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第5章 伊402、はるか遠い大地へ

第5-6話 アビスホールの底で

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「私もアルバン殿下の【魔法】を見たが……いくら何でも非常識すぎる。 まさにチートだな」

「凄いなんてもんじゃないですよイレーネ殿下! あんなことが出来るなんて、やっぱりこの世界の魔法って凄いんですね!」

「いいな~、あの魔法があれば船酔い知らずだよ!」

 時刻は既に夜……本日の戦いを終え、伊402の艦内に戻った僕たちは、イレーネ殿下の私室で一休みしていた。
 なぜかこのエリアには夜行性のモンスターが生息していないらしく(点をつける)、夜はこうして休めるので助かっている。

 どうしても話題になるのは昼間に見たアルバン殿下の超魔法の事で……。

「うむ……」

 はしゃぐイオニとセーラとは対照的に、腕を組んだイレーネ殿下は思案顔。
 殿下の目配せに、僕も頷きを返す。

 はっきり言って、アルバン殿下の魔法はレベルが違い過ぎる。
 あんな魔法の使い手がいたのなら、魔の海の踏破はもっと簡単だったはずである。

 それに、いくら帝国の魔法技術が進んでいると言っても、皇太子殿下があそこまでの魔法を使えるという話は聞いたことがない。

「彼の自信はここから来ていたのか……?」
「いやしかし、魔法は妹君の方が得意だったはず……」

 その衝撃は同じ皇族として接する機会の多かったイレーネ殿下の方が大きいようだ。

「……殿下?」

 黙り込んでしまったイレーネ殿下に、心配そうな表情を浮かべるイオニ。

「ああすまない。 私たちの世界の常識でも少しばかりおかしいレベルの魔法だったのでね、驚いてしまったよ」
「ともかく、もうすぐアビスホールの中心部だ。 今日はゆっくり休んでくれ」

「はいっ! フェドくん、お腹すいたからアイス作って! バケツ一杯、あんみつ特盛!」

「ちょっ!? アンタは海上に浮かんでただけでしょ! 壱番アイスを食べる権利は直掩隊のあたしの物よ!」

「あっ、セーラちゃん! ずっる~い!!」

「まったく……ちょっとまってて」

 騒がしい腹ペコ精霊少女たちのために厨房へ歩きながら、僕は帝国の魔法技術に対する疑問が大きくなっていくのを感じていた。


 ***  ***

『な、何よアレ……』

「ま、真っ黒な穴が?」

「これほどとはな……」

 目の前に広がる光景に、驚きの声を上げる女性陣。
 僕も全く同感である。

 ここは魔の海、アビスホールの中心部。
 上空は澄み切った蒼、海面は鏡のように穏やかだ。

 直掩に上がったセーラの晴嵐が、真っ白な飛行機雲を青空に描く。
 世界の果てとは思えない美しい景色だが、僕たちの目にその光景は映っていなかった。

 ゴゴ……ズゴゴゴゴゴゴゴ……

 ここからまで、1万メートルは離れているはずだが、あまりの巨大さに遠近感がおかしくなってしまう。

 バチッ……バチバチッ

 なんと表現すればよいだろうか?
 虚無の漆黒……アビスホールとはよく言ったものである。
 すべてを吸い込むような漆黒の真球……直径は数百メートル以上ありそうだ。

 海面を、大気を揺らす暗黒の球が海上に浮かんでいる。

「あ、あれが魔の海の中心……殿下、この魔力はっ」

「ああ。 今までに観測されたことのない種類の魔力だ……これはいったいなんだ?」

 海上は穏やかで、凶悪なモンスターの姿も見えない。
 だが、暗黒球から漏れ出る魔力の波動からは、心臓を鷲掴みにされるような恐怖を感じる。

「ともかく、今すぐここを離れた方がよさそうだ。 フェド君、アルバン殿下に通信を……って、何をするつもりだ?」

 僅かに顔を青ざめさせている殿下も、同じ恐怖を感じているのだろう。
 撤退の具申をアルバン殿下に……そう僕に指示しようとした瞬間、駆逐艦フレッチャーが予想外の動きを見せる。

 艦首を暗黒球に向け、まっすぐに進み始めたのだ。

 シュワン!

 甲板にはアルバン殿下が立ち、あの【光の箱】を出現させる。

「なにを……まさか!?」

「あの暗黒球を……捕獲するつもりですかね?」

「いかん! フェド君、すぐに通信魔法を! あまりに危険すぎる!」

「はっ、はいっ!」

 焦りを含んだイレーネ殿下の声に、通信魔法の術式を展開した瞬間……海上の光景は一変する。

 ゴアッ!!

「えっ?」

 ヴィイイイイインッ……カッ!!

「海が!?」

 ズゴゴゴゴゴッ!

 暗黒球が一度明滅し、耳障りな怪音を発した次の瞬間、暗黒球を中心に巨大な渦が巻き起こる。

『イオニ、フェドっ! 黒い球が海水を吸い込んでいるわよ! 早く退避して!』

「わわわっ!? おもかじ一杯十六点回頭、機関全速っ!」

 セーラの警告に、慌ててエンジンを全開にするイオニ。

「危ないっ、フィルちんも!」

『Yes! ハイネス! ここは逃げますよ!』

 巨大な渦に巻き込まれないよう、艦首を右に振る伊402。
 流石に危険だと思ったのか、駆逐艦フレッチャーも大きく右に回頭する。

「ううううっ、三十六計逃げるに如かず~っ」

 僕の魔力に呼応し、ディーゼルエンジンの駆動音が大きくなる。
 距離を取っていたのが幸いした……一気に加速する伊402に、余裕を持って逃げ切れると安心していたのだが。

『って、どうしたのよ! もっと釜を焚きなさい!』

 セーラの声にハッとして後ろを振り返る。
 伊402より速いはずのフレッチャーの艦影は、近づくどころか小さくなっていく。
 気のせいか、駆逐艦の煙突から立ち上る排煙が小さくて……。

『No! エンジンストールですか!? ナンデ~っ?』

 ヘッドセットからフィルの悲鳴が聞こえる。
 どうやら、エンジン不調になってしまったようだ。
 このままでは、大渦に飲み込まれる……!

 晴嵐でフィルたちだけでも助けるか?
 いや、向こうには50人以上乗っている……少しずつ小さくなってくフレッチャーを見ながら、頭をフル回転させるが有効な手段を思いつかない。

「フェドくん! この錨をフィルちんのとこまでぶん投げること出来るっ?」

 その時、息を切らせながら話しかけてきたのはイオニだった。
 右手には艦首から外してきたのか、巨大な錨を持っている。

「イオニ、何を?」

「なるほど……その錨でフィル君を曳航するんだな?」

「はいっ!」

「ふむ……私は狩猟が趣味でね、猟で使う魔法の中に矢の射程を伸ばすものがある。 ソイツにフェド君の魔力を込めればもしかして……」

「わ、分かりました!」

 矢と錨ではサイズも質量も違いすぎるが、事態は一刻を争う。

 僕は伊402に回していた魔力をカットすると、全魔力を錨に集中させる。
 魔力に呼応し、錨が宙に浮かぶ。

「いいぞフェド君、素晴らしい魔力量だ」
「左に修正七度……いけっ!」

 ブアッ!

 イレーネ殿下が右手を振ると、魔法で加速された錨はものすごい速度で宙を舞う。

 ジャララララララッ!

 不協和音を残し、艦首から鎖が引き出されていく。

『フィル! 受け取りなさいっ!!』

『What!? 巨大なアンカーが!?』

 ガキインッ!

 セーラの声で巨大な錨が飛んできていることに気付いたのだろう。
 僅かに右に振ったフレッチャーの艦首に、伊402の錨が突き刺さる。

「よしっ! 全魔力をエンジンに切り替え! イオニ、全速前進!!」

「合点承知だよ!」

 ドドドドドドッ!!

 ひときわ大きく艦体が震え、伊402はフレッチャーを曳航しながら進みだす。
 イオニの話では、伊402のディーゼルエンジンは最高速は遅いがパワーはピカイチだそうだ。

 これで逃げ切れる、そう思っていたのだが。

『フェドっ! 黒い球からどらごん出現! 凄い数よっ!』

「「「えええええええっ!?」」」

 セーラの声に暗黒球の方を見れば、数十匹のドラゴンが漆黒の中から湧き出してくる。

「「対空戦闘!!」」

 一瞬にして、砲撃音が辺りを満たす。
 僕たちが無事にこの海域を脱出できるかどうかは、まだ分からなかった。
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