上 下
1 / 36

第1話 元神童、ギルドで最下層扱いです

しおりを挟む
 
「そんじゃ、行ってきまーす!」
「あ、魔術式かまどの不具合は直しておいたから!」

「リーノ君、いつもありがとね!」
「今日も冒険かい? 気を付けるんだよ」

 きっちりと冒険着を着こみ、戸締りをして下宿を出発する。
 そんな僕に、優しい大家さんが声を掛けてくれる。

 共同キッチンに備え付けられたかまどの調子が悪かったので、昨日のうちに修理しておいたのだ。
 僕はこれでも冒険歴4年になる冒険者……”スキル”と呼ばれる色々な魔術を使えるので、これくらいなら朝飯前だ。

 にゃ~っ

 たまにウチに遊びに来てくれる、子猫ちゃんのネコミミをひとなですると、僕は冒険者ギルドへ急ぐ。

 ま、まあ……爽やかな朝はここまでなんだけどね……。


 ***  ***

「おいっ! ”スキル辞典”のリーノ!」
「今日もてめぇにぴったりな依頼を持ってきてやったぜ!」

 ばさっ

 一枚の羊皮紙が冒険者ギルドのカウンター越しに放り投げられる。

 はぁ……僕はため息をつきながらそいつを拾い上げる。
 そこに書かれていたのは、ありきたりなDランクモンスターの退治依頼。

 モンスターの名はマンドレイク。
 強くはないけれど、幻惑魔術やマヒを使ってくるため、地味に面倒な敵だ。
 極めつけに依頼主はお役所なので報酬も安い。
 典型的な”やりたくない”仕事であるといえた。

「……ありがとうございますギルド長、微力を尽くします」

 感情を消してギルド長であるアント・カリーニに一礼する。

「くくっ……礼には及ばねぇよ、てめぇ自慢の爆炎魔術、”フレア・バースト”を使えばイチコロだろう?」

「ははは、違いないですね、アントさん! おいリーノ! マンドレイクは氷雪魔術も効くから、”フロスト・ストーム”でもいいぞ!」

「いやいや、”スキル辞典の”リーノさんなんだ、”ハヤブサ斬り”で一刀両断だろう!」

「ふん……優秀なギルド構成員を持って幸せだぜ……おいリーノ、どのスキルで仕留めたかちゃんと報告しろよ!」

「「ギャハハハハ!!」」

 朝からギルドに併設された酒場で飲んだくれている冒険者たちの笑い声を聞きながら、僕は外に出る。

 居心地の悪いギルドと対照的に、目の前に広がった青空はどこまでも澄んでいて……僕は大きく深呼吸した。

 ……先ほど連中が言っていた爆炎魔術、氷雪魔術、剣技はすべて上位スキル。
 もし、これを全部を使えるのなら、過去に数多の世界を救ったという伝説の勇者に勝るとも劣らない天才なのだけれど……。

 僕はため息一つ、自分のスキル一覧を確認する。

 ■爆炎魔術
 【ファイアシュート】
 ファイアブラスト
 フレアブラスト
 ……
 フレアバースト
 ■氷雪魔術
 【アイスシュート】
 アイスブラスト
 ……
 フロスト・ストーム
 ■剣技
 【追加斬り】
 魔法剣LV1
 ……
 ハヤブサ斬り
 ■レベル:3

 ずらりと並ぶ数百に及ぶスキル……スキル一覧に現れるという事は、これらのスキルを”契約”出来ているという事だ。
 でも、使用可能な事を示す【】マークは初級スキルにしか付いてなくて……。

 冒険者になって4年、僕は契約したスキルのほとんどを使えないでいた。

 何故なら現在のレベルは僅かに3……僕には”経験値がゼロになる呪い”が掛かっていた。
 いくらモンスターを倒しても、レベルアップ出来なければどうしようもない。

 膨大なスキルを契約しているのに使えない……そんな僕に付けられたのは、”スキル辞典”というありがたくない称号だった。
 レベルさえ……レベルさえ上がれば、一気にトップクラスの冒険者になることも夢ではないのに。


 ……自分の境遇を嘆いていても始まらない。
 今日の糧を得るため、働かないと!

 気を取り直した僕は、パーティを組んでいる親友が待つ飯屋に向かうのだけれど。


 ドドドド……ギイッ


「……うわっ!?」

 大通りを明らかな速度違反で爆走してきた馬車が、僕を轢く直前で急停止する。
 馬車の側面に描かれているのは2匹の竜が絡み合う紋章……これは……。

 息を飲む僕の目の前で、乱暴に馬車の窓が開かれる。

「……まったく誰かと思えば”兄さん”、まだ冒険者なんてしていたんだ」
「とっくに野垂れ死んだと思っていたのに……ゴキブリ並み、いやいやゴキブリに失礼だったね」

 顔を出すなり辛辣な罵声をぶつけてきたのは、さらさらとした金髪にギラリと光る赤い目をした男……僕よりわずかに年下の、たしか今年で18歳になっていたはずだ。

「……おいガイオ、絶縁した浮浪者などにかまうな」
「国王陛下のお呼び出しなのだ。 先を急ぐぞ」

 僕を”兄さん”と呼んだガイオと同じ髪の色、目の色をした壮年の男が、こちらに視線すら寄こさず、不機嫌そうに吐き捨てる。

「すみません父上、懐かしくも忌々しい顔が見えたもので」
「ふふ、兄さん……せいぜいみじめに底辺を這いずり回る事です」
「代々バルロッツィ家が賜って来た”宮廷魔術師”の座はボクが頂きますので……それではごきげんよう」

 侮蔑の言葉だけを残して、馬車は行ってしまった。

「はあああああ~、これから冒険に出るってのに、最悪な気分だよ」

 今日何度目か分からないため息をつき、短く刈り揃えた金髪をかきむしる。
 ああしまった、どこに素敵な出会いが転がっているか分からないんだ……手鏡を取り出し、乱れてしまった髪型を整える。

 手鏡に映った自分の姿……彼らと同じ金髪だが、両目は海のように蒼い。
 そう、彼らは僕の”元”父親と弟。

 否応なしに苦い思い出が脳裏に浮かぶ……発端はいまから4年前。


 ***  ***

「せっかく全スキルを契約できたというのに……なんということだ!」
「やはり下賤な庶民の血のせいか……こんなのに期待したワシが馬鹿だったのだ」

 15歳の誕生日、王家に連なる名家バルロッツィの庶子として、”スキル契約”の儀式を済ませた僕。

 世の中に存在するスキルを”すべて”契約できてしまった僕は、王宮から派遣されてきた魔術師や騎士たちが騒然となる中、あれよあれよと正式な後継者として祭り上げられる。

 だけど、夢見心地は数日も続かなかった。

 僕に”経験値ゼロ”という、とんでもない呪いが掛けられていることが判明したからだ。
 当然のことながら、レベルが上がらないと契約したスキルは使えない……宝の持ち腐れである。

「……リーノ、お前はこの家にふさわしくない」
「さっさと出て行け、役立たずが!」

 バタン!

 バルロッツィ家の地位を守ることを最優先した父上は、そこそこの才能を示していた弟ガイオを跡取りに指名し、僕を絶縁のうえ、家から追放したのだった。

 ……僕が妾の子で、ガイオが本妻の子だったという事情もあったんだろう。


「よ、リーノ。 災難だったな」

 回想にふけっていると、僕の肩が優しくたたかれる。
 振り向いた先にいたのは、笑顔を浮かべた赤毛の男。
 僕の頼れる仲間、ランドルフだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

転生幼女の怠惰なため息

(◉ɷ◉ )〈ぬこ〉
ファンタジー
ひとり残業中のアラフォー、清水 紗代(しみず さよ)。異世界の神のゴタゴタに巻き込まれ、アッという間に死亡…( ºωº )チーン… 紗世を幼い頃から見守ってきた座敷わらしズがガチギレ⁉💢 座敷わらしズが異世界の神を脅し…ε=o(´ロ`||)ゴホゴホッ説得して異世界での幼女生活スタートっ!! もう何番煎じかわからない異世界幼女転生のご都合主義なお話です。 全くの初心者となりますので、よろしくお願いします。 作者は極度のとうふメンタルとなっております…

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

神様との賭けに勝ったので、スキルを沢山貰えた件。

猫丸
ファンタジー
ある日の放課後。突然足元に魔法陣が現れると、気付けば目の前には神を名乗る存在が居た。 そこで神は異世界に送るからスキルを1つ選べと言ってくる。 あれ?これもしかして頑張ったらもっと貰えるパターンでは? そこで彼は思った――もっと欲しい! 欲をかいた少年は神様に賭けをしないかと提案した。 神様とゲームをすることになった悠斗はその結果―― ※過去に投稿していたものを大きく加筆修正したものになります。

処理中です...