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5話 OB来訪と和解
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「おら、食らえ!ドライブシュートだ!! 」
例によって久世アキラの威勢のいい声が響く。
次の日は体育でサッカーの授業だった。
実際はドライブシュートでも何でもなく、軌道も威力もごくごく平凡なシュートだったが、キーパーをしていた一般生徒はシュートを打った相手がアキラだったことに遠慮したのか、わざとゴールを許した。
「うっし、俺最強! 」
「バ~カ、どこがドライブシュートだよ! 」
例によってまたそれに飯山がツッコんで2人はギャハギャハ笑っていた。
允生もそれを見て笑っていた。今日は三井允生も登校してきていて体育の授業にも参加していた。
ヤンキーたちもサッカーは好きらしい。こんな時だけは真面目に体育に参加しているのが少し滑稽にも思えたが、しかし他の皆は上機嫌なヤンキーたちに何となくホッとしているようだった。
まあ不機嫌な時は理不尽なキレられ方をすることもあるし、接し方に余計に気を遣わなければならない。クラスの皆の気持ちも分かる気はした。
「はい、では今日の授業は終わりにします。体育委員の人は倉庫にボールをしまっておいて下さい」
体育の松永先生の声で俺は自分が体育委員だったことを思い出した。
松永先生も今日はとても温厚でニコニコしていた。
……もちろんこれが通常営業の様子だ。
ただ時々どこにあるのか誰にも見えないブチ切れスイッチが作動し、生徒たちは凍り付き息を潜めることがあるというだけの話だ。
そんな時はヤンキーたちも一切逆らう様子を見せない。どんな凶悪なヤンキーも剣道五段の松永先生が本気を出せば敵わないのではないか……というのは半ば冗談交じりにではあるが生徒間で囁かれている噂だった。
ブンブブブンブブ、ブンブンブブン!!!
俺がグラウンドに散らばっていた数個のサッカーボールを体育倉庫にしまっていると、校庭に大きなバイクの音が響き渡った。通常のバイクの運転では発せられることのない周囲を威嚇するための攻撃的な音だ。
もちろん俺を含め菫坂の生徒たちはこうした音にも慣れっこになっている。
恐らくは生徒の誰か、あるいはその関係者が違法改造したバイクで御来校されたのだろう。
俺は軽くため息を吐くと体育倉庫の鍵を閉めて、鍵を返却すべく松永先生の待機する体育準備室へと向かった。
「ちぃっす!じゃあね、松っつぁん! 」
「コラ、松永先生だろ?あとそのうるさいバイクで来るのも最後にしろよ!いつまでもそんなものに乗ってると大ケガしても知らんぞ! 」
どうやら、御来校されていたのはすでに卒業したOBのヤンキー生徒たちだったようだ。彼らは丁度帰るところらしく、去り際に松永先生に手を振っていた。
松永先生も相変わらずニコニコとして手を振ってそれに応えていた。言葉こそ叱るようなものではあったが、その口調は彼らと会えたことが嬉しく、短い邂逅を惜しむかのようだった。
俺はとても不思議な感じを覚えた。
「松永先生。ボールの片付け、終わりました」
プレハブで作られた体育準備室の外まで出てきていた松永先生に俺は鍵を差し出した。
「ああ、九条君でしたか。片付けありがとうね」
松永先生は一瞬だけ俺の方を向きそう言ったが、すぐ再び去り行くヤンキーOBたちに視線を戻した。
ヤンキーOBたちの違法改造バイクの排気音が再び学校中に響き渡った。
校舎の方でも窓を開け、誰が来たのか確認する生徒たちが多数いた。もちろん御来校されたOB様も在校生徒たちのそうした反応も含めて楽しんでいるのだろう。
「……あの、松永先生? 」
思わず俺は話し掛けていた。俺がこうして自分から松永先生に話し掛けたのは恐らく初めてのことだっただろう。
「ん、どうしました?九条君? 」
松永先生はまだ俺が残っていたことにやっと気付いたかのような反応だった。
「……先生は、ああいう先輩たちのことが嫌いではないんですか? 」
「ああ……そうだね……」
松永先生は少し考えて言葉を選んでいる様子だった。
「……もちろんボクも彼らヤンチャな生徒のことを完全に許しているわけではないよ。今日の彼らは2年前に卒業したウチの生徒たちだったんだが、在校中は何度も怒鳴りつけたし、指導の中で手を出してしまったこともありました。未だにあんなバイクを乗り回しているのは本当にけしからんと思う。……でもね、不思議と手の掛かる生徒たちのことほど可愛いというか、気になってしまうものなんだよなぁ……」
「……そういうものですか……」
俺は松永先生の話を聞いて複雑な気持ちを抱いた。
「もちろん、それが教師として正しい姿勢なのかと問われるとボクも確信は持てない。ただ彼らも最近になってようやく就職したんですよ。地元の小さな土建屋らしいんだけどね。まあここから更生して頑張っていって欲しいなとは本気で思っているよ。そうなればボクの指導も無駄ではなかった……と思えるようになるのかな? 」
どういう感情なのかはっきりとは分からなかったけれど、松永先生は首を振り軽く笑いながらそう答えた。
教室までの帰り道、歩きながら思い起こしてみると、松永先生の気持ちも少しは分かるような気がしてきた。
最初は『何言ってんだ?普通に問題も起こさず、先生方の手を煩わすことなく進学していった生徒が偉いに決まってんだろ!』という気持ち一辺倒だった。
だがスタート位置の低かった生徒ほど、そこからの成長を大きく感じられて先生方も感動してしまうのかもしれない。それに、手の掛かる相手ほど愛おしく思ってしまうというのは人の性なのかもしれない。
特に松永先生のような人は、単に体育を教えるというよりも、生徒の人間的な指導に当たることを務めとして教師の道を選んだタイプだろう。内に激情を秘めた人こそ人情的な部分をくすぐられるのに弱いのかもしれない。
「よお、ガリ勉君」
下駄箱で上履きに履き替えようとしたところで急に声を掛けられて驚いた。
三井允生だった。
「……んだよ、そんなビビんなって!別に何もしやしねえよ 」
警戒したこちらの雰囲気を察したのか、允生は白い歯を見せて微笑むと俺の肩に手を掛けてきた。
金髪のオールバック。整えらえた細い眉。近くで対面してみると身長は俺より少し低い173~4センチといったところだろうか。
コイツもさっきまでサッカーボールを追ってそれなりに汗をかいていたはずだが、どういう仕組みなのか漂ってきたのは汗臭い匂いではなく、例の男物の香水の香りだった。コイツにはコイツなりの美意識があるのだろう。
俺は何と返事をすれば良いのか分からずいた。随分の間、不審気に允生を見ていたことだろう。
「アレだな、お前結構サッカー上手いのな」
声を掛けたは良いが、允生も俺に対して何を言うか迷っていたのかもしれない。
向こうから出てきたのはそんな言葉だった。
「……ああ、小中とサッカー部だったからな」
ようやく出した俺の答えはもちろん嘘ではないのだが、允生の話しかけてきた内容に少し驚いた。
今日の授業のサッカーで俺はモブキャラらしく意識的に目立たないプレーを心掛けていた。もちろん下手なヤツとして目立ってしまうのもよくないので、ボールが来たら早目に味方にパスを回していた。得点もわざと一度もしていない。
それなのに俺のプレーを見て上手いと言ってくるコイツはよほどサッカーを見る目があるか、あるいは俺のことを注目して見ていたかだ。
もちろんコイツはそこまでサッカーに情熱を燃やしているタイプではないだろう。つまり後者だということだ。
だがその次の一言に俺はさらに驚かされることになる。
「あれだ……昨日は悪かったな」
例によって久世アキラの威勢のいい声が響く。
次の日は体育でサッカーの授業だった。
実際はドライブシュートでも何でもなく、軌道も威力もごくごく平凡なシュートだったが、キーパーをしていた一般生徒はシュートを打った相手がアキラだったことに遠慮したのか、わざとゴールを許した。
「うっし、俺最強! 」
「バ~カ、どこがドライブシュートだよ! 」
例によってまたそれに飯山がツッコんで2人はギャハギャハ笑っていた。
允生もそれを見て笑っていた。今日は三井允生も登校してきていて体育の授業にも参加していた。
ヤンキーたちもサッカーは好きらしい。こんな時だけは真面目に体育に参加しているのが少し滑稽にも思えたが、しかし他の皆は上機嫌なヤンキーたちに何となくホッとしているようだった。
まあ不機嫌な時は理不尽なキレられ方をすることもあるし、接し方に余計に気を遣わなければならない。クラスの皆の気持ちも分かる気はした。
「はい、では今日の授業は終わりにします。体育委員の人は倉庫にボールをしまっておいて下さい」
体育の松永先生の声で俺は自分が体育委員だったことを思い出した。
松永先生も今日はとても温厚でニコニコしていた。
……もちろんこれが通常営業の様子だ。
ただ時々どこにあるのか誰にも見えないブチ切れスイッチが作動し、生徒たちは凍り付き息を潜めることがあるというだけの話だ。
そんな時はヤンキーたちも一切逆らう様子を見せない。どんな凶悪なヤンキーも剣道五段の松永先生が本気を出せば敵わないのではないか……というのは半ば冗談交じりにではあるが生徒間で囁かれている噂だった。
ブンブブブンブブ、ブンブンブブン!!!
俺がグラウンドに散らばっていた数個のサッカーボールを体育倉庫にしまっていると、校庭に大きなバイクの音が響き渡った。通常のバイクの運転では発せられることのない周囲を威嚇するための攻撃的な音だ。
もちろん俺を含め菫坂の生徒たちはこうした音にも慣れっこになっている。
恐らくは生徒の誰か、あるいはその関係者が違法改造したバイクで御来校されたのだろう。
俺は軽くため息を吐くと体育倉庫の鍵を閉めて、鍵を返却すべく松永先生の待機する体育準備室へと向かった。
「ちぃっす!じゃあね、松っつぁん! 」
「コラ、松永先生だろ?あとそのうるさいバイクで来るのも最後にしろよ!いつまでもそんなものに乗ってると大ケガしても知らんぞ! 」
どうやら、御来校されていたのはすでに卒業したOBのヤンキー生徒たちだったようだ。彼らは丁度帰るところらしく、去り際に松永先生に手を振っていた。
松永先生も相変わらずニコニコとして手を振ってそれに応えていた。言葉こそ叱るようなものではあったが、その口調は彼らと会えたことが嬉しく、短い邂逅を惜しむかのようだった。
俺はとても不思議な感じを覚えた。
「松永先生。ボールの片付け、終わりました」
プレハブで作られた体育準備室の外まで出てきていた松永先生に俺は鍵を差し出した。
「ああ、九条君でしたか。片付けありがとうね」
松永先生は一瞬だけ俺の方を向きそう言ったが、すぐ再び去り行くヤンキーOBたちに視線を戻した。
ヤンキーOBたちの違法改造バイクの排気音が再び学校中に響き渡った。
校舎の方でも窓を開け、誰が来たのか確認する生徒たちが多数いた。もちろん御来校されたOB様も在校生徒たちのそうした反応も含めて楽しんでいるのだろう。
「……あの、松永先生? 」
思わず俺は話し掛けていた。俺がこうして自分から松永先生に話し掛けたのは恐らく初めてのことだっただろう。
「ん、どうしました?九条君? 」
松永先生はまだ俺が残っていたことにやっと気付いたかのような反応だった。
「……先生は、ああいう先輩たちのことが嫌いではないんですか? 」
「ああ……そうだね……」
松永先生は少し考えて言葉を選んでいる様子だった。
「……もちろんボクも彼らヤンチャな生徒のことを完全に許しているわけではないよ。今日の彼らは2年前に卒業したウチの生徒たちだったんだが、在校中は何度も怒鳴りつけたし、指導の中で手を出してしまったこともありました。未だにあんなバイクを乗り回しているのは本当にけしからんと思う。……でもね、不思議と手の掛かる生徒たちのことほど可愛いというか、気になってしまうものなんだよなぁ……」
「……そういうものですか……」
俺は松永先生の話を聞いて複雑な気持ちを抱いた。
「もちろん、それが教師として正しい姿勢なのかと問われるとボクも確信は持てない。ただ彼らも最近になってようやく就職したんですよ。地元の小さな土建屋らしいんだけどね。まあここから更生して頑張っていって欲しいなとは本気で思っているよ。そうなればボクの指導も無駄ではなかった……と思えるようになるのかな? 」
どういう感情なのかはっきりとは分からなかったけれど、松永先生は首を振り軽く笑いながらそう答えた。
教室までの帰り道、歩きながら思い起こしてみると、松永先生の気持ちも少しは分かるような気がしてきた。
最初は『何言ってんだ?普通に問題も起こさず、先生方の手を煩わすことなく進学していった生徒が偉いに決まってんだろ!』という気持ち一辺倒だった。
だがスタート位置の低かった生徒ほど、そこからの成長を大きく感じられて先生方も感動してしまうのかもしれない。それに、手の掛かる相手ほど愛おしく思ってしまうというのは人の性なのかもしれない。
特に松永先生のような人は、単に体育を教えるというよりも、生徒の人間的な指導に当たることを務めとして教師の道を選んだタイプだろう。内に激情を秘めた人こそ人情的な部分をくすぐられるのに弱いのかもしれない。
「よお、ガリ勉君」
下駄箱で上履きに履き替えようとしたところで急に声を掛けられて驚いた。
三井允生だった。
「……んだよ、そんなビビんなって!別に何もしやしねえよ 」
警戒したこちらの雰囲気を察したのか、允生は白い歯を見せて微笑むと俺の肩に手を掛けてきた。
金髪のオールバック。整えらえた細い眉。近くで対面してみると身長は俺より少し低い173~4センチといったところだろうか。
コイツもさっきまでサッカーボールを追ってそれなりに汗をかいていたはずだが、どういう仕組みなのか漂ってきたのは汗臭い匂いではなく、例の男物の香水の香りだった。コイツにはコイツなりの美意識があるのだろう。
俺は何と返事をすれば良いのか分からずいた。随分の間、不審気に允生を見ていたことだろう。
「アレだな、お前結構サッカー上手いのな」
声を掛けたは良いが、允生も俺に対して何を言うか迷っていたのかもしれない。
向こうから出てきたのはそんな言葉だった。
「……ああ、小中とサッカー部だったからな」
ようやく出した俺の答えはもちろん嘘ではないのだが、允生の話しかけてきた内容に少し驚いた。
今日の授業のサッカーで俺はモブキャラらしく意識的に目立たないプレーを心掛けていた。もちろん下手なヤツとして目立ってしまうのもよくないので、ボールが来たら早目に味方にパスを回していた。得点もわざと一度もしていない。
それなのに俺のプレーを見て上手いと言ってくるコイツはよほどサッカーを見る目があるか、あるいは俺のことを注目して見ていたかだ。
もちろんコイツはそこまでサッカーに情熱を燃やしているタイプではないだろう。つまり後者だということだ。
だがその次の一言に俺はさらに驚かされることになる。
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