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第10章 帝国崩壊……カイナー地方は平和です

第10-6話 【宮廷財務卿転落サイド】崩壊……帝都陥落

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「数千体の魔物の群れ……”魔軍”がへスラーラインに取りついただと!?」
「馬鹿も休み休み言え!」

 時は少しさかのぼる……クリストフの帝国元帥叙勲式典があった日の夜。

 特務秘書が連れて来た今夜の女……悪くないじゃないか。
 ご機嫌でコトに及ぼうとしていた彼を呼び出したのは、参謀総長からの緊急連絡だった。

 無視しようかと思ったが、元帥になった日に女と寝ていて緊急連絡を無視したとあっては流石に外聞が悪い。

 適当に誰かに押し付けて続きをしよう……。
 そう考えていたクリストフの耳に入ったのは、思いもよらぬ報告だった。

 さすがに”魔軍”がらみの件でトップの自分が不在というのはまずい……そう判断したクリストフは、不機嫌な表情を隠そうともせずに総司令部に入る。

「で、戦況はどうなっているのだ!」

 自分を呼び出した総参謀長を怒鳴りつける。

「は、はっ……1時間ほど前、突如へスラーラインに魔軍が侵攻……上級指揮官の不在を突かれ奇襲となり、初期対応に失敗」

「スキュラ、グレイトドラゴン等Sランクの魔物が”壁”に取りつき、強引に突破されたとのことです」
「目下、へスラーライン防衛部隊の予備戦力で帝都防衛部隊と挟撃の準備を……」

「スキュラにグレイトドラゴンだと! いくら上級指揮官が不在だったとはいえ、”境界線”付近の魔導センサーは大幅に増設していたはずだ」
「なぜ大型種の接近に気づかなかった! 即刻責任者を呼び出せ!」

 直近の対処について裁可を貰おうと、帝国軍各部隊の展開図を情報パネルに張り付ける総参謀長であったが、クリストフはなぜ奇襲を受けたのかが気になるようだ。

 目の前に迫る危機……原因や責任の追及など、後でもいいでしょう!

 総参謀長はそう叫びたかったが、軍務に絶対的な権限を持つクリストフの発言を無視するわけにはいかない。

 恐る恐るという感じで説明を始める。

「それは……報告では、増設した魔導センサーが何者かに破壊されており、警報が遅れたと……」
「また、未確認情報ではありますが魔導傀儡兵が制御を失い我が方に反抗したとの報告も……」

 勤勉な総参謀長は、へスラーライン防衛司令部が最期に報告してきた内容を漏らさずクリストフに伝えようとするのだが……。

 報告の内容が魔導傀儡兵の件に触れた途端、クリストフが豹変する。


「いい加減なことを言うな総参謀長!!」
「俺の魔導傀儡兵がそんな問題を起こすものかっ!!」
「今すぐそんな間抜けな報告をしてきた無能と魔導通信を繋げっ!」


 机の上に並べられた資料を右腕で払いのけ、激昂したクリストフ。

「……防衛司令部は壊滅しましたので、閣下とお話しできる者はおりません」

「ぐ……ぐっ」

 感情を消して報告する総参謀長に、歯茎から血がにじむほど歯ぎしりをする。

 なおも総参謀長に説明を要求するクリストフ……これら不毛なやり取りによって、彼らは防衛体制を構築する貴重な時間を浪費してしまったのだ。


 ***  ***

「帝都左翼、ヴェスター管区に増援を回せ! タイミングを合わせて敵主力正面の第227近衛連隊は後退!」

 魔軍の侵攻から一か月……初期対応に失敗したとはいえ、帝都に駐屯していた帝国軍の主力と、虎の子の近衛師団……これらの動員許可を何とかクリストフ元帥から引き出し、各部隊の奇跡的な奮戦により帝都前面に防衛ラインを築くことに成功。

 喚き散らすだけで何もしないクリストフ元帥に代わり、防衛ラインの指揮を一手に引き受けている総参謀長。

 なんとかあと1か月耐えられれば、帝国内他地域からの増援と、友好国の支援により形勢を逆転できるはずだった。

 せめてバウマン卿のダメージ床が健在なら、防衛ラインの維持はもっと楽になるものを……数か月前のダメージ床の全廃……出世欲からもろ手を挙げて賛成したことがいまさらながら悔やまれる。

「それに……補給が厳しい……一部部隊を補給線の維持に回すべきか……」

 更に総参謀長を悩ませているのは、侵入した魔軍の一部が辺境地方や補給線を襲っている事だ。
 これにより、食料や地方で生産される武器が帝都に届かない事態が発生している。

 なんとか帝都に配給制を敷き、ぎりぎりで補給を維持しているが……帝都臣民の苦情と嘆願は軍が一手に引け受ける形となり、そちらに取られる人員もバカにならない。

 政治家は何をやっているのか……というかクリストフ元帥は帝国宰相ではないか!
 皇帝陛下の私有財産を緊急放出して頂くとか、他国に食糧支援を求めるとか……出来ることはあるだろう!!

 総参謀長は直属の上司に対しいら立ちを隠せないのだった。


「ふん……喜ぶがいい……まともな作戦を立案しない参謀本部に代わり、この俺が素晴らしい作戦を考えてきてやったぞ」

 総司令部がわずかにざわつく。
 クリストフ元帥が、子飼いの秘書を従え入室してきたからだ。

 今さら何を……思わず反感を覚える総参謀長であったが、ここが軍である以上邪険に扱うわけにはいかない。
 丁重に情報ボードの前にご案内する。

 ここ1か月の戦況と、今後の見通しを懇切丁寧に説明するのだが……。

「消極的だな」

「……はっ?」

「消極的だと言ったのだ! 栄光の帝国軍が穴に籠って遅滞戦闘ばかりとはな! 失望したぞ!」
「それに、このままでは補給がじり貧だろうが! ただでさえ配給制になったことで俺の宰相府に対する支持率が低下しているんだ……」

「余力のあるうちに大攻勢だ!」
「へスラーラインに残る防衛部隊と帝国軍主力で挟撃して殲滅する……最初に貴様が立案した作戦をアレンジしてやったぞ、ありがたく思え」

「なっ……なにをおっしゃるのですか!」

 開戦当初ならともかく、戦線が膠着した現時点で挟撃作戦など……それに、へスラーラインの防衛部隊など今や書類上だけの存在……。

 ついに我慢しきれなくなった総参謀長は、必死にクリストフを説得しようとするのだが……。

「ふん……我が工房で魔導傀儡兵の調整も済んだ……万が一にも動作不良などありえん……戦力はむしろ増大しているのだ」
「総参謀長……消極策ばかり言いおって。 わが帝国軍に臆病者は不要だ……おい、連れて行け!」

 クリストフの合図に、親衛隊と呼ばれるクリストフ直属部隊の兵士が総参謀長の両腕を掴む。

 これで帝国も終わりだ……絶望の表情を浮かべた総参謀長は、なすすべもなく引き摺られていくのだった。


 ***  ***

「ふははははっ! やはり魔導傀儡兵は最強よ! 魔軍恐るるに足らず!」

 無能な総参謀長を解任後、全戦力をもって大攻勢に出たクリストフは、眼前に広がる戦いの様子を見て高笑いを上げた。

 きらり、きらりと魔導傀儡兵が攻撃スキルを使用する光がきらめくたび、ナイフでバターを切り分けるように魔軍が斃れていく。

 虎の子の1000機を超える魔導傀儡兵部隊……このまま押し切れる!

 クリストフの脳裏には勝利宣言をし、民衆から喝采を受ける自身の姿が脳裏に浮かんでいたのだが。


 ズドオオオオオンンッ!


「……なんだ?」

 ふいに部隊の展開する正面で大爆発が起きる。
 なすすべもなく吹き飛び、さきほどまで魔導傀儡兵であった鎧の残骸が降り注ぐ。

 もうもうと立ち込める爆炎……炎を吹き払いながら現れたのは……。

「馬鹿な……巨大な金属の竜と……俺の新型魔導傀儡兵だと!!」

 ぎらり、魔導金属で構成された鱗が爆炎を反射し赤く輝く。

 焼けた大地を踏みしめる全長30メートルほどの金属の竜……ソイツの両側には、数百体の新型魔導傀儡兵が付き従っている。

 あれは、へスラーラインに配備していた新型の機体……なぜ魔軍に従っているのだ……まさか、魔導傀儡兵が反抗したという噂は本当だったのか……?

 しかも、あの金属の竜……この魔導術式は……魔導傀儡兵の技術を使っているだと……!

 ぶるぶると震えながら、目の前に広がる悪夢のような光景を凝視するクリストフ。
 そんな彼に、さらなる衝撃がもたらされる。

「はあ~い、久しぶりねクリストフ……会いに来てあげたわ♪」

「なん……だと?」

 場違いに陽気な声。
 あの金属の竜の背に乗っているのは……。

 身長2メートル以上ある筋骨隆々の男……全身に炎がのたうつような赤い刺青をまとわりつかせ、天を衝く黒髪に一対の角……見る者に本能的な恐怖を覚えさせる金色の瞳。

 魔軍の首領である魔軍王リンゲン……だがクリストフはリンゲンの名は知らない。

 彼が驚愕したのは魔軍王にではなく……魔軍王にしなだれかかる一人の陰気な女に対してだった。

「アンジェラ……なぜそこに……裏切ったのかああああっ!!」

 激昂するクリストフ。
 だがアンジェラは愉快そうにクリストフをあざ笑うと、絶望的な事実を告げる。

「うふふ……最初から”コレ”が目的だったに決まっているでしょう? 私は魔軍王リンゲン様の忠実なしもべ、魔族アンジェラ……」

「ありがとうクリストフ…………もう用済みだから消えちゃっていいわよ♪」

 にたり、と嗜虐的な笑みを浮かべるアンジェラ。
 次の瞬間、金属竜の口が大きく開き……膨大な魔力が集まっていき……!

「くそっ! 全軍退避、退避だ!! 逃げるぞおおおおっ!」


 ヴイイイイイイイイイインンンンッ!

 ズドオオオオオオオオオオオオンンッ!


 あわてて撤退命令を出すが今すでに遅く……
 金属竜から放たれた純魔力のブレスはすべてを吹き飛ばした。


 こうして、帝都正面で帝国軍の主力は消滅。
 もはや魔軍の侵攻を止める者はだれもおらず……。

 へスラー帝国の帝都はほとんど抵抗も出来ず陥落するのだった。
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