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1話 菫坂高校
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モブキャラ。
背景としてだけ存在しているその他大勢のキャラクターのこと。
つまりは俺のことだ。俺はここ菫坂高校ではモブキャラなのだ。
**************************************
「ヘイヘイ~、邪魔だぜ、ガリ勉ども!」
久世アキラが今日も登校してきた。
登校してくるだけで煩いやつだ、まったく。
もう1時限目が終わり、2時限目との間の放課の時間だった。
遅刻というにはあまりに遅刻ではないだろうか?いくらヤツがヤンキーだとしても好き勝手させすぎではないだろうか?あんなヤツでもいずれは社会の最底辺の歯車として働かなくてはならないのだ。ヤツの自身のためにも教師たちはもっと強く指導すべきなのではないだろうか?
そんなことを俺は思ったが、もちろんそれを口に出しはしない。
もちろん俺だけではない。教室内には明らかにヤツに対する嫌悪感が充満していた。
だがもちろん誰もそれを口にはしないし、それをおくびにも出さないよう努める。ヤツを怒らせると面倒だからだ。なぜならヤツはヤンキーだからだ。よくは知らないがヤンキーという奴らを怒らせてはいけないらしい。怒らせるととても面倒なことになるらしい。
「九条君……ここの公式なんだけどね」
そんな教室中に充満した空気をあえて無視するかのように、前の席の蜂屋奈々子は中断していた数学の解説を俺に求めてきた。
彼女も相変わらずモブ女らしい蚊の鳴くような声だ。でもこれで良いのだ。この学校ではモブキャラに徹しておくことが正しいのだ。
「ああ、それはだな……」
俺もその空気に乗り、再び数学の教科書に目を落とす。
たしかにあんなヤツに気を取られている暇はない。俺たちの本分である学業に費やせる時間は限られている。
他の席のみんなも一瞬アキラに気を取られたが、あえてそれに触れないようにそれぞれの時間を過ごし始めた。
アキラの方でもその空気を察したのだろう。軽く舌打ちをするとヤンキー仲間である飯山に声を掛けた。
「ケッ……とりあえず飯でも買ってこようぜ、飯山!」
「は、なんだよアキラ。登校してきて最初にすることがそれかよ?」
「うるせぇ!行くぞ!」
ヤツらが教室を出たのを見計らうようにチャイムが鳴り、2時限目の日本史の西山先生が入室してきた。
「起立!礼!」
日直の号令と共に何事もなかったかのように、授業が始められた。
ふと俺は気になった。
(……いや、教室から出てゆくヤツらを先生も見てたんじゃないのか?)
チャイムが鳴るのとほぼ同時に西山先生は教室に入ってきた。
ヤツらが教室から出ていったのとほぼ同時だったはずだ。西山先生はヤツらとすれ違いながら授業に参加するように促さなかったのだろうか?
(……だがまあ、そんなものか、ここでは……)
俺は心の中で大きくため息をついた。
とっくに分かっていることだが、たまにこうした事態に直面するとどうも納得がいかない。
それがここ菫坂高校の現状なのだ。
流石に今時ヤンキーの数自体はそれほど多くない。せいぜい全体の1~2割程度といったところだろうか。だがその他大半を占める一般生徒は、まるで奴らのために存在しているかのような息の潜め方だ。
親の仕事の事情により中3でこの辺りの地域に引っ越してきた俺は、そうした事情も知らず、ただ近い公立高校だというだけでこの高校を選んでしまった。
入学してすぐに失敗したことに気付いたが、今さら「高校を替わりたい」と言うのはウチの家庭にとって現実的なことではなかった。
それから俺はひたすらに自分の存在を消してモブキャラに徹し、勉強だけに打ち込んできた。
そうして何とか1年、2年を乗り切り、季節は高3の春を迎えていた。
何とかこのまま高校生活を大過なくやり切り、立派な大学に行きモブキャラを脱することが今の俺の最大の目標だった。あと1年も経たずにそれも叶うはずだ。
あ?名前?
モブキャラに名前なんて求めるんじゃねえよ!
さっき蜂屋さんが俺のこと呼んでただろ?読み取れよ!
九条な?九条九郎だよ!いかにもモブキャラらしい名前だろ?絶対覚えるんじゃねえぞ!モブキャラの名前なんかにお前の貴重な脳のメモリーを費やすんじゃねえ!いいな?
背景としてだけ存在しているその他大勢のキャラクターのこと。
つまりは俺のことだ。俺はここ菫坂高校ではモブキャラなのだ。
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「ヘイヘイ~、邪魔だぜ、ガリ勉ども!」
久世アキラが今日も登校してきた。
登校してくるだけで煩いやつだ、まったく。
もう1時限目が終わり、2時限目との間の放課の時間だった。
遅刻というにはあまりに遅刻ではないだろうか?いくらヤツがヤンキーだとしても好き勝手させすぎではないだろうか?あんなヤツでもいずれは社会の最底辺の歯車として働かなくてはならないのだ。ヤツの自身のためにも教師たちはもっと強く指導すべきなのではないだろうか?
そんなことを俺は思ったが、もちろんそれを口に出しはしない。
もちろん俺だけではない。教室内には明らかにヤツに対する嫌悪感が充満していた。
だがもちろん誰もそれを口にはしないし、それをおくびにも出さないよう努める。ヤツを怒らせると面倒だからだ。なぜならヤツはヤンキーだからだ。よくは知らないがヤンキーという奴らを怒らせてはいけないらしい。怒らせるととても面倒なことになるらしい。
「九条君……ここの公式なんだけどね」
そんな教室中に充満した空気をあえて無視するかのように、前の席の蜂屋奈々子は中断していた数学の解説を俺に求めてきた。
彼女も相変わらずモブ女らしい蚊の鳴くような声だ。でもこれで良いのだ。この学校ではモブキャラに徹しておくことが正しいのだ。
「ああ、それはだな……」
俺もその空気に乗り、再び数学の教科書に目を落とす。
たしかにあんなヤツに気を取られている暇はない。俺たちの本分である学業に費やせる時間は限られている。
他の席のみんなも一瞬アキラに気を取られたが、あえてそれに触れないようにそれぞれの時間を過ごし始めた。
アキラの方でもその空気を察したのだろう。軽く舌打ちをするとヤンキー仲間である飯山に声を掛けた。
「ケッ……とりあえず飯でも買ってこようぜ、飯山!」
「は、なんだよアキラ。登校してきて最初にすることがそれかよ?」
「うるせぇ!行くぞ!」
ヤツらが教室を出たのを見計らうようにチャイムが鳴り、2時限目の日本史の西山先生が入室してきた。
「起立!礼!」
日直の号令と共に何事もなかったかのように、授業が始められた。
ふと俺は気になった。
(……いや、教室から出てゆくヤツらを先生も見てたんじゃないのか?)
チャイムが鳴るのとほぼ同時に西山先生は教室に入ってきた。
ヤツらが教室から出ていったのとほぼ同時だったはずだ。西山先生はヤツらとすれ違いながら授業に参加するように促さなかったのだろうか?
(……だがまあ、そんなものか、ここでは……)
俺は心の中で大きくため息をついた。
とっくに分かっていることだが、たまにこうした事態に直面するとどうも納得がいかない。
それがここ菫坂高校の現状なのだ。
流石に今時ヤンキーの数自体はそれほど多くない。せいぜい全体の1~2割程度といったところだろうか。だがその他大半を占める一般生徒は、まるで奴らのために存在しているかのような息の潜め方だ。
親の仕事の事情により中3でこの辺りの地域に引っ越してきた俺は、そうした事情も知らず、ただ近い公立高校だというだけでこの高校を選んでしまった。
入学してすぐに失敗したことに気付いたが、今さら「高校を替わりたい」と言うのはウチの家庭にとって現実的なことではなかった。
それから俺はひたすらに自分の存在を消してモブキャラに徹し、勉強だけに打ち込んできた。
そうして何とか1年、2年を乗り切り、季節は高3の春を迎えていた。
何とかこのまま高校生活を大過なくやり切り、立派な大学に行きモブキャラを脱することが今の俺の最大の目標だった。あと1年も経たずにそれも叶うはずだ。
あ?名前?
モブキャラに名前なんて求めるんじゃねえよ!
さっき蜂屋さんが俺のこと呼んでただろ?読み取れよ!
九条な?九条九郎だよ!いかにもモブキャラらしい名前だろ?絶対覚えるんじゃねえぞ!モブキャラの名前なんかにお前の貴重な脳のメモリーを費やすんじゃねえ!いいな?
応援ありがとうございます!
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