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■第2章 レイル・フェンダー、世界を釣る(まず近所)

第2-1話 エリクサーとフィルの事情

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 オレに新しく発現した銀スキル「アイテムフィッシング○」……ソイツを使ったところなぜか滝つぼから”宝箱”が釣れて……。

 その宝箱の中には、100個以上の”エリクサー”が入っていたのであった。

「マジかよ……全部本物だ……去年1年間かけてラクウェル冒険者学校所属の学生と冒険者が見つけた数が20個くらいだったはず……えええええっ!?」

 オレはもう一度、驚きの叫び声を上げる。

 エリクサーといえば、言わずと知れた最上級回復アイテム……パーティ全員の体力と魔力を全快し、バッドステータスの回復と、物理魔法双方の攻撃力を大幅にアップする。

 強力なモンスターを相手にする際はぜひ持っておきたいレアアイテムだが、そもそもドロップするモンスターが伝説級のSランクモンスターに限られており……需要と供給がまったく一致していないアイテムとして有名だ。

 冒険者学校が管理する協定価格ですら、1つ1万センドはするシロモノ……それが100個以上とか、軽くひと財産である。

 それなのに、宝箱を開けた本人のフィルはけろりとしていて……。

「何をそんなに驚いているのです? エリクサーは確かにコモンアイテムではありませんが……大抵のダンジョンの宝箱に入っていますでしょう?」

「……え?」

「……え?」

 どうやら、またもオレとフィルの”常識”が食い違っているようだ。
 オレは気を取り直し、この世界で”エリクサー”がどう扱われているのか説明する。

「なるほど……こちらでは上級モンスターのみが持っているのですね……それにしても、世界が変わるとこうも事情が変わるのですね……そもそもモンスターがアイテムを持っているとか、おかしくありません?」

 迷宮に宝箱がある方がおかしいと思うけど……ただ、この議論は平行線になるだろうから置いておくとして……。

「エリクサーが手に入ったのはいいけど、どうしたもんか……この数、普通の道具屋や冒険者学校に持っていったら大騒ぎになるよな……」

 そもそも、このレベルのレアアイテムは国家や冒険者学校が一括管理しているので、普通の店では買い取ってもらえない。

 価値がありすぎて気軽に換金できない金塊のようなものである。

「お任せ下さい、レイル……人間がいるところに”闇”あり……この世界にもブラックマーケットはあるのでしょう?」

「チャチャチャっとヤミで売っぱらってまいりますわ!」

「……はいっ?」


 ぱしゅん!


 いきなりフィルはとんでもないことを言いだすと、「お手軽転移・並」なる、謎の金スキルを発動させ、一瞬でこの場から消えてしまった。

「えええええっ!? 転移魔法!?」
「マンガでしか見たことないよそんな魔法! ていうかフィルのヤツ、どこに行ったんだ……」

 あまりの急展開にオレが呆然としていると……。


 ぱしゅん!


「戻りましたわっ!」

「はやっ!?」

 僅か数分後、頬を紅潮させたフィルが舞い戻ってきた。
 その両手には、金貨の詰まった革袋が握られている。

「取引速度を重視したため、1個3000センド?でのたたき売りとなりましたが……これで当面の生活費は大丈夫でしょう? わたくしの分も含めて」

「は、ははは……そうだね」

 30万センドを超える金貨を手に入れ、唖然とするオレ。

 異世界に釣り上げられた挙句、超絶スキルとヤミを駆使して自分の生活費を確保するお嬢様とかたくましいにもほどがあるぞ……。

 勝ち誇るフィルを見て、呆れ半分驚き半分のオレ。

 ただ、新しく発現したスキルの効果と、大魔導士である彼女が協力してくれれば……オレは、閉ざされていた自分の将来が明るく開けていくのを感じていた。

 余談であるが、フィルが100を超えるエリクサーをブラックマーケットにぶち込んだことにより、エリクサーの闇価格が暴落……。
 配下の冒険者が集めたエリクサーで金策をもくろんでいたザイオンの思惑は見事に崩れ去り……冒険者や仲介者への支払いで逆ザヤになってしまい。

 ザイオンの憤怒の叫びが夜の理事長室に響き渡るのだが……レイルにとっては、知ったことではないのであった。


 ***  ***

「そうそう、さっきから聞いてみたかったんだけどさ」

 思わぬ流れで手に入った大金。

 さて、レイルの家で魔法書を見せてください! と張り切るフィルに押され、
 焚火の跡と釣り具を片付ける。

 すっかり乾いた制服をびしりと着込んだフィルにオレは話しかける。

 ポーズをとっていると、庶民派お嬢様じゃなく本当に大魔導士に見えてくるから不思議だ。
 それに美脚が映えてとても良い……。

「フィルって”自分の世界”に自由に戻ったりできるの?」
「それとも……オレの「深淵の接続者」をもう一度使ってそこの滝つぼに放り込めば戻れるとか……はは、な~んて」

 無茶苦茶な出会いだったとはいえ、数時間ですっかり打ち解けたオレは、彼女の”この後”が気になってしまう。

 もし簡単に戻れるなら、オレの心配は取り越し苦労なのだけれど……思わず冗談めいた口調になる。

 だが、彼女の口から語られたのは、衝撃の事実だった。

「あら……レイル、あなたがわたくしを”釣り上げた”のは全くの偶然……スキルの術式を見る限り、一方通行なのは間違いないですね」

「……えっ」

 何でもないような口調で語られた事実に、息が詰まる。

 それでは……オレが彼女を攫ったようなモノじゃないか!
 自分が突然今の生活を失い、異世界に飛ばされたと思うとぞっとする……自分が軽率にスキルを使ってしまったことで彼女にとんでもないことを……!

「……まさかレイル?」

 顔を青ざめさせ、深刻な表情を浮かべたオレが、自分がやらかしたことを気に病んでいると察したのだろう。

 フィルはオレの様子にハッとすると、次第に不敵な表情を浮かべていく。

「ふふ、気にすることはありませんわ」
「あなたのおかげでわたくしは異世界に足を踏み入れたのです……これはロゥランドの誰もいまだ成しえていない偉業……」

「それにくされレニ公の鼻を明かすことも…………こほん」
「ともかく、わたくしはむしろ感謝しているのです。 気に病む必要はありません」

「いやでも、流石にさ……向こうの世界での……フィルの生活もあるだろう?」

 いくら魔導士として興味のある事態だといっても、彼女の生活を壊してしまったことは事実で……。
 なおも言い寄ろうとするオレの唇を、彼女のほっそりとした人差し指がそっと押さえる。

「確かに朝市の特売セールは気になりますが……そうですね、レイル……どうしてもあなたが気にするのでしたら」
「”向こうに戻るためのスキル”を探すのを手伝って頂けますか?」

「原理上、あなたの「深淵の接続者」には対となるスキルがあるはずです……それを一緒に探しましょう、レイル」

 そう言ってにっこりと笑った彼女の輝く笑顔に、オレの心臓がどきりと高鳴る。

 レイル・フェンダー18歳……冒険者学校を放校されただいま無職。

 これからの人生の目的が定まった瞬間だった。
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