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4話 ヤンキーって何なんだろうな?

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「ふう……」

 家に帰って来た俺は今日のノルマの勉強を終えた。
 部活もやっておらず学校からは宿題らしい宿題も出ないので、自分のペースで受験勉強に集中出来る。一時期はこの高校に入ったことをひどく後悔したものだが冷静に考えてみれば、それほど悪くない環境なのかもしれない。
 成績も順調に伸びており、前回の模試でも志望している国立の慶光けいこう大学の合格判定はB判定まできていた。
 大学に入ってから先の将来のことをそれほど明確にイメージしているわけではないが、ともかく俺はこのモブキャラを脱し、輝かしいキャンパスライフを送ってやるのだ!という強いモチベーションに満ちていた。負ける気はしなかった。

「お兄?ご飯出来たってさ。食べる? 」

 コンコンと雑なノックのすぐ後に聞こえてきたのは、妹である九条小町くじょうこまちの声だった。

「ああ、今行くよ」



 母親と小町と共に夕食を終えると時刻は20時少し前だった。
 そのままリビングのソファに座りテレビを眺めていた。
 いつもは夕食が終わればすぐに自室に戻り、勉強の続きをするかYouTubeやアニメでも観て時間を潰すのが常なのだが今日はリビングでテレビを見ることを選んだ。
 というのも昼間のび太に言われたことが少し引っ掛かっていたからだ。

<お前、ちょっと人とズレているというか……>

 お前に言われたくねえよ!お前も大概だろ!という気持ちもあったが、のび太のことはさておき、俺自身の問題は俺自身で考慮しなければならない問題として残る。
 つまり俺自身が世間とズレている部分が本当にあるとするならば、それはそれできちんと受け入れて修正せねばならないということだ。
 その第一歩として、今まであまり興味のなかったテレビを少し見てみることにしたのだ。これが世間とのズレを確認できる最良の方法かは分からなかったが、何らかのヒントにはなるかもしれない。



「ねえ……お兄は慶光大学けーこー受けるんだよね?受験生がそんなのんびりテレビ見てる暇なんであるの? 」

「……そう言うお前だって受験生なんじゃないのか? 」

 小町は俺の3つ下。つまりコイツも中3の受験生なのだ。

「小町は良いのよ。高校受験と大学受験じゃ全然難易度が違うでしょ? 」

「……何も受験勉強だけが勉強じゃない。これも大事な勉強なんだよ」

「ふ~ん、これが大事な勉強なの? 」

 小町はじとーっとした顔で俺とテレビとを見比べた。
 たまたま点けたテレビは大家族の密着ドキュメンタリー番組をやっていた。

<内田さんの家族は今日も大忙し!お母さんは家事に追われています! >

 ややコミカルな男声のナレーションが聞こえてきた。

「なあ、これはどういった意図の番組なんだ? 」

 こういったたぐいの番組があるとは聞いたことがあったが、その鑑賞の仕方がイマイチ俺には理解出来ていなかった。
 音楽なら音楽の、スポーツならスポーツの鑑賞の正しい仕方というものがある。
 もちろんそんなもの無視して好きに楽しんでも良いが、そうした見方を知った上で見た方が理解は深まるものだと俺は思っている。

「どういった意図って……別にそんな大したものないでしょ?大家族は色々と苦労があって大変なんだよとか、でもその中でも生活の知恵とか絆もありますよ……って感じなんじゃない?小町もそんなじっくり見たことないから知らないけどさ」

 小町の返答は投げやりな口調だったが的確なものに思えた。
 新たな視点の獲得に俺は思わずほう、と唸った。流石は我が妹といったところだろうか。
 小町に言われたことを念頭に番組をしばらく観てみる。
 たしかに思っていたよりもずっと面白い。今まで全く知る機会のなかった他人の家庭を覗き見ることがこんなにも面白いとは思わなかった。
 食事の様子もメニューも、兄弟間の関係性も、子供たちの過ごし方も、親と子の関係性も……何もかもが俺とは違う。九条家とはまるで違うのだ。
 もし俺が九条家でなくこの内田家で育っていたならば……俺という人間も全く違った存在に成長していただろう。当たり前かもしれないが俺はそのことにとても感動していた。

<密着当初はまだ小学生だった長男の祐介ゆうすけ君も今ではハタチ。立派な社会人となり今では2歳の男の子のパパなのです! >

 番組が一段落したところで場面が切り替わり、ナレーションが再び流れた。
 ……ん?今なんて言った?

「おい、小町!これはすでに何回も放送されている番組なのか!? 」

「……もう、うるさいなぁ。番組でそう言ってるんだからそうでしょ。……同じ家族に何年も密着してるんじゃないの。観る側も感情移入して観るからその方が視聴率も稼げるんじゃない? 」

 う~む、中3にしてすでに視聴率、いわば大衆の心理的傾向までも把握しているとは……。流石は我が妹。末恐ろしいものだ。
 だがそんなことに感心するのは後回しだ!

「待て!ということは、この内田さんに密着した番組は過去何回放送されているんだ?動画サイトで検索すれば過去の放送も観られるのだろうか?あるいはどこかのサブスクで観られるのか?それともDVDが販売されているのか? 」

「知らないよ……ってか、大家族密着ドキュメンタリーの過去の放送を探してまで観ようとする人なんかお兄以外いないって」

 何だと!
 この内田さん一家に密着した過去の放送を観ることが、俺には出来ないということなのか……。
 ということは俺がイチから大家族密着ドキュメンタリーを鑑賞して学ぼうとするならば、内田さん一家に替わる新たな大家族密着ドキュメンタリーがスタートするのを待たねばならない、ということなのか?……くそ!一体何年先のことになるか!

<こちらが青春真っ盛りの祐介君。あの頃はヤンチャでしたねぇ。でも今では立派なパパとして家族を養っているのです! >

 例の長男坊の昔の姿が画面に映った。



 ……ヤンキーだ!

 俺は思わず画面ににじり寄っていた。そこにはヤンキーがいた。
 毎日目にしている菫坂のヤンキーたちと少し雰囲気は異なっているが、間違いなく同じ種族の人間だ!

「え、何?お兄ヤンキーがそんな珍しいの?毎日見飽きてるんじゃないの? 」

「いや……むしろ逆だ。俺は自分の高校以外でヤンキーというものに遭遇したことがないんだ。……ヤンキーという存在が我が校独自の存在ではなく、一般社会にも同様に存在しているという事実に感動しているんだ……」

「は?何言ってんの?キモ……」

 小町の引きつった反応も何のその。俺は感動ついでにもう一つの疑問をぶつけていた。

「なあ小町、冒頭から気になっていたんだが……この内田さんの家の子供たちは男の子でも後ろ髪だけ妙に長いよな?これは何の意味があるんだ? 」

「いや、知らないけどさ……ヤンキーの人たちはけっこうそういう髪型にするんじゃない?この家はお父さんも昔は悪かったみたいなこと言ってたし。ヤンキーに対する憧れがあるんじゃないの? 」

 小町の一言はまたしても俺の心を打った。

「ヤンキーに憧れる?そんな人がいるのか? ヤンキーというのは社会のクズで落ちこぼれなんじゃないのか? 」

 俺の素直な驚きに小町ははっきりと大きな溜息をついた。

「お兄……そんなこと言ってるとマジでぶっ飛ばされても文句言えないよ?……昔ヤンキーだった人が更生して立派な社会人になってるケースなんて幾らでもあるでしょ。それにヤンキー漫画とかアニメとかが最近また流行ってるの知らないの? 」

「……何?そうなのか。知らなかった……」

 こうした問題に対する自分の無知さにようやく俺は気付き始めていた。小町に対してもあまり不用意な相槌は打てなくなっていた。

「まあ小町もそんなに詳しいわけじゃないけどさ。クラスでも流行ってるし、キャラがカッコイイ!って女子にも結構人気だよ?ケンカが強くて、仲間想いで、彼女には一途……みたいなの割と女子は好きなんじゃない? 」

「……そうなのか。ということは小町も好きなのか? 」

「アタシは……正直そうでもないかなぁ。何かヤンキーの人とは話合わなそうじゃん?……あ、まあでもお兄みたいなコミュ障で世間知らずのガリ勉よりは生活力もあるから、結婚するなら元ヤンの人の方がマシかもね」
 
 ……何ということだ。 
 ……ショックのあまり俺は返事も返せなかった。
 我が妹にとって、俺よりもヤンキーの方が立場が上だとは……。
 だが、とても興味深い話だった。
 今までは、ヤンキーとは単なる落ちこぼれ。最低限のルールも守れない社会生活不適合者だと思っていたが、話はそう単純でもないらしい。彼らは思っていたよりも随分と社会に受け入れられている存在のようだ。
 確かにヤンキーたちが学生の時期を過ぎたらどうなるのか?というのは考えたこともない問題だったが、どうやら彼らはヤンキーからも適当な時期に卒業して(?)しっかりとした社会人になってゆくものらしい。
 では彼らは今なぜヤンキーをしているのだろうか?
 そして社会の方も彼らをヤンキーとして許容しているのは何故なのだろうか?

 改めてそんな疑問が湧いてきた。
 ともかく今までの俺の認識があまりに一面的だったことは確かだ。
 今後は彼らを見る目も少し変わってくるかもしれない。


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