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■第3章 レイル・フェンダー、世界を釣る(海に来ました)

第3-8話 レイルとフィルの海底サバイバル(後編)

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 僅かな照明魔法の光に照らされる海底洞窟。
 ゆらゆらと揺れる魔術の炎を眺めながら、フィルが自分の生い立ちを語りだす。

「わたくし、今でこそ、このように完全無欠のお嬢様大魔導士なのですが、小さいときは貧しくて……」

 大魔導士はともかく、完全無欠なお嬢様という点にはツッコみたかったが、まだフィルの話の途中だ……ぐっと我慢する。

「見ての通りなのですが、遠い先祖にダークエルフの血が入っていたらしく、その特性が隔世遺伝したわたくしは周りに疎まれて……見かねたお祖母様がわたくしを引き取ってくれたのです」

「お祖母様は強く、気高く……まさに完璧な大魔導士」

「わたくしは、お祖母様のようになりたいと魔導士だけではなく、お嬢様道の修行にも励んでいたのですが」

 そこまで言うと、フィルの表情に影が差す。

「もう5年になりますか……”世界の秘密を解き明かす”、そう言われたお祖母様は禁断の異世界リンク魔術に挑み…………魔術の暴走に巻き込まれ、行方不明になってしまいました」

「もしかして、フィルが異世界リンクの魔術に挑戦していたのは……」

 始めて出会った日、オレに釣り上げられたフィルが語っていたことを思い出す。
 オレの問いに、フィルはにっこりと微笑む。

「ええ……お祖母様の研究を引き継ぎ、完成させるのは孫であるわたくしの務め……クサレ妹弟子であるレニには負けていられません」
「……こほん。 レイル、あなたには感謝しているんですよ」

「まだ片道だけとはいえ、実際にこうして異世界であるミドルランドに来ることが出来たのです……それに、もしかしたらお祖母様もどこかの異世界にいらっしゃるのかもしれませんね」

 フィルはそう語り終えると、嬉しそうに破顔する。

「そうか、フィルは強いんだな……その目標、改めて俺にも手伝わせてくれないか?」

「もちろんです! 興味深いスキルを持つあなたの事を、大魔導士として簡単に手放す気はありませんわ」

 ぎゅっ……

 そういうと、フィルはオレの左手を取り、ぎゅっと胸に抱きしめる。
 うっ……あくまで研究対象として、なのかもしれないが、朱が差している頬とフィルの吐息、何より左手に伝わる柔らかな感触が、オレの中の邪神 (意味深)を目覚めさせようとする。

 ……やっぱりこの子は無意識小悪魔だな……鋼の意志で邪神を抑え込んだオレは、ふぅ、と小さく息を吐く。


「それでは! 今度はレイルの事が聞きたいですわ!」
「好きな食べ物は!? 足と脇の匂い、どちらがお好きですか!? 初体験は何歳ですかっ!?」

 ずびしっ!

「ふみいっ!?」

 目を爛々と輝かせると、急に俗っぽいことを聞いてくるフィルをチョップで黙らせる。

「ううっ……じょーだんでしたのに」

 脳天を押さえながら涙目になり、謎の鳴き声を上げるフィル。
 かわいい。

 ちなみに答えはアジフライ、絶対足の匂い!
 ……聞くな。済ませているならわが身の内に邪神など飼っていない。

「まったく……あんまり面白いことは無いぞ?」
「オレの両親はそこそこの冒険者だったんだけど、ある時高難度迷宮に挑んで……」

 という事で、オレは天涯孤独の身である。
 しんみりと話すのはオレの性に合わないので、今までの人生の挫折っぷりを面白おかしく披露する。

 最初は、神妙な顔で聞いていたフィルだが、そのうちツボに入ったのか、腹を抱えて笑い出す。

「……すぅ、すぅ……」

 どれくらいそうしていただろうか。
 気が付くとフィルはオレに身体を預け、安らかな寝息を立てていた。

 ふふ……疲れていたんだな。
 オレは乱れた彼女の前髪をそっと直してやると、フィルを2枚重ねの毛布に寝かせ、自分はバックパックを枕にして地面に横になる。

「……おやすみ、フィル」

 ……イケボでそう呟いてみたものの、背後から感じる彼女の吐息にもんもんとするオレなのだった。


 ***  ***

「ふむ、やはり二日目ともなると、激辛スパイシーキチンの缶詰で変化をつけるべきでしょうか?」

 翌朝 (といっても洞窟内なので真っ暗だが)、朝食の缶詰を見繕うフィル。

 ふと思い立ったオレは、釣り竿を組み立てると、オレたちがいる空間の真ん中に口を開けている水場に仕掛けを放り込む。

「静水の太公望」
 ……スキルを発動させると、疑似餌がどんどん沈んでいく。

「それともいっそ、甘味で攻めるべきか……って、レイル? 何をしているんですか?」

 いきなり洞窟の水たまりで釣りを始めたオレに不審そうな顔をするフィル。

「いや、ここが海底洞窟なら、タコくらい棲んでるかなって」
「フィルも新鮮な食材を食べたいだろう?」

「うっ……タコですか? わたくし、にょろにょろしたモノは苦手で……」

 美味いのに……食わず嫌いかもしれないから、たらふく食わせてやる……そう思ったとき、竿先に確かな手ごたえが伝わる。

 ぐんっ!

 一気に竿が引き込まれる……あれ、この手ごたえ……?

 やけに暴れる竿先を制御し、スキルを駆使して一気に釣り上げる。

 ざばあっ!!

「……はあっ!?」

 オレの両手に納まったのは、50センチ近くあるカツオだった。

「えっ……回遊魚!? これ、もしかして……」

 洞窟内の水場で、外洋を回遊するカツオが釣れた……ここから導き出される答えは……。

「フィル、オレたち外に出られるかもしれないぞっ!」

「へっ?」

 カツオを持ちながら立ち上がったオレに、フィルがぽかんとした視線を向けるのだった。


 ***  ***

「……レイル、本当に大丈夫ですの?」

 オレと背中合わせで縛りつけられたフィルが、不安そうな声を漏らす。

「心配すんな、大丈夫だって!」

 オレのプランはこうだ。
 先ほどカツオが釣れた時、ラインの出はおよそ50メートルほどだった。

 という事は、この穴の先は数十メートルほど先で外洋に繋がっていると思われる。
 オレの釣りスキルを使い、超大物に引っ掛けて引きずって貰えば、一瞬で外に出られるというわけ!

「オレの「激流の太公望」は、どんな環境でも仕掛けが根がかり (水中の障害物に引っ掛かってしまう事)しなくなるんだ!」

「オレたちが超大物に引っ張られている時にも、どっかにぶつかったりしないはずだ……たぶん」

 オレの懇切丁寧な説明にもなぜかフィルの不安は増大したようで。

「いやでも、おとなしく救助を待った方がいいのではありませんか……?」

「男は度胸! どっせ~い!!」
「ぎゃ~っ!?」

 ぽちゃん!

 いつぞやと逆の立場になったオレとフィル。
 水面に落ちたルアーは、超大物を!というオレの意志を反映し、水中をグングン突き進む。


 ググググッ!


 予想通り、80メートルほどラインが出たとき、とてつもない手ごたえが竿先に掛かる。

「来たっ……フィル、大きく息を吸えっ!!」

「のおおおおっ……はうっ!」

 オレも大きく息を吸い込み、”引き”への抵抗を辞めた瞬間、一気に水中へ引っ張り込まれる。

 ずぼんっ!!

「!?!?!?」

 背中でフィルが声にならない叫びをあげている。
 思った通りだ……!

「激流の太公望」のおかげでオレたちは、岩などの障害物にぶつからずに水中を驀進している。

 永遠のような数十秒が過ぎた後……。


 ばっしゃ~ん!!


 体長5メートルはあろうかという特大のカジキマグロが海面からジャンプした瞬間、オレたちふたりも空中に放り投げられていた。

「お姉さま、お兄さま!?」

 ちょうど「千里眼◎」を駆使してオレたちが流された海底洞窟の位置を調べていたのだろう。
 ジェント家の紋章が入った大型船の甲板に立っているエレンが、驚きの声を上げる。

「こんな雑な脱出、ありえませんわあああああっ!?」


 ぽちゃん!


 きれいな放物線を描いて飛んだオレとフィルは、エレンの船の近くにぷかりと浮かんだのだった。
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