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■第4章 レイル・フェンダー、世界を釣る(北の国から)

第4-1話 クルーズ船と海上の襲撃者

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「うわぁ♪ 潮風が気持ちいいですわ!」

 定期船のアッパーデッキで、全身に潮風を受けたフィルがくるくると舞う。

 そういえば、オレもこんな大きな船での船旅は初めてだ。
 見上げると、3本のマストに広げられた真っ白な帆が、海風をはらんで大きく膨らんでいる。

 テンションの上がったオレは、デッキの最先端まで行くと思いっきり両手を広げる。

「うおおおおっ、飛んでるみたいだっ!」

「ふふっ、レイルったら子供みたいですよ」

「そっちこそ!」

 オレとフィルは顔を見合わせて笑い合う。
 海底洞窟での一夜を経て、オレとフィルの距離はまた一歩近くなっていた。

「……ふぅ、思わずはしゃいでしまいました」

 ひとしきり、海上を疾走する船からの景色を楽しんだオレたちは、船体後部にある自分たちの部屋に戻って来ていた。

 気を利かせてエレンが準備してくれたのは、最高級の一等船室。
 部屋の大きさは10メートル四方はあり、ふかふかのシーツが敷かれたベッドが2つ置かれている。

 壁には大きな窓があり、王国製の高級ガラスがはめ込まれている。
 部屋の真ん中にはテーブルとソファーが備え付けられ、食事は一等船室専任のシェフが部屋まで運んでくれる。

 海水を真水に変える魔法を使ったシャワールームまで用意されており……ヘタな高級ホテルよりよほど快適である。

「今夜の食事も楽しみですわ……昨日のフルコース、デザートのババロアは絶品でした……」

 自分のベッドに座り、お気に入りのぬいぐるみである”ぺんきち”をぎゅっと抱きしめるフィル。
 その恍惚とした表情と共に、口の端からはヨダレが垂れている。

 おいこらお嬢様……!

 見かねたオレは、ポケットからハンカチを取り出すと、フィルの口を拭ってやる。
 フィルも無意識のうちにヨダレを垂らしていたことに気づいたようだ。

「んっ……レイル、失礼いたしました……ところで、夕食までまだ時間がありますし、何をして過ごしましょうか」

 恥ずかしそうに頬を染めたフィルが、露骨に話題を逸らす。
 ツッコまないのも男の優しさである。

 そうだな、船内探検は昨日やったし、ヒューベル公国での冒険に備えてトレーニングでもするか?

 実はフィルと同室なのでもんもんしているなどとは言えない……邪神を発散する為に、珍しく真面目にストレッチを始めるオレ。

『お兄さま、頑張ってください! 色々と!』

 親指を立てるエレンの幻覚が、窓の外に見えた気がした……。

「そうですね……毎日遊んでいるわけにもいきませんし……あら?」

 オレの様子をみて、自分もトレーニングをしようと思ったのだろう。

 私物の戸棚から見るからに重そうなダンベルを取り出したフィルだが、外が騒がしくなったことに気づき、疑問の声を上げる。

 確かに、周囲から船員の焦ったような声が聞こえる。

 一等船室は船体後部、一段高くなった部分にあるので、甲板の様子がよく見えるのだ。

「何かあったのか? 外に出てみるか?」

 フィルと顔を見合わせたオレは、部屋の外に出るのだが……。


 ***  ***

「くそっ! シーサーペントだとっ!? 見張りはなにしてやがった!」

「通常の”見張りスキル”では、船の直下が死角になるんだよ! 知能が高い個体のようだぜ!」

「馬鹿野郎! 愚痴っている暇があったら持ち場に着きやがれ!」

 屈強な甲板員が見張り担当の船員に怒鳴っている。
 ソイツのケツを蹴り上げ、船員のリーダーと思しきおっちゃんがモンスター迎撃の指示を飛ばす。

「この船には”金スキル”持ちの冒険者が護衛として乗り込んでおります!」
「船内は安全ですので、お客様におかれましては、自室にてお待ちください」
「ただ、念のため備え付けの救急胴衣を……」

 高級船員と思わしき男性が、甲板にいた乗客に避難を促している。

 ”金スキル”持ちの冒険者か……どんな人なんだろうか?
 もしかしたら、手助けできるかもしれない……オレは甲板の手すりから、前方をのぞき込む。

「シードラゴンが浮上する……迎撃するぞ!」

 一抱えほどもあるクロスボウを右手に持った壮年の冒険者が周囲の船員に指示を飛ばす。
 アーチャー (弓使い)か……シーサーペントがこちらを襲うために浮上してきたところを狙うようだ。


 ザザザザザッ……!
 ドンッ!


「ととっ!?」

 シーサーペントが体当たりしたのか、船が大きく揺れる。
 船上の冒険者と船員がバランスを崩したタイミングを見計らい、青白い影が海中を走る。

「うあああああっ!?」

 運の悪い一人の船員が、マストから振り落とされ、海面に落下していく。


 グオオオオンン!


 その瞬間、体長20メートルはある寸胴のヘビのような姿をし、海の色と同じ深蒼の皮膚を持つシーサーペントが大きく口を開き……。

 ばくん!

 一口で哀れな船員を飲み込んでしまった。

「くっ……撃てっ! 「ミサイルシュート」!」

 壮年の冒険者がスキルを発動させた瞬間、周囲の船員たちとともに放った矢が一気に加速しシーサーペントに向かう。

 アレは!
 弓術体系の金スキル!

 パーティーメンバーが放った矢を2倍に加速し、弓術の攻撃力を3倍にするレアスキルだ。

 しかし……。

 奴の体当たりでバランスを崩したことで、矢を放つタイミングが遅れたことが災いし、水中に潜ってあっさりと矢の雨をかわすシーサーペント。

 まずいな……よほど知能の高い個体のようだ。

 ここは……!

「フィル! ヤツを釣り上げる!」
「能力強化系のスキルをっ!」

 ヤツが潜むのは海中……オレの釣りスキルが役に立つはず……更にフィルの魔術を組み合わせれば……!

「承知しました!」
「「巨人王の剛腕」っ!」

 ぱああああっ!

 部屋に置いていたバックパックからミスリルファイバーのロッドを取り出し、釣り具の準備をするオレ。

 そこにフィルの身体強化スキルが発動し、オレの腕力が数倍になる。

「よし! 「激流の太公望」!」

 すかさずオレの釣りスキルが発動する……先ほどシーサーペントが潜ったあたりを目指し、ルアーを付けた仕掛けをキャストする。

「お客さま!? 一体何を……!」

 いきなり釣りを始めたオレに面食らったのだろう。
 高級船員が困惑の声を上げるが……。

 まあ見てなって……来たっ!!

 スキルの力を得たルアーは、獲物であるシーサーペントの姿を的確に追い……ヤツの口に正確にフックする。

 グウウウウウウッ!

 ぐおっ!?
 普通の魚とは比べ物にならない引き……だが、オレとフィルのスキルを組み合わせればっ!


 カッ!


 さらに重ね掛けされた能力強化スキルがオレの身体を熱くする。
 行くぞっ! オレは全身全霊を込め、グランミスリルのロッドを振り上げる。

「どっせ~~~~~いっ!!」

 ざばあっ!!

「ばかなっ!? シーサーペントを釣り上げただとぅ!?」

 船員たちが驚きの声を上げる。

 シーサーペントはなにが起きたか理解できなかっただろう……巨大なシーサーペントは、カツオの一本釣りよろしく宙を舞い……。

「トドメだっ! フィル!」

「はい、お任せを! 「フレアバースト」っ!」


 ズドオオオオオンッ!


 フィルの極大爆炎魔術が炸裂し、シーサーペントは丸焼けになるのだった。
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