上 下
18 / 34
第5章 特A科クラスの期末試験

第5-1話 試験勉強と家庭教師

しおりを挟む
 
「やべえっ! さっぱり分からない……助けてルイえもん~~」

「……誰がルイえもんですか」

「クレアさんがちゃんと予習・復習をしないのが悪いんです」

「ううっ……大変ごもっともですが……!」
「ルイ、頼むから教えて~~」

 ここは学院の学生食堂。

 特A科クラスの魔法拳闘士として一定の評価を得つつあるクレア・バンフィールドはしかし、彼女の格闘スキルが通用しない煉獄の強敵、期末試験を目の前に沈没寸前だった。

 季節は梅雨を過ぎ7月に入り、気温もぐんぐん上がる中……魔法士官学院も夏季休暇を前に試験シーズンを迎えていた。

 帝国では成人扱いとなる16歳の女性が、背丈のちんまい13歳の少女に勉強を教えてと泣きつく光景はなかなかに情けない姿であるが、当の本人はいたって真剣である。

「……しかたないですね、ティラミス1か月分で手を打ちますから、今日の放課後……教科書を持って寮のわたしの部屋まで来てください」

「ほんとっ!? ありがとうルイ!!」

「むぎゅっ」

 ため息をつきながら教師役を承諾するルイに、感極まって抱きつくクレア。

 顔に押し付けられる豊かな胸の感触、自分との格差に腹を立てつつも、この柔らかさは嫌いじゃないルイなのだった。


 ***  ***

「おお、ネコのぬいぐるみが沢山……へへっ、ルイったらクールなふりして可愛いもの好きなんだから♪」

 放課後、ルイの部屋を訪れたクレアは、意外に女の子している彼女の部屋に少し驚いていた。

 今度なにかぬいぐるみでもプレゼントしようかな……そう考えるクレアに、厳しい教師ルイの叱咤が響く。


「なにをニヤニヤしているんですかクレアさん!」
「ここに来た時点でアナタの学力は最下層のウジ虫なのです!」

「えええっ!? ウジ虫とか酷くないっ!?」

「おや、このウジ虫は人間の言葉を話すようですね……今の貴様に口答えは許されない!」
「言葉の最初と最後にサーをつけろっ!」

「さ、サーイエッサー!」

「声が小さい!」

「サーイエッサー!!!」


 困ったことに、特殊部隊出身の彼女の教育は海兵隊式なのだった。
 お決まりの通過儀礼のあと、ようやく勉強が始まったのだが。

「と、いうことで”魔導術式”は、こうバババっと展開され、クラシックの旋律のように繊細なのです」

「……はい?」

「だから、爆炎系の術式はこうコントラバスのように低音で力強く……回復系の術式はトランペットのように華やかに、です」

「わかりましたか、クレアさん?」

「……全然わかんにゃい」

 ルイの感覚的な教えに、まったくついていけないクレア。

「むむ……クレアさんは習うより慣れろかもしれません……それでは、魔力を込めずに、術式だけの展開を練習しましょう」

「雷撃系の術式は……こう! びりびりっと!」

「能力アップの術式は、優しく包み込む感じでぐいっっと……さあ、どうぞ!」


「やだ……この子、天才過ぎ!?」


 直感的な天才少女の教えは、クレアには早すぎたようだ。


 ***  ***

「ううっ……このままだと補習どころか留年も……両親にシバかれる……」

 ルイに教えてもらうというたくらみは夢破れ、とぼとぼと学院の廊下を歩くクレア。

「あれ、そんなにしょげてどうしたの?」

 その時、目の前の教官室から現れたのは、彼女たちの教官のセシルだった。


 ***  ***

「なるほど……特に魔導系の教科を教えて欲しいと」

「はいぃ……魔法を使うのはともかく、理論はさっぱりで……」

 教官室前をトボトボと歩くクレア。
 何があったのかと話しかけてみれば、期末試験を前に魔導系の教科がどうしても理解できなくて大ピンチとのことだった。

 ふむ……格闘メインで自分の感覚を頼りに動くクレアには、理論は難しいのか。

 魔導概論の担当教官として、あまり1人の生徒に時間を割くわけにはいかないが、僕もいまだ新任教師。
 座学が出来ない生徒に教えるのも、いい経験になるだろう……。

「今日の夜なら時間取れると思うから……クレアが大丈夫なら教えるよ」

「ほんとですか! やった! それじゃ、魔導通信端末に連絡しますんで、寮のっ!」

「……えっ?」

 彼女はそれだけ言うと、元気よく駆けて行ってしまった。
 いま彼女、とんでもないことを言わなかった?


 ***  ***

(おおう……どうしてこんなことに)
(うっ、女の子のいい匂いがする……)

 その日の夜、僕は内心冷や汗をかいていた。

 ここは学院の女子寮、クレアの部屋だ。

 魔導概論について教えることをクレアと約束し、先ほど彼女から入った連絡は、やっぱり”あたしの部屋に来てください”だった。

 言われるがままに来てしまったが、教官が教え子の部屋に夜一人で来るとか、もしかしなくてもマズいのでは?

 念のため隠密魔法をつかって気配を隠しながら来たが……。
 いやいや、これは教師と生徒の尊い教育活動である……決してやましいものでは……。

「ふぅ、待たせてしまってスミマセン、セシル教官……午後の授業で汗かいてたんで、ついでにシャワーを浴びさせてもらいましたぁ!」

「!!」

 そう言ってシャワールームから出てきたクレアは、胸の谷間がくっきりと見える薄手のTシャツに、惜しげもなく生足を晒すショートパンツという格好だった。

 ……無自覚お嬢様と言うのは本当に罪作りなモノである。


 ***  ***

「……それで、攻撃魔法の術式と回復魔法の術式では基礎となる共通術式が異なっていて、基本は教科書の37ページにある帝国共通術式が……」

「ふんふん、そうだったんですね」

 モモにペンを刺しまくってなんとか心の平穏を保った僕は、クレアへの特別授業(意味深じゃない)を続けていた。

 クレアは感覚的に魔導を理解しようとして上手く行っていないようだった。
 基礎の基礎からきっちり体系的に教えてやると、彼女はみるみる理解を深めていった。

「……よし、これで今回の試験範囲は8割がたカバーできたな。 いったん休憩にしようか」

「ふう、ありがとうございます! じゃあ、あたしお茶入れますねっ!」

 僕が休憩を提案すると、彼女はぴょんっと元気に立ち上がり、戸棚からティーセットを取り出して
 優雅な手つきで紅茶を淹れ始める

 ……普段は元気な爆裂娘でも、こういう仕草を見てると貴族の娘なのだなと思わせてくれる。

「……あたし、領主である両親とは忙しくてなかなか遊ぶ機会もなかったので」
「執事の爺やとおじいちゃんに遊んでもらうことが多かったんですけど……」

 お茶受けを準備しながらクレアが語りだす。
 そういえば、彼女の事をクレアの口から話してくれるのは珍しいな。

「昔から身体を動かすことが好きて、勉強が苦手だったあたしに辛抱強く勉強を教えてくれたのが爺やで……その穏やかな時間があたしは大好きで」

「少し昔を思い出しちゃいました♪」
「あらためてありがとうございます、セシル教官っ!」

 にぱっ、と満面の笑みを浮かべるクレアの頭を撫でてやりつつ、穏やかな勉強時間が過ぎていくのであった。

 その後、ぐんぐん成績を伸ばしたクレアは、無事追試を回避することができた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

契神の神子

ふひと
ファンタジー
怪しい気配に導かれて神社の鳥居をくぐってみると、そこは天慶元年の平安京。 10世紀の日本である。 いきなり暴漢に絡まれ、訳も分からず逃げ惑う少年を助けたのは、一人の少女だった。 彼女は、十年前に自分と弟だけを残して滅ぼされた一族の仇を討つため、雌伏して時を待っていた。 そして、ついにその時が来たのである。 言い伝えの通り、先の世から来た少年、その彼が力になってくれる――彼女は、少年に言った。 「どうか私たちに力を貸してください」と。 そう、日常に飽きた少年はこんな展開を待っていた! 少年は、少女の願いを叶えるため現代知識という名の先読みチートで無双する! …かと思われたが、どうも知ってる歴史と違う。 皇統は分裂してるし、「契神術」とかいう魔法みたいなものがあるし、「神子」とかいう規格外の存在が世界の調和を保っているらしい。 これでは、現代知識なんて何の役にも立たないじゃないか! 少年にチートなど無い。 あるのは突然与えられた「再臨の神子」なる大げさな肩書のみ。 こうなってしまってはまったくの無力である。 そんな彼の前に立ちはだかるのは、曲者ぞろいの平安貴族、そして平城京に本拠を置き復権を目指す上皇とその家人たち。さらには少年を転移させた人ならざる不明の存在。 皇統の分裂、神と人を結ぶ「契神術」、そして「契神の神子」。 捻じれた歴史に陰謀渦巻く平安京で少年は、どう戦い、何を見るのか。 全ては、神のまにまに――。 *小説家になろう、カクヨムでも連載しております。

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

雪花祭り☆

のの(まゆたん)
ファンタジー
記憶を失くし子供の姿に戻ってしまった黒の国の王 火竜王(サラマンデイア) アーシュラン(アーシュ)に 愛された 白の国のオッド・アイの瞳の王女エルトニア(エイル) 彼女は 白の国の使節(人質)として黒の国の王宮で暮らしていた・・ 記憶をなくし子供の姿になってしまった彼(アーシュ)黒の王に愛され  廻りの人々にも愛されて‥穏やかな日々を送っていた・・ 雪花祭りの日に彼女はアーシュに誘われ女官長ナーリンとともに 出かけるが そこで大きな事件が・・

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

召喚アラサー女~ 自由に生きています!

マツユキ
ファンタジー
異世界に召喚された海藤美奈子32才。召喚されたものの、牢屋行きとなってしまう。 牢から出た美奈子は、冒険者となる。助け、助けられながら信頼できる仲間を得て行く美奈子。地球で大好きだった事もしつつ、異世界でも自由に生きる美奈子 信頼できる仲間と共に、異世界で奮闘する。 初めは一人だった美奈子のの周りには、いつの間にか仲間が集まって行き、家が村に、村が街にとどんどんと大きくなっていくのだった *** 異世界でも元の世界で出来ていた事をやっています。苦手、または気に入らないと言うかたは読まれない方が良いかと思います かなりの無茶振りと、作者の妄想で出来たあり得ない魔法や設定が出てきます。こちらも抵抗のある方は読まれない方が良いかと思います

聖女の力を隠して塩対応していたら追放されたので冒険者になろうと思います

登龍乃月
ファンタジー
「フィリア! お前のような卑怯な女はいらん! 即刻国から出てゆくがいい!」 「え? いいんですか?」  聖女候補の一人である私、フィリアは王国の皇太子の嫁候補の一人でもあった。  聖女となった者が皇太子の妻となる。  そんな話が持ち上がり、私が嫁兼聖女候補に入ったと知らされた時は絶望だった。  皇太子はデブだし臭いし歯磨きもしない見てくれ最悪のニキビ顔、性格は傲慢でわがまま厚顔無恥の最悪を極める、そのくせプライド高いナルシスト。  私の一番嫌いなタイプだった。  ある日聖女の力に目覚めてしまった私、しかし皇太子の嫁になるなんて死んでも嫌だったので一生懸命その力を隠し、皇太子から嫌われるよう塩対応を続けていた。  そんなある日、冤罪をかけられた私はなんと国外追放。  やった!   これで最悪な責務から解放された!  隣の国に流れ着いた私はたまたま出会った冒険者バルトにスカウトされ、冒険者として新たな人生のスタートを切る事になった。  そして真の聖女たるフィリアが消えたことにより、彼女が無自覚に張っていた退魔の結界が消え、皇太子や城に様々な災厄が降りかかっていくのであった。

処理中です...