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第1章 追放トランスポーター、心機一転

第1-7話 大きな魚を逃した運送ギルドの憂鬱

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 我が運送ギルドの経営は堅調だが……輸送部隊 (コンボイ)の被害が大きいのが気になるな……。

 つい先日までフェドが所属していた運送ギルド……町の広場を一望する高台に、威風堂々石造りのビルを構える巨大組織だ。

 その最上階の執務室で、ギルド長のリークは頭を悩ませていた。

 海運ギルドの連中ほどバクチ打ちではない……輸送効率は下がっても、数十台の荷馬車に銃火器で武装した潤沢な護衛……大キャラバン主義を採用したリークの運送ギルドは、一回辺りの利益より到達率を重視し、顧客の信用を積み重ねてきたはずだった。

 ”魔の海”を通る海上輸送に比べ危険度は下がるとはいえ、大陸を縦横に切り裂く深い”魔の谷”……そこに出現する凶悪なモンスターの存在により、陸上輸送にもそれなりの危険が伴う。

 そんな中でも近隣諸国の運送ギルドに比べ、85パーセントという圧倒的に高い目的地到達率を誇っていたのだが、ここ数か月、その成績に陰りが出てきていた。

「7.7㎜小銃弾の効かないキマイラ型のモンスターが出現しただと……そんな馬鹿な」

 先日、”魔の谷”で凶悪なモンスターに襲撃され、壊滅したキャラバンの生き残りが書いた報告書を読み、唸り声を上げるリーク。

 キマイラ型のモンスターはこれまでも多く出現していたが、我がギルドが装備するボルトアクション式の7.7㎜小銃で問題なく対処できていたはずだった。

 強力な新種が出現したのだろうか?

「報告では、従来種のブルーキマイラとのことですが……」

 かたわらに控えた秘書がそう報告する。

「それこそまさかだ! 従来種のモンスターがこんな短期間で進化するものか!」
「おおかた、新種のキマイラを見間違えたのだろう……出現率は低いとしても、護衛を増やすしかあるまい」

 リークはギルド構成員の成果評価に対しては厳しいが、無謀なことはしない性格だ。
 利益が下がることは承知で、護衛をさらに増やすようにと秘書に指示を出す。

 だが……我々の運送ギルドは比較的安全な陸上ルートを使う事により、運送者……トランスポーターの雇用経費を抑えてきたのだ。
 ブルーキマイラが本当に進化していて、陸上ルートの危険が大きくなっているのなら……腹の底に沸いた疑念を、秘書は頭を振ってやり過ごす。
 憶測で進言しても仕方がない……それは私の職務ではないし。

 有能だが、おのれの立場をわきまえすぎている秘書は、咳ばらいを一つすると、次の報告へと移る。

「デルビーの街の運送ギルド……我々の商売敵ですが……先日、新たな”ギフト”を入手したとの噂が……」
「石炭ではなく、”燃える油”を使って動く、”じどうしゃ”?というモノらしいですが……」

「……なんだと?」

 リークの眉がピクリと動く。

 ”燃える油”……先日フェドの奴が言っていた”燃える水”と関係あるのか?

「……馬鹿な!」

 秘書から資料を受け取ったリークが、内容に目を通した途端に驚きの声を上げる。

「石炭を燃やす”エンジン”にくらべ、数倍の燃焼効率があり、エンジン本体も半分の大きさで済むだとっ!?」

 資料に添付された魔法写真には、”とらっく”なる、新型の輸送機械の姿が映っている。
 デルビーの街近郊の山の中で発見され……デルビー運送ギルドに専有使用権が付与されたと記載されている。

 何より脅威なのは……リークの運送ギルドで使っている荷馬車に比べ、10倍以上の積載量がある事だ……。

 新型の”ギフト”は、最初に見つかった場所で複数個見つかる傾向がある……デルビー運送ギルドがこの”とらっく”を連ねたキャラバンを投入して来たら……!

 我が運送ギルドの危機だ!
 いささか慌てた様子で秘書に指示を出す。

「くそ! 今すぐフェドのヤツを呼び出せ!」
「あと、倉庫番もだ!」
「まだ町はずれの倉庫には、フェドが”変換”したアイテムが残っているはずだっ!」

 ご自分でクビにしたんでしょうに……いい意味でも悪い意味でもギルドの利益を最優先するリークの姿勢に、むしろ感心しながら、倉庫番のジンに連絡を取る秘書だったが……。

「”燃える水”をすべて、フェドが回収しただと……?」

「はい、それに……そのほかの”大口径弾”や、廃棄予定だった余剰の”マテリアル”も相場以上の値段で買い取っていったとか……」

「そのあと、”鉄のクジラ”に乗って、”魔の海”の方へ出航したという話です」

 街の酒場でやけ酒でもしてるのだろう……リークはフェドの行動をそう決めつけていたのだが……。

「”鉄のクジラ”……”魔の海”……デルビー運送ギルドが入手した新型のギフト……まさかっ!?」

 フェドのブリーディング (機械翻訳)が、これら新型ギフトに反応するものだったとしたなら……。

「俺はまさか、大きなチャンスを逃したのか……?」

 自分の軽率な判断が、金の卵を産むニワトリをふいにしてしまったのかもしれない……勘だけは鋭いギルド長リークは、部屋の天井を見上げかぶりを振るが……。

 時すでに遅し……なのであった。

 ***  ***


「んん~っ! 空気が美味しい、日差しが気持ちいいな~」

 レッドドラゴンの襲撃をやり過ごし、シーサーペントを撃破した僕たち。

 激しい戦闘だったので、念のため各部の点検を……セーラの進言により、僕たちの潜水艦伊402号は、海の上に浮上?していた。

 珍しく”魔の海”は穏やかで……水平線までくっきりと見える。
 キラキラと日の光に輝く波頭がきれいだ。

「……うえっ!? リークさんから魔法通信の履歴が!?」
「やっぱり資材を弁償しろって連絡だったらイヤだなぁ~、着信拒否っと」

 腰に付けたポシェットから魔法通信鏡を取り出した僕は、ギルド長のリークさんから魔法通信が入っていたことに気づき、顔をしかめる。

 どのみち、通信圏外なので呼び出されることは無いけれど、元上司からの連絡はイヤなモノである。

 契約上は、もう何かを言われる筋合いはないので、連絡先を消去して着信拒否に設定する。
 僕はもう昨日までのダメダメブリーダーじゃないのだっ!

「セーラちゃ~ん! わたしの船体は大丈夫、少し傷がついてるだけだよ~」
「でもでも、こんなでっかい歯型が付くのかぁ……こわっ! サセチン (佐世保鎮守府)のオヤジさんに怒られるよ」
「セーラちゃんの方はどう?」

 船体各所を点検していたイオニが、安堵の声を上げている。

 ていうか、シーサーペントに噛みつかれて”少しの傷”ですむのか……確かに何か所か艦体の塗装が剥げている部分があるけど……あらためてとんでもない”ギフト”である。

「う~ん、あたしの晴嵐はやっぱまだ飛べないわね……この子、アメちゃん引き渡し用の機体みたいだけど」
「プロペラシャフトに亀裂が入ってるし、オイルも足りないわね」

 ”飛行機”である”晴嵐”の状態を確認していたセーラが大きなため息をつく。

 艦橋の下部にある大きな筒状の倉庫?から取り出された晴嵐は、その大きな翼を広げ、”かたぱると”なる長大なレールの上に置かれている。

 深緑と薄いグレーに塗り分けられた機体の胴体には、鮮やかな赤色で丸い印が描かれている。
 セーラの話では、彼女たちが所属していた国のマークらしい。

 全体的に曲線で構成された巨体はとてもスマートで美しい……できたら僕もコイツが飛ぶところを見たいんだけどな。

 やはりこの”ギフト”の精霊として、分身でもあるこの”晴嵐”が飛べないのは辛いのだろう。
 悲しそうな表情を浮かべるセーラを見ていると、なんとかしてあげたくなる。

「……ねえセーラ、今読んでるのって、コイツの整備マニュアル?みたいなものだよね?」

「構造や材質が分かれば、僕の”コンバージョン” (物質変換)で再現できるかもしれない」

 僕は、しょげているセーラの肩をたたき、努めて優しい口調で声をかける。

「フェド?」
「いや、いくらあなたでも晴嵐のプロペラシャフトは……希少金属を使った芸術作品とまで言われた部品なのよ?」

「……でも、むむむ……フェドならもしかして」

 最初は無理でしょ!な表情をしていたセーラだが、僕が”マテリアル”から重油や大口径弾を作り出したことを思い出したのだろう。
 徐々に思案深げな表情になっていく。

 さすがに僕も、複雑な”部品”ともなると、一発で作ることは難しいけどね……時間を貰えれば、必ずできる!

 笑顔で見得を切った僕に、だんだんとセーラも笑顔になる。

「ふふ、じゃあお願いしようかな……この子にはとっても思い入れがあるの。 よろしくね、フェド!」

「おお~っ! 今のセーラちゃんの笑顔、レスのインチ (なじみの芸者)みたいですなぁ~、ちょろかわ!」

「って、イオニっ! からかわないのっ!!」

 いたずらっぽい表情を浮かべて横やりを入れてきたイオニとじゃれ合いだすセーラ。
 その微笑ましい様子を見ながら僕は、自分の夢をかなえるためにも、この子たちを笑顔にするぞと心に決めるのだった。

 世界一の【トランスポーター (運び屋)】に僕はなるっ!!
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