7 / 34
7話 喪失
しおりを挟む
長かったテスト週間も明日で終わる。慶光を目指す俺にとってはこの学校の定期テストは正直言って手ぬるい。退屈な1週間だった。
『のび太、明日の打ち上げの店はどこにする? 』
テスト最終日の前夜、俺は少し焦れてのび太にメッセージを送っていた。見飽きたはずのあの顔も1週間見ないだけで恋しく思えてくるのが、少し悔しかった。
『悪い……明日は行けそうもない。蜂屋さんと楽しんできてくれ。俺は少し先に全クリしちゃったみたいだわ。お前は慶光行ってボーナスステージも思いっ切り遊んで来いよ。一足先に行って待ってるから』
少し経ってから返ってきたメールはそんな文面だった。
はて……?
のび太はいつも丁寧でとても分かりやすい文章を書くが、この文章はどういう意味なのかイマイチ掴みかねた。
『いや、だから店はどこにするんだよ?お前が決めないならこっちで決めちゃうぞ? 』
だがいくら待ってみてもそれに対する返信はなかった。……まあアイツもテスト勉強で疲れているのだろう。時刻はもう0時を回っていた。もう寝てしまっているのだろう。
まあ別に特段急ぐことでもない。明日は久しぶりに3人で集い、どこかでケーキでも食べるのだ。しかもその時には面倒だった中間テストも過去に過ぎ去っているのだ。
俺はテストがそれほど歯応えがないものだと言ったが、それでも当然多少のストレスにはなっている。緊張と緩和。ストレスがあるから解放された喜びも強く感じられるものだ。
明日の喜びを想像しながら俺は心地良い眠りについた。
キーンコーンカーンコーン。
最終日のテスト終了を告げるチャイムが鳴った。……ようやくもようやく、といった感じだ。
「九条君……テストは、どうでしたか? 」
「ああ、まあまあ出来たと思うよ。あ、そう言えば、のび太の野郎が特に店を挙げてこないんだけど……蜂屋さんの方でどっか行きたい店はある? 」
俺たちだけでなく、周囲の誰もがテストから解放された喜びを確かめ合っていた。テンションが上がって叫び出したくなってしまうのを皆抑えているといった感じだろうか。例のヤンキー3人衆でさえ大人しくしていた。
「おーし、みんな一回席に付け! 」
担任の佐津川先生が野太い声を響かせながら教室に入ってきた。
皆黙ってそれに従う。こういう時のクラスはとても統制が取れているものだ。誰しも一刻も早くホームルームを済ませて教室から解放されたいのだ。
「中間テスト、お疲れ様だったな。……テストから解放されて嬉しいのは分かるけれど、明日も授業があるからな。あまり羽目を外し過ぎるなよ」
佐津川先生は普段は快活というか、うるさいくらいの先生だ。
いつもより少しだけ控え目なトーンが気になったが……そうか、テストがあったということは、これから採点地獄が待っているわけで、先生方にとってはテストの終わりは必ずしも解放ではないわけだ。
……だがまあ、生徒である我々にとってはそんなこと知ったこっちゃない!我々は我々の自由を満喫する権利があるのだ!
結局2人で隣の栄町まで行きケーキバイキングを食べた。
蜂屋さんと2人っきりでデートじゃん……などとという甘い響きの喜びよりも、のび太がいない違和感の方が大きく落ち着かなかった。
2人で大学に入ったら何をしたい?という話をして少しだけ盛り上がった。同じ慶光大学でも俺は経営系の学部、蜂屋さんは文学部を志望している。蜂屋さんもまだあまり明確な大学生活をイメージしているわけではなさそうだった。
甘いケーキを沢山食べて若干の胸やけを起こして、その日は早めに帰宅した。3人だったらきっとその後どこかに遊びにいっていたことだろう。
『おい、のび太!結局蜂屋さんと2人で隣町のケーキバイキングでしこたまケーキを
食べてきたぞ!羨ましいだろ!テストが終わって疲れてるとは思うが、また明日からは昼休み3人で集まるんだぞ、良いな? 』
夕方早めにのび太にメッセージを送ったが、既読の文字は付かなかった。
一体どうなっているのだろうか?単にアイツのスマホの故障だろうか?
俺はのび太とのメッセージのやり取りを見返してみた。
……いや、まさかな。もしかして、俺と蜂屋さんをくっつけようとして余計な気を回しているのではないだろうか?とふと思った。
そんなんじゃねえぞ、のび太!
もちろん蜂屋さんのことが嫌いなわけではないけれど、この3人で俺たちは関係性を構築してきたのだ。そこから誰かが増えたり欠けたりするというのは想像も出来なかった。
翌日は小雨が降っていた。
テストの開放感は昨日だけ。また今日から勉強に集中し直さねば。
すぐにチャイムが鳴り、佐津川先生がホームルームのために教室に入ってきた。
起立!礼!
いつもの日常はあまりにいつもの日常だった。
テストが終わった瞬間の喜びを想像していた時の、浮かれてソワソワしていた気持ちがまるで嘘のようだった。
周りのクラスメイトたちもまるで判で押したかのようにいつもの日常を取り戻していた。……ひょっとしてモブキャラなのは俺たちじゃなくて、コイツらなのではないかと勘違いするほどだった。
だが俺たちの日常はすでに大きく違ってきてしまっていた。
3人のうちの1人がいないのだ。まるで大きな喪失感だった。
もちろん俺は何度ものび太にメッセージを送った。
だが既読すら付かない。焦れた俺は電話もしてみた。通話したことなんて中学からの付き合いの中で多分一度もなかったのにだ。だが発信すらきちんと出来ない状態だった。
一体どうなっているのだろうか?何か俺がのび太を怒らせてしまうようなことを気付かぬうちにしてしまったのだろうか?とも思った。
それなら幾らでも謝るし、必要なら土下座でも何でもするから、アイツの顔が見たかった。
もちろん隣のクラスの人間……のび太のクラスメイトにも聞いてみた。
やはり中間テスト最終日から、のび太は一切学校に姿を現していないとのことだった。一応は病欠ということらしかったが、その前までのび太に体調不良の様子などは見られなかったとのことだ。
そもそも話を聞いても隣のクラスのヤツらは、のび太のことにさして興味がなさそうな感じがした。のび太もモブキャラに徹してきたことの弊害かもしれなかった。
そんな状態が1週間ほど続いた。
そこでようやくタイミングが合ったので、俺は思い切って隣のクラスの担任である西山先生に「海堂のび太はどうなっているんですか? 」と尋ねた。
そして返ってきた答えは「ああ、海堂君はご家庭の事情で退学したぞ」といういかにも事務的なものだった。
『のび太、明日の打ち上げの店はどこにする? 』
テスト最終日の前夜、俺は少し焦れてのび太にメッセージを送っていた。見飽きたはずのあの顔も1週間見ないだけで恋しく思えてくるのが、少し悔しかった。
『悪い……明日は行けそうもない。蜂屋さんと楽しんできてくれ。俺は少し先に全クリしちゃったみたいだわ。お前は慶光行ってボーナスステージも思いっ切り遊んで来いよ。一足先に行って待ってるから』
少し経ってから返ってきたメールはそんな文面だった。
はて……?
のび太はいつも丁寧でとても分かりやすい文章を書くが、この文章はどういう意味なのかイマイチ掴みかねた。
『いや、だから店はどこにするんだよ?お前が決めないならこっちで決めちゃうぞ? 』
だがいくら待ってみてもそれに対する返信はなかった。……まあアイツもテスト勉強で疲れているのだろう。時刻はもう0時を回っていた。もう寝てしまっているのだろう。
まあ別に特段急ぐことでもない。明日は久しぶりに3人で集い、どこかでケーキでも食べるのだ。しかもその時には面倒だった中間テストも過去に過ぎ去っているのだ。
俺はテストがそれほど歯応えがないものだと言ったが、それでも当然多少のストレスにはなっている。緊張と緩和。ストレスがあるから解放された喜びも強く感じられるものだ。
明日の喜びを想像しながら俺は心地良い眠りについた。
キーンコーンカーンコーン。
最終日のテスト終了を告げるチャイムが鳴った。……ようやくもようやく、といった感じだ。
「九条君……テストは、どうでしたか? 」
「ああ、まあまあ出来たと思うよ。あ、そう言えば、のび太の野郎が特に店を挙げてこないんだけど……蜂屋さんの方でどっか行きたい店はある? 」
俺たちだけでなく、周囲の誰もがテストから解放された喜びを確かめ合っていた。テンションが上がって叫び出したくなってしまうのを皆抑えているといった感じだろうか。例のヤンキー3人衆でさえ大人しくしていた。
「おーし、みんな一回席に付け! 」
担任の佐津川先生が野太い声を響かせながら教室に入ってきた。
皆黙ってそれに従う。こういう時のクラスはとても統制が取れているものだ。誰しも一刻も早くホームルームを済ませて教室から解放されたいのだ。
「中間テスト、お疲れ様だったな。……テストから解放されて嬉しいのは分かるけれど、明日も授業があるからな。あまり羽目を外し過ぎるなよ」
佐津川先生は普段は快活というか、うるさいくらいの先生だ。
いつもより少しだけ控え目なトーンが気になったが……そうか、テストがあったということは、これから採点地獄が待っているわけで、先生方にとってはテストの終わりは必ずしも解放ではないわけだ。
……だがまあ、生徒である我々にとってはそんなこと知ったこっちゃない!我々は我々の自由を満喫する権利があるのだ!
結局2人で隣の栄町まで行きケーキバイキングを食べた。
蜂屋さんと2人っきりでデートじゃん……などとという甘い響きの喜びよりも、のび太がいない違和感の方が大きく落ち着かなかった。
2人で大学に入ったら何をしたい?という話をして少しだけ盛り上がった。同じ慶光大学でも俺は経営系の学部、蜂屋さんは文学部を志望している。蜂屋さんもまだあまり明確な大学生活をイメージしているわけではなさそうだった。
甘いケーキを沢山食べて若干の胸やけを起こして、その日は早めに帰宅した。3人だったらきっとその後どこかに遊びにいっていたことだろう。
『おい、のび太!結局蜂屋さんと2人で隣町のケーキバイキングでしこたまケーキを
食べてきたぞ!羨ましいだろ!テストが終わって疲れてるとは思うが、また明日からは昼休み3人で集まるんだぞ、良いな? 』
夕方早めにのび太にメッセージを送ったが、既読の文字は付かなかった。
一体どうなっているのだろうか?単にアイツのスマホの故障だろうか?
俺はのび太とのメッセージのやり取りを見返してみた。
……いや、まさかな。もしかして、俺と蜂屋さんをくっつけようとして余計な気を回しているのではないだろうか?とふと思った。
そんなんじゃねえぞ、のび太!
もちろん蜂屋さんのことが嫌いなわけではないけれど、この3人で俺たちは関係性を構築してきたのだ。そこから誰かが増えたり欠けたりするというのは想像も出来なかった。
翌日は小雨が降っていた。
テストの開放感は昨日だけ。また今日から勉強に集中し直さねば。
すぐにチャイムが鳴り、佐津川先生がホームルームのために教室に入ってきた。
起立!礼!
いつもの日常はあまりにいつもの日常だった。
テストが終わった瞬間の喜びを想像していた時の、浮かれてソワソワしていた気持ちがまるで嘘のようだった。
周りのクラスメイトたちもまるで判で押したかのようにいつもの日常を取り戻していた。……ひょっとしてモブキャラなのは俺たちじゃなくて、コイツらなのではないかと勘違いするほどだった。
だが俺たちの日常はすでに大きく違ってきてしまっていた。
3人のうちの1人がいないのだ。まるで大きな喪失感だった。
もちろん俺は何度ものび太にメッセージを送った。
だが既読すら付かない。焦れた俺は電話もしてみた。通話したことなんて中学からの付き合いの中で多分一度もなかったのにだ。だが発信すらきちんと出来ない状態だった。
一体どうなっているのだろうか?何か俺がのび太を怒らせてしまうようなことを気付かぬうちにしてしまったのだろうか?とも思った。
それなら幾らでも謝るし、必要なら土下座でも何でもするから、アイツの顔が見たかった。
もちろん隣のクラスの人間……のび太のクラスメイトにも聞いてみた。
やはり中間テスト最終日から、のび太は一切学校に姿を現していないとのことだった。一応は病欠ということらしかったが、その前までのび太に体調不良の様子などは見られなかったとのことだ。
そもそも話を聞いても隣のクラスのヤツらは、のび太のことにさして興味がなさそうな感じがした。のび太もモブキャラに徹してきたことの弊害かもしれなかった。
そんな状態が1週間ほど続いた。
そこでようやくタイミングが合ったので、俺は思い切って隣のクラスの担任である西山先生に「海堂のび太はどうなっているんですか? 」と尋ねた。
そして返ってきた答えは「ああ、海堂君はご家庭の事情で退学したぞ」といういかにも事務的なものだった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
真夏の温泉物語
矢木羽研
青春
山奥の温泉にのんびり浸かっていた俺の前に現れた謎の少女は何者……?ちょっとエッチ(R15)で切ない、真夏の白昼夢。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
おてんばプロレスの女神たち ~男子で、女子大生で、女子プロレスラーのジュリーという生き方~
ちひろ
青春
おてんば女子大学初の“男子の女子大生”ジュリー。憧れの大学生活では想定外のジレンマを抱えながらも、涼子先輩が立ち上げた女子プロレスごっこ団体・おてんばプロレスで開花し、地元のプロレスファン(特にオッさん連中!)をとりこに。青春派プロレスノベル「おてんばプロレスの女神たち」のアナザーストーリー。
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
最高の楽園〜私が過ごした3年間の場所〜
Himeri
青春
あなたにとって、1番安心できる場所はどこですか?一緒にいて1番安心できる人は誰ですか?
両親からも見捨てられ、親友にも裏切られた主人公「川峰美香」は中学デビューをしようと張り切っていた。
そして、学園一最高で最強の教師「桜山莉緒」と出会う。
果たして、美香の人生はどんなものになるのか⁉︎性格真逆の2人の物語が始まる
私のなかの、なにか
ちがさき紗季
青春
中学三年生の二月のある朝、川奈莉子の両親は消えた。叔母の曜子に引き取られて、大切に育てられるが、心に刻まれた深い傷は癒えない。そればかりか両親失踪事件をあざ笑う同級生によって、ネットに残酷な書きこみが連鎖し、対人恐怖症になって引きこもる。
やがて自分のなかに芽生える〝なにか〟に気づく莉子。かつては気持ちを満たす幸せの象徴だったそれが、不穏な負の象徴に変化しているのを自覚する。同時に両親が大好きだったビートルズの名曲『Something』を聴くことすらできなくなる。
春が訪れる。曜子の勧めで、独自の教育方針の私立高校に入学。修と咲南に出会い、音楽を通じてどこかに生きているはずの両親に想いを届けようと考えはじめる。
大学一年の夏、莉子は修と再会する。特別な歌声と特異の音域を持つ莉子の才能に気づいていた修の熱心な説得により、ふたたび歌うようになる。その後、修はネットの音楽配信サービスに楽曲をアップロードする。間もなく、二人の世界が動きはじめた。
大手レコード会社の新人発掘プロデューサー澤と出会い、修とともにライブに出演する。しかし、両親の失踪以来、莉子のなかに巣食う不穏な〝なにか〟が膨張し、大勢の観客を前にしてパニックに陥り、倒れてしまう。それでも奮起し、ぎりぎりのメンタルで歌いつづけるものの、さらに難題がのしかかる。音楽フェスのオープニングアクトの出演が決定した。直後、おぼろげに悟る両親の死によって希望を失いつつあった莉子は、プレッシャーからついに心が折れ、プロデビューを辞退するも、曜子から耳を疑う内容の電話を受ける。それは、両親が生きている、という信じがたい話だった。
歌えなくなった莉子は、葛藤や混乱と闘いながら――。
静かに過ごしたい冬馬君が学園のマドンナに好かれてしまった件について
おとら@ 書籍発売中
青春
この物語は、とある理由から目立ちたくないぼっちの少年の成長物語である
そんなある日、少年は不良に絡まれている女子を助けてしまったが……。
なんと、彼女は学園のマドンナだった……!
こうして平穏に過ごしたい少年の生活は一変することになる。
彼女を避けていたが、度々遭遇してしまう。
そんな中、少年は次第に彼女に惹かれていく……。
そして助けられた少女もまた……。
二人の青春、そして成長物語をご覧ください。
※中盤から甘々にご注意を。
※性描写ありは保険です。
他サイトにも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる