さんの言葉に俺はハッとさせられた。
 確かにその通りだ。
 俺はのび太と連絡が取れないこと、黙って姿を消したことばかりに気を取られていた。
 のび太の母親の言葉によると、少なくともアイツは生きて自室に居る、というのは確かなのだろう。それがせめてもの救いだ。

 蜂屋さんは俺の話を一通り聞いてふむふむと頷いていたが、やがて話題を変えるかのように大きく息を吸い込んで話し始めた。

「それでですね、九条君。……実は私の方でも、海堂さんのクラスの女子から少し気になる情報を聞くことが出来たのですが……」

 だがその時、屋上の鉄扉がガチャリと音を立てて開いた。



「かあ~、シケた天気してやがんなぁ、ったくよぉ! 」

 ガチャリと屋上の鉄扉が開くと、ひどく耳障りな声が聞こえてきた。
 久世くぜアキラの声だった。
 驚いて振り向くとアキラ、飯山、三井允生みついみつおのヤンキー3人衆が揃っていた。
 その内の1人、飯山と眼が合った。
 飯山は180センチ、100キロ近いであろう巨漢だ。飯山が俺を認識してニヤリと笑うと、その細い眼はさらに細くなった。
 
「よお、仲良くイチャついてたんかよ?陰キャ同士でお似合いだな!でも学校であんまりエロいことするのはやめとけよ! 」
 
 飯山の下卑た声に、これまたアキラが下卑た笑い声を添える。

「バ~カ、やめとけよ」

 それを三井允生がたしなめた。顔には例のニヤケ顔が貼り付いていた。
 俺は汚い野次を飛ばしてきた2人よりも、それを止めてくれたはずの允生になぜかどうしようもない反感を抱いた。

「よお、ガリ勉君。今日は2人なんだな。いっつももう1人いなかったか? 」

「…………」

 どう反応すべきか俺は分からなかった。允生はどこまでのび太の存在を認識しているのだろう?

「允生君、コイツらと一緒にいたのって……ホラ、アイツじゃん? 」

 アキラの声は明らかに気付いた上での挑発的なものだった。
 それに合わせ、「あっ! 」と今そのことに気付いたかのようなわざとらしい表情を3人ともが作った。
 一瞬にして俺の頭に血が上る。
 だが、俺よりも先に前に出たのは隣にいた蜂屋さんだった。

「あの、あなたたちは海堂さんがいないことを分かった上で言っていますよね……?純粋に疑問なのですが、あなたたちは本当に人間なのでしょうか?とても人の心があるようには思えないのですが……もしかして人に似た何か別の生き物さんなのではないでしょうか? 」

「お~コワ!お嬢ちゃん、それはかなりの差別発言だぜ?今のご時世だとコンプラ的にかなり危ないんじゃないのか?それとも俺たちヤンキー相手なら何を言っても許されると思ってたんか? 」

 允生がニヤケ顔を一切崩すことなく首をすくめて大袈裟に怖がったフリをした。
 允生の演技を見てアキラと飯山は爆笑した。

「蜂屋さん……やめとこう」

 どうやら一連のやり取りは、沸騰しかけた俺の頭を冷ます程度の効果はあったようだ。

「なあ……もしかして君らは海堂のび太ついて何か知っているのか? 」

 俺は冷静に允生に尋ねることが出来た。

「い~や、残念ながら俺たちは何も知らないんだな。逆に聞きたいんだが、そんな名も知らぬ陰キャのことをなぜ俺たちが知ってると思ったんだい、ガリ勉君? 」

「……理由はない。念のためだ。悪く思うな……行こうか、蜂屋さん」

 コイツらと一緒の空間に居ても気分が悪くなるだけだ。
 俺は何とか蜂屋さんの手を引き西校舎屋上を後にした。

「おー、おー、手なんか繋いじゃってさ! 」

 その後ろからまた飯山の下卑た声が響いた。


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