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第5章 伊402、はるか遠い大地へ
第5-4話 アビスホールを調査せよ!
しおりを挟む「アビスホールに突入するとおっしゃるのですか、アルバン殿下?」
「あまりにも危険では?」
ここは伊402の前部にある士官室。
イオニとセーラの奮闘により、普段使用しない収納や器具は取り払われ、紅いふかふかの絨毯に最高級の皮張りソファー、壁にはジェント王国の国旗に世界地図と、ジェント王国の名代たるイレーネ殿下にふさわしい格式高い広間へと変貌していた。
「イレーネ殿下、どうされたのかな? ”向こう”からの通信だよね?」
「どうやら帝国の皇太子殿下らしいけど……面倒そうな案件だね」
「……ふたりとも、声が入るわよ?」
『君たちはジェント運輸の所属なのだから、公式行事以外では私の立場を気にする必要はない』
というイレーネ殿下の取り計らいにより、僕たちもこの特別室で寛がせていただくことが多い。
ジェント王国の港を出て3週間、航海は順調に進み……いよいよ大海中心部に広がる”魔の海”領域をどう突破するか検討していたところだ。
大幅な遠回りになるが、アビスホールの影響を避けて進むのがセオリーだ。
食料とマテリアルは十分残っており、心配する必要はない。
状況は、帝国側もわかっているはずだけど……。
『ご心配なくイレーネ姫。 なにもアビスホールの中心部を突っ切ろと言っているわけではない』
『30年前に急拡大して以降、状況が不明なアビスホールの現状調査も目的の一つでね』
『これだけの性能を持つ”ギフト”が揃ったんだ。 格好の機会だろう?』
「…………事前協議の際に伺っておりませんが」
『いやなに、あの場でそんなことを言えば、大公が黙っていなかっただろう?』
『父上もそうだが、御年を召した歴々は保守的に過ぎる。 年々拡大する魔の海に魔の空……人類がじり貧になる前に打開策を見つけるのも、我々年若い権力者の務めと考えるがね』
「…………」
『ああ、君の弟の件もある。 悪くはしないから、色よい返事を頼むよ』
「!! ……同行者たちにも確認が必要ですので、後ほどご連絡いたします」
アルバン殿下の言葉にイレーネ殿下がわずかに顔をしかめられ……同時に魔法通信が切られる。
聞いてはいけない秘密だったかもしれない。
居心地悪くソファーでもぞもぞする僕たちの対面に、バツの悪そうな顔をしたイレーネ殿下が座る。
「聞かせてしまってすまない。 わざわざ隠すほどの事でもない……皇位継承者のひとりである私の弟が、ここ最近原因不明の体調不良に悩まされていてね」
「優れた医療技術を持つ帝国の助力を必要としているんだが……報酬代わりに無茶な要求をしてくるのさ」
「それより許せんのは私が21歳の時だ。 初対面の私を幼女と勘違いしてたかいたかいを……くっ!!」
「高潔なハイエルフの血を引き、王国に比類なきびぼーとうたわれていたのに……何たるくつじょく」
「「「…………」」」
王族としての凛としてのたたずまいはどこへやら、(見た目だけ)年相応の表情を浮かべたイレーネ殿下は悔しそうに拳を握りぷるぷる震えている。
気のせいか、口調まで幼くなっているようだ。
この凛として愛らしい雇い主に対する答えは、僕たちの中でもう決まっていた。
僕はイオニとセーラと頷き合い、こう宣言する。
「任せてくださいイレーネ殿下! 帝国が驚くほどの成果を出して……アルバン殿下の鼻を明かしてやりましょう!!」
「ふふっ……海軍軍人としては、もんすたーに制海権を取られたまま、というのも悔しいですし!」
「敵を知り、己を知ればなんとやらですよ、殿下!」
「君たち……」
「殿下! 艦の運行責任者として、わたしフィルと打ち合わせしてきますね!」
「敵さんの本拠地なら、モンスターの数も増えることが予想されるか……フェド! 試験中のアレを試すわよ!」
「了解、セーラ!」
がぜんやる気が出て僕たちは、それぞれの持ち場に走る。
こうして、僕たちは魔の海の中枢というべきアビスホールに挑むことになったのだった。
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