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6話 モブキャラ生存戦略
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「あれだ、昨日は悪かったな」
三井允生の思わぬ謝罪の言葉に俺は当惑した。
「……ああ。なに、全然気にするなよ!……と俺が言っていいことでもないか……」
まさかコイツが謝ってくるとは想像もしていなかったので、一瞬浮かれた返事をしてしまいそうになったが、そもそも直接の被害者は俺ではないのだ。
怖い思いをしたのは蜂屋奈々子の方だし、もっと直接的な被害を受けたのはカツアゲを食らった名も知らぬ1年生2人だ。
「いや、アキラと飯山にも校内でのカンパの強要はやめとけ、って散々言っているんだけどな。我が菫坂高校の生徒を守るために存在している梵具会が、ウチの生徒たち自身に迷惑を掛けるようになっちゃあ本末転倒だよな……」
「……おい、昨日のは本当にその梵具会とやらの活動費に充てるつもりだったのか!?」
允生の言葉が思っていたよりも神妙なトーンだったので俺は驚いた。
「何だおい、ヒドイな!本当に俺らがただ遊ぶためだけに1年から金を巻き上げようとしたと思ってたんかよ? 」
「……違うのか? 」
允生は苦笑していた。その笑い方はどこか遠慮とか知性を感じさせるものだった。ヤンキーのくせに不思議なヤツだと俺はまた思った。
「あのな?ガリ勉君。お前は鈍感そうだから気付いてないかもしれないけど、南十字星のヤツらが最近じゃ昼間っからこの辺にたむろしてるんだぜ?ヤツらは暴走族で基本的にバイクで来るからな。それに負けないためにはこっちもバイクとかスクーターを集めなきゃいけない。だからどうしても多少はガソリン代がかかっちまうんだよ。……まあそれだけじゃなくて梵具会のメンバーのタバコ代・ジュース代くらいは使わせてもらうけどよ。……でも本当にそれくらいだぜ? 」
「よくは分らんが、そういうものなのか……」
「ああ。でもそれも基本的にはあくまで皆の自発的なカンパに頼っていたんだ。だけどアキラと飯山は集金のノルマが迫っていてな。それで昨日はああいう強引なやり方をやっちまったみたいだ。事情を聞いたウチのボスが2人のノルマは免除してくれたよ」
「なるほど、そうか……」
詳しく話を聞いてもイマイチ実情は理解出来ないが、ボスの統制があり、細かなルールが設けられているということか。ヤンキーの社会も普通の社会の組織とそれほど違いはなく、さして自由なものでもないのかもしれない。
「まあそんなわけだから、2人のことも許してやってくれよな」
「いや、俺に許すも許さないもないとは思うが……」
言いたいことだけ言うと允生は俺の返答もロクに聞かずに行ってしまった。
このあたりはヤンキーらしい……とでも言うべきなのだろうか?
「まあそんなことがあってさ……ヤンキーたちも意外と話の分かるヤツらなのかもしれんな」
例によって昼休み、奈々子とのび太とで食堂に来ていた。
開け放たれた窓から吹き込む5月の陽気が心地良い。ここから見える風景も新緑が眩しい。
「そうでしたか……彼らは彼らなりの道理があるのかもしれませんね。それにしてもホントに昨日はすみませんでした!……お2人には迷惑を掛けてしまったと、帰ってからとても後悔してしまったのです! 」
そう言うと奈々子は大袈裟に頭を下げた。肩まである三つ編みのおさげ髪が揺れていた。下を向いた彼女の姿を正面からまじまじと見るのは初めてで、丸眼鏡の奥のまつ毛がとても長いことを知った。
「いや、蜂屋さん。結果的にはこれで良かったんだと思うぞ。ヤツらと俺らとの関係性がこうして整理されたんだ。思っていたよりもアイツらが話の分かる人間たちだということ、あるいはモブキャラに対して親近感を抱いているということが証明されたんだ。むしろ、ヤツらに対する考え方を少し改めても良いのかもしれないな」
「いや、九郎……。流石にそんなに簡単にアイツらを信用してしまうのは危険じゃないかな?ヤツらは単にヤツらの事情でお前にそう言ってきたと考える方が自然じゃない?例えば梵具会とやらの幹部からそうした指示が出てきたとか。少なくともヤツらの言っていることをそのまま通り受け止めるのは危険だと思うよ……」
のび太の反論は妥当なものにも思えたが、しかし俺はその反応に少し不満だった。
「なあ、のび太……。さっきの允生の反応は、やはり俺たちがモブキャラに徹してきたことの一つの成果なんじゃないのか?俺が思うに、あの三井允生の存在感はまさしく主人公キャラだと思うんだよ。時としてアイツからはとても眩しい存在感を感じるんだよな……」
「いや、そりゃあ単に金髪が目に入ってキラキラしてるだけじゃ…… 」
「ヤツらも主人公としてモブキャラに過度に厳しく接することに罪悪感を抱いたんじゃないのか?だからヤツらも昨日の行動を悔いた。どんな分岐ルートがあるか分からないからな。……つまりこれからはヤツらも俺たちを無下に扱うことはないんじゃないのか? 」
「う~ん?いやぁ、それは希望的観測じゃないのか? 」
強情なのび太はいまだに首を捻っていたが、そこで蜂屋さんの援護が入った。
「あの……でも確かに九条君の言う通り、ああいう人たちが謝ってくるなんていう話は一度も聞いたことがありません。私たちが入学して3年生の今になるまで一度もです。……海堂君はそういった話を聞いたことがありましたか? 」
「いやぁ……確かにそう言われるとないけどな……」
「のび太。何も俺はヤンキーたち全員と仲間になろうと言っているわけではないぞ?ヤンキーの中でもアイツらは俺と同じクラスだしな、過度な偏見が却って向こうの攻撃を招く場合もある。変に彼らを色眼鏡で見ることなくだな、もう少しフラットに接してやってもいいんじゃないか……と、そういう話だ」
「……まあ、それくらいの話だったら特に反論する理由もないけどさ。でもやっぱり警戒は必要だと思うよ? 」
「それはそうだがな……。俺は今まであまりに自分が無知だったというか、こうした部分に対して全く知ろうとしていなかったことに気付かされたんだよ。蜂屋さんの弟の件もだしな、昨日見たヤンキー一家のドキュメンタリー番組からも気付かされたんだよ」
俺は早速昨日のテレビ視聴の成果をこの2人に話してみることにした。
案の定蜂屋さんは大きな目をさらに大きくして食い付いてきた。
「九条君!ドキュメンタリー番組というのはテレビの番組なのですか?それでヤンキーさんたちの実態を知ることが出来るのですか!? 」
「ふふ、実はそうなんだ!といってもヤンキー一家というよりも表向きは大家族の密着ドキュメンタリーなのだがな……」
それから俺は2人に番組の感想、そしてそこから考えられるヤンキーというものの生態について詳しく考えを話したのだった。2人とも興味深く話を聞いてくれた。
それから1週間ほどが経った。
クラスでのヤンキーたちの態度は相変わらずだったが、俺と蜂屋さんも特に何もされなかった。三井允生は時々会うと例のニヤニヤした顔で何か話しかけてきた。
もちろん依然として警戒はしていたが、コイツにはその警戒を解きたくなるような人懐っこさがあることを、接する度に感じざるを得なかった。
ある日の夜、いつものように自室で勉強をしていると、のび太からメッセージが来た。
『もうすぐテスト週間だろ?終わるまでは勉強に集中したいから、昼休みに集まるのは俺抜きでやってくれ。九郎も油断せず集中しろよ! 』
とのことだった。
そうだった。来週からは中間テストが始まることをすっかり忘れていた。
もちろん俺は毎日きちんと勉強しているのでそのことで特別慌てたりはしないが、のび太の言い分も分かる。
のび太も俺と同じ慶光大学を目指しているのだが、前回の模試でD判定だったということで少し焦っているのかもしれない。もちろんまだ時間はたっぷりあるし、俺以上に真面目で頑張り屋なのび太のことだ。ここからきっと成績を伸ばしてくるだろう。
ちなみに蜂屋さんも同じ慶光大学を志望していた。彼女はこの前の模試ではC判定。まだ春だということを考えれば悪くない成績だろう。
『分かった。あまり根を詰め過ぎるなよ。テストが終わったら蜂屋さんも一緒に何かデザートでも食べに行こうぜ! 』
昼休みくらいは息抜きしても良いんじゃないか?あまり追い込んでもストレスが溜まるばかりで却って成績は伸びないんじゃないか?……という気がしたのも正直なところだ。
だが、もちろんそれはのび太本人の意志を尊重すべきだろう。
テストが終わってから何を食べに行こうか、俺はスマホで情報収集を始めた。
三井允生の思わぬ謝罪の言葉に俺は当惑した。
「……ああ。なに、全然気にするなよ!……と俺が言っていいことでもないか……」
まさかコイツが謝ってくるとは想像もしていなかったので、一瞬浮かれた返事をしてしまいそうになったが、そもそも直接の被害者は俺ではないのだ。
怖い思いをしたのは蜂屋奈々子の方だし、もっと直接的な被害を受けたのはカツアゲを食らった名も知らぬ1年生2人だ。
「いや、アキラと飯山にも校内でのカンパの強要はやめとけ、って散々言っているんだけどな。我が菫坂高校の生徒を守るために存在している梵具会が、ウチの生徒たち自身に迷惑を掛けるようになっちゃあ本末転倒だよな……」
「……おい、昨日のは本当にその梵具会とやらの活動費に充てるつもりだったのか!?」
允生の言葉が思っていたよりも神妙なトーンだったので俺は驚いた。
「何だおい、ヒドイな!本当に俺らがただ遊ぶためだけに1年から金を巻き上げようとしたと思ってたんかよ? 」
「……違うのか? 」
允生は苦笑していた。その笑い方はどこか遠慮とか知性を感じさせるものだった。ヤンキーのくせに不思議なヤツだと俺はまた思った。
「あのな?ガリ勉君。お前は鈍感そうだから気付いてないかもしれないけど、南十字星のヤツらが最近じゃ昼間っからこの辺にたむろしてるんだぜ?ヤツらは暴走族で基本的にバイクで来るからな。それに負けないためにはこっちもバイクとかスクーターを集めなきゃいけない。だからどうしても多少はガソリン代がかかっちまうんだよ。……まあそれだけじゃなくて梵具会のメンバーのタバコ代・ジュース代くらいは使わせてもらうけどよ。……でも本当にそれくらいだぜ? 」
「よくは分らんが、そういうものなのか……」
「ああ。でもそれも基本的にはあくまで皆の自発的なカンパに頼っていたんだ。だけどアキラと飯山は集金のノルマが迫っていてな。それで昨日はああいう強引なやり方をやっちまったみたいだ。事情を聞いたウチのボスが2人のノルマは免除してくれたよ」
「なるほど、そうか……」
詳しく話を聞いてもイマイチ実情は理解出来ないが、ボスの統制があり、細かなルールが設けられているということか。ヤンキーの社会も普通の社会の組織とそれほど違いはなく、さして自由なものでもないのかもしれない。
「まあそんなわけだから、2人のことも許してやってくれよな」
「いや、俺に許すも許さないもないとは思うが……」
言いたいことだけ言うと允生は俺の返答もロクに聞かずに行ってしまった。
このあたりはヤンキーらしい……とでも言うべきなのだろうか?
「まあそんなことがあってさ……ヤンキーたちも意外と話の分かるヤツらなのかもしれんな」
例によって昼休み、奈々子とのび太とで食堂に来ていた。
開け放たれた窓から吹き込む5月の陽気が心地良い。ここから見える風景も新緑が眩しい。
「そうでしたか……彼らは彼らなりの道理があるのかもしれませんね。それにしてもホントに昨日はすみませんでした!……お2人には迷惑を掛けてしまったと、帰ってからとても後悔してしまったのです! 」
そう言うと奈々子は大袈裟に頭を下げた。肩まである三つ編みのおさげ髪が揺れていた。下を向いた彼女の姿を正面からまじまじと見るのは初めてで、丸眼鏡の奥のまつ毛がとても長いことを知った。
「いや、蜂屋さん。結果的にはこれで良かったんだと思うぞ。ヤツらと俺らとの関係性がこうして整理されたんだ。思っていたよりもアイツらが話の分かる人間たちだということ、あるいはモブキャラに対して親近感を抱いているということが証明されたんだ。むしろ、ヤツらに対する考え方を少し改めても良いのかもしれないな」
「いや、九郎……。流石にそんなに簡単にアイツらを信用してしまうのは危険じゃないかな?ヤツらは単にヤツらの事情でお前にそう言ってきたと考える方が自然じゃない?例えば梵具会とやらの幹部からそうした指示が出てきたとか。少なくともヤツらの言っていることをそのまま通り受け止めるのは危険だと思うよ……」
のび太の反論は妥当なものにも思えたが、しかし俺はその反応に少し不満だった。
「なあ、のび太……。さっきの允生の反応は、やはり俺たちがモブキャラに徹してきたことの一つの成果なんじゃないのか?俺が思うに、あの三井允生の存在感はまさしく主人公キャラだと思うんだよ。時としてアイツからはとても眩しい存在感を感じるんだよな……」
「いや、そりゃあ単に金髪が目に入ってキラキラしてるだけじゃ…… 」
「ヤツらも主人公としてモブキャラに過度に厳しく接することに罪悪感を抱いたんじゃないのか?だからヤツらも昨日の行動を悔いた。どんな分岐ルートがあるか分からないからな。……つまりこれからはヤツらも俺たちを無下に扱うことはないんじゃないのか? 」
「う~ん?いやぁ、それは希望的観測じゃないのか? 」
強情なのび太はいまだに首を捻っていたが、そこで蜂屋さんの援護が入った。
「あの……でも確かに九条君の言う通り、ああいう人たちが謝ってくるなんていう話は一度も聞いたことがありません。私たちが入学して3年生の今になるまで一度もです。……海堂君はそういった話を聞いたことがありましたか? 」
「いやぁ……確かにそう言われるとないけどな……」
「のび太。何も俺はヤンキーたち全員と仲間になろうと言っているわけではないぞ?ヤンキーの中でもアイツらは俺と同じクラスだしな、過度な偏見が却って向こうの攻撃を招く場合もある。変に彼らを色眼鏡で見ることなくだな、もう少しフラットに接してやってもいいんじゃないか……と、そういう話だ」
「……まあ、それくらいの話だったら特に反論する理由もないけどさ。でもやっぱり警戒は必要だと思うよ? 」
「それはそうだがな……。俺は今まであまりに自分が無知だったというか、こうした部分に対して全く知ろうとしていなかったことに気付かされたんだよ。蜂屋さんの弟の件もだしな、昨日見たヤンキー一家のドキュメンタリー番組からも気付かされたんだよ」
俺は早速昨日のテレビ視聴の成果をこの2人に話してみることにした。
案の定蜂屋さんは大きな目をさらに大きくして食い付いてきた。
「九条君!ドキュメンタリー番組というのはテレビの番組なのですか?それでヤンキーさんたちの実態を知ることが出来るのですか!? 」
「ふふ、実はそうなんだ!といってもヤンキー一家というよりも表向きは大家族の密着ドキュメンタリーなのだがな……」
それから俺は2人に番組の感想、そしてそこから考えられるヤンキーというものの生態について詳しく考えを話したのだった。2人とも興味深く話を聞いてくれた。
それから1週間ほどが経った。
クラスでのヤンキーたちの態度は相変わらずだったが、俺と蜂屋さんも特に何もされなかった。三井允生は時々会うと例のニヤニヤした顔で何か話しかけてきた。
もちろん依然として警戒はしていたが、コイツにはその警戒を解きたくなるような人懐っこさがあることを、接する度に感じざるを得なかった。
ある日の夜、いつものように自室で勉強をしていると、のび太からメッセージが来た。
『もうすぐテスト週間だろ?終わるまでは勉強に集中したいから、昼休みに集まるのは俺抜きでやってくれ。九郎も油断せず集中しろよ! 』
とのことだった。
そうだった。来週からは中間テストが始まることをすっかり忘れていた。
もちろん俺は毎日きちんと勉強しているのでそのことで特別慌てたりはしないが、のび太の言い分も分かる。
のび太も俺と同じ慶光大学を目指しているのだが、前回の模試でD判定だったということで少し焦っているのかもしれない。もちろんまだ時間はたっぷりあるし、俺以上に真面目で頑張り屋なのび太のことだ。ここからきっと成績を伸ばしてくるだろう。
ちなみに蜂屋さんも同じ慶光大学を志望していた。彼女はこの前の模試ではC判定。まだ春だということを考えれば悪くない成績だろう。
『分かった。あまり根を詰め過ぎるなよ。テストが終わったら蜂屋さんも一緒に何かデザートでも食べに行こうぜ! 』
昼休みくらいは息抜きしても良いんじゃないか?あまり追い込んでもストレスが溜まるばかりで却って成績は伸びないんじゃないか?……という気がしたのも正直なところだ。
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