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第3章 初めての空

第3-9話 運送ギルド、買収される

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「ふぅ、少々危ない橋を渡ったが、何とかなったか……」

 レイニー共和国の運送ギルドトップであるリークは、久々に穏やかな気分を味わっていた。
 いつもならささくれ立った胃壁を刺激するブラックコーヒーも、今日は全身に染みわたるようだ。

「これで我がギルドも”海上輸送”へ参入……陸上輸送ではライバルであるデルビー運送ギルドに後れを取っているが、再逆転へ道筋が付いたと言えるだろう」

 執務室の机上に置かれているのは1枚の書類……そこには、先月発見された最新型の”外輪船”、グレートイスタ号のスペックが記されている。

 全長は100メートルを超え、2000トン以上の荷物を積める。
 時速30キロ近い速度を出すことができ、ドラゴンの皮膚を傷つけることが可能な”大砲”も積んでいる。
 荒れる”魔の海”を超えることが可能と目算される超大型ギフトを、発見者の中堅ギルドごと買収したのだ。

 手元資金だけでは到底足りなかったため、”帝国”の株式市場に上場することでリークは資金を工面したのだ。

 ……そういえば、上場の手配をしてくれた秘書はそのまま帝国にとどまり、長期休暇を取っている。
 今回の功績は認めるが、デルビー運送ギルドへ反転攻勢を仕掛けるべきこの時期に長期休暇とは、迷惑なヤツだ。

「まぁ、有能な部下には適度な”アメ”を与えるのが経営者の度量だがね」

 リークは秘書に任せていた書類を自分で決裁しつつ、帝国から取り寄せた高級チョコレートを口に放り込む。

 ふむ……さすがに絶品だな。
 口中に広がる上品な甘みが、我がギルドの発展を暗示しているような気がして、リークは満足そうな笑みを浮かべるのだった。


 ***  ***

「撃てっ! 撃てっ!」

 ドンッ!
 ドンッ!

 大型外輪船、グレートイスタ号の両舷に装備された大砲が火を噴く。

「くそっ! 追い撃ちになってるぞ!
 ヤツの動きを予測して移動先に撃て!」

「そんなこと言われても、大砲の旋回が間に合わないっすよ~!」

 ひげ面の船長が必死に檄を飛ばすが、大砲を操作する船員は半泣きになっている。

 レイニー共和国運送ギルドの所属になったグレートイスタ号は、レイニー共和国の港から希少な農作物やマテリアルなどを満載し、自信満々に”魔の海”へと漕ぎだしたのであるが……。

「くそっ! シーサーペントが2体だと!? そんな馬鹿な!」

 全長50メートルを超え、幾多の無謀なトランスポーターを船ごと葬って来た魔の海の主であるが、それだけに縄張り意識が強く2体同時に出現するなど聞いたことがない。

 しかも、ヤツ等は巧みに連携し、まるでオオカミが狩りを楽しむかのようにこちらを追い詰めてくる。

 ザバアッ

 ガオオオオオオンッ!

 海上に大きく鎌首をもたげたシーサーペントが雄叫びを上げる。


「くっ、そこだっ!」

 ドウッ!

「よし、いいぞっ!」


 思わず快哉を叫ぶ船長。
 ヤツが動きを止める瞬間を狙っていた砲座がいたらしい。


 ドバアアアアンッ!


 砲弾は正確にシーサーペントの頭部に命中する。
 粉々になったシーサーペントが力尽き、海中に沈んでいくことを船長は確信していたのだが。

「そ、そんな馬鹿な……! 無傷だとっ!?」

 爆炎が晴れたとき、そこにいたのは大きく顎を開いたシーサーペントの姿だった。

「うわ、わああああああああっ!?」


 ドガッ! バギッ!

 ズドオオオオオオオオンッ!


 巨大な爆発が魔の海に轟き……グレートイスタ号は海の藻屑になった。


 ***  ***

「まさか……これはウソに違いない……シーサーペント2体に襲われて遭難だと?」
「これが初航海なんだぞ……」

 グレートイスタ号が最期に送って来た魔法通信を受け取ったリークは、血の気を失った顔で執務室に立ち尽くす。

 この航海だけで数千万センドの利益を見込み、魔の海を渡る”海運”を成功させたことを内外にアピールして失った信頼の挽回を図るはずだった。

 それがこうもあっさりと……許されるはずがない。


「……いえ、事実ですリークさん」

 がちゃっ

「!! お前……いつの間に戻って来たのだ」

 ノックもなしにリークの執務室に入ってきたのは、眼鏡から冷たい光を煌めかせ、ぴしりとスーツを着こなしたリークの秘書だった。

 ギルドの危機だというのに、あまりにいつも通りな彼の様子に苛立つリーク……いや、むしろ普段より堂々としているような?
 コイツはここまで仕立ての良いスーツを着ていただろうか?

 ヤツがデルピー運送ギルドのスカウトを受けている事は知っていた。
 優秀な人材が取り合いになるのは仕方ない。
 リークはデルピー運送ギルドに対抗するため、今までの2倍の報酬を秘書に支払っているのだ。

 いや、襟に輝くあの紋章は……!

「レイニー共和国運送ギルド長リーク殿……貴ギルドの筆頭株主であり、最大の債権者であるカイザーファーマCEOのご指示を通達します」

「本日15時をもって、カイザーファーマはレイニー共和国運送ギルドの全株式を取得、新たなギルド長にはカイザーファーマからの出向者が就任します」

「貴方の処遇は追って通知しますが……48時間以内に引き継ぎ資料を提出してください」

「なあっ!?」

 あくまで淡々と伝達事項を読み上げる元秘書。
 リークの有能な片腕であった秘書は帝国最大の商会に引き抜かれていた……そして奴は私にギルドを上場させ、買収するタイミングを狙っていたに違いない。

 反論する気力もなくし、がっくりと膝をつくリーク。
 フェドを逃したミスから始まったリークの転落人生は、ここに極まったのだった。
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